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第一章 魔法祭で負けてたまるものですか

あなたたち賢いわね

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 あの時は自身を守るための方法がこれしかなかったのだ。
 もし魔法を使わなかったらわたしはこの世にいなかっただろう。
 だが、護衛騎士一同はそうは思ってなかったらしく、全員が頭痛でもあるかのように頭を抱えている。
 わたしと彼らでは共通の認識に隔たりがあるようだ。
 絞り出すようにステラが全員が思っていることを代弁する。

「そのために普段から護身用の魔道具をお渡しになっているのでしょう! クロートが助けに来る時間くらいは十分に稼げます! 」


 そこでわたしも合点がいった。
 首に掛けているネックレス、指にはめている指輪、髪飾り、すべてが装飾品としても使える魔道具だ。
 手をポンッと叩いて、わたしはそこまで頭が回らなかったことに気が付いた。


「姫さま、本気でお忘れになっていたのですね。今後はその魔道具のことをお忘れになるようなことはしないでください」


 わたしは大きく頷く。
 もう側近たちが恐いので、早く終わって欲しい。
 だがリムミントはそれは許さない、と言いたげに話を続ける。
 彼女の次の言葉はわたしの心胆を寒からしめるには十分だった。


「さて、姫さま。バッジを与えたとはどういうことでしょう? わたくしは特に新しい側近を迎え入れるとの話は聞いておりませんが、どなたかにはもちろん相談されましたよね?」


 わたしは涙目になりながら首を振ると、またもやカミナリが落ちた。

 一度全員が部屋から出て行き、わたしとレティア、侍従が三人、文官はリムミントのみ、護衛はステラが残る。
 わたしはシクシクと机に顔を伏している。
 大変長いお説教のせいで完全に全員で食べるはずの夕食の時間を過ぎた。
 わたしを哀れんでか、レティアがわたしの背中をさすってくれる。


「お姉さまは確かに色々な方にご迷惑をお掛けしましたが、妹としては自慢できる行動ですよ。お姉さまがいなければ、領地間の争いや毒で死人もたくさん出ていたと思います。お姉さまはよく頑張りました」
「レティア……」


 ……この子はもう天使。
 わたし頑張ったんだよ!


 レティアの励ましにわたしの心は温かくなる。
 どうしてこんないい子に育ったのか、とわたしは素晴らしい妹の胸に飛び込む。
 レティアはよしよしとあやしてくれる。
 もうこのままここで寝たい


「レティアさま、マリアさまを甘やかす必要はありません。マリアさまもこれに懲りたら二度とこのようなことをしてはなりませんよ」


 レイナは私の前に跪き、わたしの手を見る。
 窓から降りた時に少しばかり擦り切れていた。
 レイナは治癒の魔法を使ってわたしの傷を癒してくれる。


「ありがとうレイナ」
「いいえ、この程度で済んで良かったです。下僕がクッションになったおかげとはいえ、手以外は特に外傷もなくようございました。もし顔に傷でもあれば、ウィリアノスさまとの結婚もご破算となります。今後はこのような危険なことは控えてください」


 レイナはすぐに外へと向かい、わたしとレティアの分の夕食をワゴンで持ってくる。
 わたしとレティアの分をテーブルに載せてわたしたちは遅めの食事を摂る。


「でも、お姉さま。よくここから下まで降りられましたわね」
「無我夢中でやれば案外いけるものですわ」
「無我夢中で布という布を集めるのはやめていただきたいです。姫さま用に特注で作っていますから高級品でございますゆえ」


 レイナがため息を吐いてわたしに釘を刺す。
 新しい布はまだ届いていないため、簡易的にどこからか調達してきた布であり、若干色合いが薄い。
 わたしはこれ以上は藪蛇なため黙って食事を摂る。


「そういえば先ほど、シュトラレーセの領主候補生に魔法を放ったとおっしゃいましたがその者は無事ですか? お姉さまの魔力と対抗したとしたら、もしや……」

 レティアはスプーンを落として顔を真っ青にする。
 おそらく相手を魔法で殺してしまったと考えているのだろう。
 わたしは急いで否定する。

「大丈夫ですわよレティア! わたくしの魔法よりシュトラレーセの子が高いためか水の魔法が火の魔法に止められましたから。結局魔力切れでわたくしに魔法が迫ったのをクロートが弾いてくれましたのでお互い無事でしたし」


 わたしは、死者はいない、と必死にレティアをなだめる。
 落としたスプーンの代わりをラケシスが持ってきて、神妙な面持ちでわたしを見る。


「この国の宝石である姫さまにそのようなことをするなんて、シュトラレーセは許しては置けませんね。明日からの授業では、誰に手を出したのか思い知らせないといけませんね」


 ……ラケシスに変なスイッチが入ってしまった!


 ラケシスは何故かわたしを好きすぎる。
 このままでは明日からの授業で何人犠牲が出るかはわからない。


「大丈夫ですわよ、ラケシス! わたくしは何ともないですから! ……ちょっとレティアが落としたスプーンを武器のように持つのはおやめなさい!」


 ラケシスはスプーンを握りしめて、目が光る。
 完全に誰かを殺すまでは止まらないのではないかと思えるほど、顔がどんどん怖くなる。
 ディアーナが見かねてラケシスの暴走を止めに入った。


「ラケシス、姫さまが怖がっておいでです。それに姫さまは特に怒っていないのにあなたが先に怒ってどうしますの。何か問題起こしたら楽しみにしていた姫さまの魔法を見学する許可を出せなくなりますわよ」
「っは! 大変失礼しました。どうか姫さまの魔法の見学だけはお供の許可をいただきたいです」


 ラケシスはやっと我に返り、失態を謝る。
 前からわたしの髪による魔法の才を余すことなく観られることを楽しみにしており、クロートが教師として来るのを一番楽しみにしていたのは彼女なのだ。


「何も問題を起こさなければわたくしは構いませんよ」
「でも疲れていたとはいえ、お姉さまの魔法を受け止めるなんてその領主候補生は凄いのですね。お姉さまを知らない方なんてほとんどいませんのに魔法を放つということは、わたくしと同い年でございましょうか?」


 わたしは一応名前だけは聞いているが正直他領の領主候補生なんてほとんど覚えていない。
 チラッとリムミントを見ると、こちらを察して説明してくれる。

「はい、レティアさま。クロートの話から伺うと、アリア・シュトラレーセという領主候補生でございます。女性ということもあり、シュトラレーセの次期領主への継承の順番はかなり末席でございますので、こちらも特に情報は集めておりません。ですが、姫さまと並ぶ魔力となると今後は王族からも縁談が行く可能性はありますので、念のために情報を集めさせていただきます」


 ……確かにあれだけの魔力があるのなら王族も候補に入れるかもしれないわね。



 わたしを除いて、五大貴族と王族の間での婚姻は政治上あまりよろしくない。
 シュトラレーセのような一般の領主なら足かせが全くないのでかなり現実的だ。


「念のためにこの寮にいる者や側近たちにはシュトラレーセにちょっかいをかけることは禁止します。今回はあちらも被害者でございますから、これ以上苦労をかけないように」

 あの手紙のおかげで助けられたけど、もしクロートがいなければ全員死んでいた。そうなるとわたしは手紙の内容を遂行できなかっただろう。
 そう考えると今回の件はかなり綱渡りだったかもしれない、と今更ながら背中に嫌な汗が流れる。
 夢の内容が少しでも現実になっているため、この手紙だけが頼りだ。
 そこでラケシスがキョトンとしていることに気付く。

「どうかしましたか、ラケシス?」
「あ、いえ、姫さまに害をなしたのだから、わたくしたちが手を出さなくても、寮の者たちが勝手にどちらが上かをわからせてくれるますので、今回の件でこちらを有利に立たせるものだと考えておりました」


 ……確かにせっかく弱味を見せてくれたのにもったいないですわね。
 でも手紙にあんなこと書いてあるし……


 わたしもいつもなら弱点がある領土ならそこを突いてこちらに利益をもたらすだろう。
 それはわたしだけではない。
 貴族社会では弱味を見せると、血を出した生き物を食らう肉食の魚のように骨までしゃぶり尽くされる。
 それなのに今回報復をしないのは、手紙が助けろと言ったためだ。


「わたくしも今回はそこまで心を鬼にはできません。それにわたくしが五大貴族の代表として模範を示さなければならない時だと判断したからです。ここでわたくしが利益に走ることは、国全体としての損失に繋がります。優秀な方が多いシュトラレーセに対して、害をなすような輩は国全体で対処すべきこと」
「なるほど、さすがは姫さま。その強大な力に慢心することなく、全体を見通す姫さまはまさに水神の化身。もし万が一、姫さまに闇の神による誘いがあろうとも、盾としてお守りすることを誓います」



 ラケシスは仰々しく敬う。
 まるで騎士の誓いのように宣言するので少し笑ってしまった
 自分で言った言葉であるが、たまには自分もいいことを言うと心の中で自画自賛した。
 だが明日は今日と同じくらい大変なことになるのがわかっているので、窓の方に目が向かい、逃げ出そうか本気で考えてしまった。


「もう許しませんよ、マリアさま?」
「いい加減にしてください、マリアさま」


 リムミントとレイナはわたしの心の中が分かるようだ。
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