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第一章 魔法祭で負けてたまるものですか

下僕のことは忘れません

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 少し横になったら体の脱力感もマシになった。
 初めての魔力の喪失感は風邪に似ている。
 だがそんな初めての現象より気にすべきことがある。
 わたしは机を見る。
 手紙を見て、夢が現実の可能性が高くなった。
 わたしは死にたくない。
 どうにかこの未来を変えたいが、有効な手段が一つしかない。
 この手紙は怪しいが、ヒントはこれだけだ。
 なら最初にすべきことは一つしかない。


「まずはお昼を食べましょう」

 ……まず何か食べないとね。


 食事を持ってきてもらうためベルを鳴らす。
 すぐに侍従であるレイナが配膳台のワゴンを押して食事を持ってやってくる。
 テーブルのクロスを張る姿は丁寧であり素早く動きはわたしの側近として申し分のない動きだ。
 凛としたレイナは美人さんで、わたしと歳が同じということもあってわたしのお目付役もやっており、誰よりも気心が知れている。
 特に今は二人だけなので、レイナもいつもの仕事然とした表情ではなく、柔らかな顔だ。

「マリア様、体調はよろしいですか。ようやく魔法の訓練ができるからと言って興奮して頑張りすぎることはありませんよ」
「分かっております。まさか魔力の使い過ぎがこんなに力を使うとは思っていなかっただけです」
「確かに凄かったですものね。幻想的な光景でした。普通の人ではあんなに高密度の同調なんてできませんからその髪の伝承は本当なのですね。……中級貴族であれほどの魔力を持っているクロートは羨ましいです。マリア様はまだしも、わたくしたち上級貴族どころか王族並みの魔力を持った中級貴族がこれほど無名なのが信じられません」


 初めて限界まで魔力を使った衝撃で忘れていたが、わたしと魔力が釣り合うのも本当だったことに気付く。
 あれほどの魔力なら噂があっても不思議ではないのに、全く知らなかった。
 わたしだけ隠されているわけでもないことがレイナの反応からもわかる。


「まあ、クロートの話はいいでしょう。ゆっくり今年の流行について教えてください」
「かしこまりました。今年も多くの流行があるようですからね」


 食事を摂りながら、レイナと流行りのおしゃれについて話す。
 他愛のない話も混ぜながら、楽しい時間も終わり食べたお皿を片付けていく。


「ではマリア様、わたくしは失礼致します。リムミントから午後の勉強についてどうするかお聞きするように言われてます。教師のクロートが魔力の使い過ぎで本調子ではないと申しておりましたので、ピエールも今日はお休みいただいてもよろしいとのことです。明日から院が始まりますので、無理はさせられませんからね」
「そうですね、まだ体調が悪いので休むとリムミントに伝えてください」


 レイナはかしこまりましたと了解したので、わたしは一度ベッドに戻るふりをする。
 レイナが部屋を退室したタイミングで、わたしは動き出す。
 まずはこの部屋からどうにかして出なければならない。
 だがここでわたしは見たくもない現実を知る。
 ここって三階なのよね。
 普通にまっすぐ訓練場に行けば、護衛騎士たちに止められる。
 かといって窓から飛び降りるのはわたしが死ぬ。
 未だ"騎獣"がない我が身が恨めしい。


 何かないか部屋中を見て回る。
 そこで思い付いた。
 カーテンを使って降りればいいじゃない。
 そこでわたしは窓に付いているカーテンを取り外して、端を結んでいく。
 長さが足りないので、天蓋に付いているカーテンも外して結ぶ。
 それでも長さが足りないので、装飾の多い我が家の短剣で半分に切る。
 これはあとで説教コースだろうが、わたしの命には代えられない。
 いずれわたしの手で何倍にしてでも返す。


 ベッドの木枠にカーテンを括り付け、窓からカーテンを下へと放り投げる。
 地面すれすれまで降りているので無事下へと辿り着けそうだ。
 わたしはそのままの服で体の半分くらいの縦長の窓から後ろ向きに降りる。

「ひぃぃ!」

 下を見てしまい、その高さを改めて知った。
 体が震え、筋力の少ないわたしの二の腕はピクピクと震える。
 こわい、こわいと体が悲鳴を上げている。
 だがもうカーテンで降り始めている。
 もう登ることなどできはしない。
 ゆっくり、ゆっくりと降りていく。
 手が摩擦で痛くなるが、我慢するしかない。
 痛みを我慢しながらやっとのことで二階の高さに到達する。


「もう少し、もう少し」


 わたしは恐怖に負けないように自分に言い聞かせる。
 なんで五大貴族のわたしがこんなことをと思いながらも必死に降りる。
 二階の窓の高さになったところで、二階の男子部屋の窓が急に開けられた。
 そこには見覚えのある、覇気のない顔、貧弱な体。

「ま、マリア様?」


 ……見つかったぁぁあ!!

 よりにもよってこの瞬間に見つかったため、わたしの動揺がカーテンを揺らす。
 そのときフワッと浮遊感があった。
 今までゆっくり降りていたの嘘のように落ちていく。
 上を見上げると、カーテンが落ちてきていた。
 おそらく、ベッドが荷重に耐えきれなかったのだろう。
 死の予感が押し寄せてくる。
 わたしは重力に身を任せ、ただ天に手を伸ばすしかなかった。


「マリア様!!」


 ゆっくりとした光景の中に下僕が映った。
 わたしの手を取ろうと、彼も飛び降りてきた。
 わたしを抱きしめ、向きを逆転させてわたしの下に入る。
 手を地面に向け、魔法を唱えた。
 時間がないため詠唱も出来ず、弱い風を起こすだけだったが十分スピードを落とした。
 そのままわたしのクッションとなり、二人で落下した。
 下僕のおかげで大した怪我にはならず、傷一つなくすぐに起き上がる。


「いたぁ、ちょっと下僕大丈夫!」


 下僕は完全に気を失っており返事がない。
 わたしのクッションとなったため、背中を強く打ち付けたようだ。
 わたしは急いで腰に巻いているポーチから回復薬の試験管を取り出して、下僕の口に含ませる。
 すぐに処置したのでそこまで大事には至らないはずだ。

 周りがざわめき始める。
 今の落下音が周りに聞かれてしまったようだ。
 このままではせっかく恐い思いと下僕の犠牲で下まで降りたのに、運命を変えぬままに部屋に戻されてしまう。
 わたしは下僕を寝かせたまま、急いでその場から離れた。
 絶対下僕の仇を取らなければならない。
 すべては今回の元凶のせいなのだから。
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