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第一章 魔法祭で負けてたまるものですか

悪夢は止まらない

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 次はリムミントとディアーナ、そしてラケシスが話しているのが見えた。
 どうやらディアーナの恋愛話を聞いているようで、リムミントはいつもの真面目から想像できないほど顔を赤らめていた。
 その近くで何人もの男たちが悶絶している。
 リムミントはそろそろ卒業のために結婚相手を探さなければならないので、リムミントに近付きたい男は多いのだ。
 だが仕事人間であり恋愛を疎かにしてきたせいか、あまり進展もない。
 少しばかりどのような話をしているのか気になるのでわたしも近付いてみた。


「一度くらいお付き合いしてみたらどうです? リムミントなら寄ってくる男性も多いでしょ?」
「そうなんですが、まだ尊敬できる方がいませんのでどうにも。こちらに嫁いでくれる方がいると嬉しいのですけど」
「なかなか今の情勢だとゼヌニム領は厳しいですから、スヴァルトアルフ領から探すしかありませんね。この機会なのでわたくしたちでスヴァルトアルフから引き抜きましょうか」


 ……夢がないよ、ラケシス!


 最近シュトラレーセと合同研究するためにスヴァルトアルフとの結び付きも大きくなっている。
 次第に流通の方も制限が緩くなると聞いているのでさらに領土間で親密になるだろう。
 だがわたしはそんな現実的な話より甘酸っぱい恋愛の話をしてほしい。


「ラケシス、あなたの忠誠はわかりますがあまり他の者に無理強いはいけませんよ。リムミントも結婚を焦って利益ばかり考えないでくださいね」
「姫さま、リムミントには建前が必要なのですよ。恋はいつだって頭を鈍らせます。聡明なリムミントといえどもそれは同じです。ですから冷静に政略結婚だと思った方がリムミントは悪い男に捕まらずに済むのですよ」


 ラケシスのもっともな意見に言い返せない。
 リムミントは普段は堅物なのに恋愛話が好きで自身で書き留めているらしい。
 高価な恋愛の載った本も愛読しているらしく少し理想が高すぎるところもある。


「そういうラケシスこそ浮いた話が……いいえたくさんありましたわね」


 ラケシスはやはりモテるためか男の手綱の握りがうまい。
 噂では肖像画やさまざまな芸術でわたしを表現する課題を課して、一番納得のいくものを作った物を未来の伴侶とすると公言しているらしい。
 たくさんの男たちが熱心に取り組んだらしいが納得のいく物はなくほぼ全滅したらしく、しれっとその芸術品をすべて貰っているところが抜け目がない。
 ラケシスは飲み干したグラスを机に置くと、少し距離が離れたところで順番待ちをしている男性がすぐにジュースが入ったグラスを置いた。


 ……ファンクラブ?


 ラケシスの飲んだグラスを大事そうに持っていく。
 サーブの者にグラスを返さずにお金を払っている。
 わたしは何も見てないとそれ以上は見るのをやめた。
 ラケシスについては深追いをしてはいけない。


「ディアーナの健全な恋愛を二人に教えてあげてくださいませ」


 ディアーナの恋愛事情に関しては長くなるので割愛しよう。
 もうすでに卒業して騎士として活躍しており、マンネルハイムでも大活躍らしい。
 セルランとも仲の良い騎士であり、ライバルでもあったのでわたしも面識がある。
 マンネルハイムでは天才でも恋愛はからっきしだったが、その熱意だけは今でも女子の間で語られ、理想的な恋愛と噂されるほどだ。

「ええ、でもそれはマリアさまもですよ。王族という誰もが太刀打ちできない方が婚約者でありますから平穏が保たれておりますが、もしそれが覆った時には何が起きるかがわかりません。権力、魔力、美貌、全てを持っているマリアさまは特に周りの環境に大きく左右されるのですから」


 ディアーナの真剣な目にわたしは息を飲む。
 ウィリアノスと婚約が決まってから、うんざりするほどあった男性のアプローチが急激に減ったのを思い出した。
 わたしは色々なところで守られているようだ。
 だがウィリアノスとの結婚はほぼ決まっているので誰が口を出そうと関係がない。
 王命にはどの貴族も逆らえない。
 わたしは結婚相手がウィリアノスでよかったとホッとする。
 好きでもない男なんかと結婚なんてしたくないからだ。
 少し気分を冷まそうとセルランからの飲み物を待っていると、あまり優れない顔をしたラナとアリアを見つける。


「二人とも、どうかしましたか?」
「マリア姉さま……いえ何でもないです」
「そのような顔では隠しきれてませんよ。少しは話した方が気分が楽になりますわよ」


 わたしの言葉でラナとアリアはお互いを見て頷きあった。
 ラナはわたしの顔色を伺いながら喋り出す。


「実はユリナナさんと友好も兼ねて話したのですが、付く相手を間違えましたわね、もう沈みゆく船も同然よ、とただそれだけを言ってそっぽ向かれてしまい、その後帰ってしまいましたの」
「そういえばいつのまにか人数が減ってますわね」


 わたしは辺りを見渡すといつのまにかゴーステフラートの面々がいない。
 ユリナナはすぐに全員を引き連れて帰ってしまったようだ。
 だが何を思ってそのようなことを言ったのか。
 わたしの疑問をラナは察してくれていた。


「それでジョセフィーヌ直領に住む方々と少しお話ししたら、ジョセフィーヌ領で薬物や武器類の不自然な流通、魔物の大量出現と財政悪化、当主の領主経営の手段を疑われてしまうようなことが起きていると言っておりました。あまりにも悪い噂なので誰かが故意に流している可能性がありますが一度調査したほうがいいかもしれません」


 頭が真っ白になった。
 それは領土問題のせいではない。
 悪い噂と聞いてやっと頭の中であったモヤモヤの正体がわかった。
 夢の内容が一瞬で思い出された。

 王国院に入ってしばらくすると、君たちジョセフィーヌ家の管轄である領土内で争いが起きる。これが始まりだ。次第に嫌な噂や贈り主のわからないヤギの頭が何十も送られる。

 そして夢の中で次に語られた言葉がわたしの心胆を寒からしめるには十分なものだった。

 それから王国院内でのことや管理している領土のことで君の立場は悪くなる。些細なことが積み重なり、君は次期当主として相応しくないという声が大きくなる。そして君は王国院から逃げるように屋敷に引きこもる。


 本当に夢の通りにことが起きている。
 しっかり手紙通りやったのに未来が変わってない。
 どう考えてもこれは破滅への序章だと思わせる噂の内容だ。
 あまりにも夢の時の自分が飛び降りるシーンを思い出して、胃が飛び出そうなほどの不快感がやってきた。
 わたしはたまらず足に力が入らず、重力に従って崩れ落ちた。
 誰かの抱きしめる感触と騒ぎとなる声だけはわかった。
 しかしわたしの意識は一度落ちてしまうのだった。

 ……未来がまったく変わってないじゃない!


第一章 魔法祭で負けてたまるものですか 完
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