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第三章 芸術祭といえば秋、なら実りと収穫でしょ!

アクィエル・ゼヌニム

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 入学式が行われた大聖堂に足を運び、今回はテーブルを準備させたステージ上でアクィエルと対談するつもりだ。
 友人の協力もあり、わたしとアクィエルが何かをするつもりだという演出ができた。
 わたしが見渡した限り、全領土の領主候補生やそれに代わる代表者が来ていた。
 正直、アクィエルの隣で勉強をするなんてこれまで考えたこともなかったが、もう二度としたくないと思った。
 隣でこんなやりとりをしていたことを近くに居なかった者は誰も知らないだろう。

「あら、マリアさん。黒板に書かれていない魔法陣ですわね。どういった意味がありますの?」
「これは範囲の限定化です。広くではなく局所的にすることで、効力を上げますの」
「まあ、さすがマリアさん、これは何ですの? 」
「それはーー」

 最初は優越感もあったが、次第にめんどくさくなってきた。

「なるほど、よくわかりましたわ。感謝しますわ」
「ええ、お役に立てて良かったです」
「マリアさんが分からないときはわたくしが教えて差し上げますわね」
「来ないことを願っています」
「全くマリアさんはシャイなのですから、淑女は正直者が一番なのですよ? わたくしのように、おーほほほ」

 このような似たやりとりを授業中に何度もするとは思ってもみなかった。
 何度水の魔法を放とうか考えたか。
 だがこれから大事だ。
 わたしはテーブルの前まで行きアクィエルに席を勧めた。


「お掛けになってください」

 ディアーナが椅子を引いて、アクィエルはゆっくり座る。
 わたしの席はレイナが引いてくれて、続いてわたしも座った。
 お茶や茶菓子も次々と用意され、まるでお茶会のようだ。
 チラッと、あたりを見ると、大方大聖堂を一般の生徒が埋め尽くしたようなので、頃合いだと感じた。


「今日はわたくしのお招きに応じてくださりありがとうございます。水の神も今日のこの日を大変喜んでいますでしょう」
「風の神はどこへでも駆けつけるものです。友人の頼みなら聞いて差し上げるものですわよ」


 お互いにオホホと笑い合っている。
 まるで和やかなお茶会に見えるだろう。
 しかし、今回はこのような茶番劇をするためだけに彼女を呼んだのではない。


「それで、今回はどうしてわたくしをお呼びしましたの? それも大勢の生徒を巻き込んで」
「わたくしもびっくりです。まさかこれほどの生徒がわたくしたちを追ってくるなんて……。それほどわたくしたちは人気があるということでしょう」


 わたしはびっくりと右手を頬に当てた。
 一度紅茶を口に運んだ。

「ねえ、アクィエルさん。なんでわたくしたちは百年もの間このように争っているのかしら」
「マリアさんもご存知でしょ? あの内乱が起きたからだと」

 アクィエルは何を言っているのか、とため息をこぼして紅茶に手を伸ばした。
 十分に堪能して、そのカップを置いた。

「ええ、そうね。でもそこまで争う必要のあることでしょうか」


 わたしが切り出したことで、観客の方からざわめきが聞こえた。
 特にパラストカーティが一番揺れていた気がする。

「わたくしも本当にくだらないと思いますわ。いい加減、ビルネンクルベとパラストカーティどちらとも廃したいくらいです。マリアさんもそう思ってこの会を開いたのでしょう?」

 わたしの紅茶を触る手が若干震えた。
 予想以上に過激な答えが返ってきてしまった。
 周りもそうなのかと、視線が集中してくるのを感じる。
 たまにこの子はわたしの思惑と別の方向を向いているので、どうにか軌道を戻さないといけない。


「確かにくだらないですね。ですが、それはわたくしたちにも責任があると思いますの」
「わたくしがですが?」
「ええ、ジョセフィーヌとゼヌニムが交流を深めないことには、どこの領地だって堂々と手を取り合えません」
「そんなものですか?」


 アクィエルはイマイチ分かっていないようだ。

「それでマリアさんはどうしたいとお考えですの? お茶会もそれが目的ということなんでしょう?」
「はい。アクィエルさん、まずはわたくしたちから仲良くしていきましょう。ジョセフィーヌとゼヌニムが手を組めば、これまで類をみない成長が約束されるでしょう」


 わたしが提案した瞬間、周りの視線が一気に集まる。
 この返答次第で今後の関係が左右される。
 ここでアクィエルが承諾すれば、ゴーステフラートをあちらが手に入れる必要も、ユリナナが策を労する必要もなくなる。

「それがお茶会で話したかった内容ですか?」

 アクィエルはこちらの真意を探るように尋ねた。
 わたしは声が震えないように肯定した。
 さらに質問は続く。

「どうしてわざわざこのような誰からも注目される場でこのようなお話をされたのですか? もう少し待てばお茶会の開催日でしたのに」
「わたくしたちのお茶会の噂が広まってから、いさかいが増えたからです。このままでは喧嘩では済まなくなるので、今回のお茶会で決めるのではなく、わたくしの考えを先に全領土に知っていただきたいと思いました。アクィエルさんのお力をどうかお貸しください」


 わたしは席を立って、アクィエルの前まで行った。
 手を差し伸べて、これで手を取れば情勢は決まる。
 誰もが息を飲んでいるだろう。
 誰もが動けずにいるだろう。
 ユリナナも禁じられたカップルもこちらに注目しているだろう。
 時間が流れ、アクィエルはわたしと周りにいる観客たちを見渡した。
 そして口を開けた。


「お断りします」

 きっぱりと彼女は口にした。
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