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12 勇気を出す 風花視点

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 やっと気持ちも落ち着くとお腹が空いてきた。
 恥ずかしくもお腹が鳴ってしまい、私は慌ててお腹を押さえた。

「すみません、お腹が鳴ってしまって……」
「気にするな。もうお昼だからな。何か買ってこようか?」
「お母さんがお弁当を持たせてくれたので大丈夫です」

 バッグの中からお弁当を取り出す。
 如月先生はどうするのかと思っていたが、同じくバッグからコンビニのサンドイッチを出した。

「それだけなんですか?」

 一つしかサンドイッチを出さず、大人が食べる量にしては少ない気がする。

「金欠でな。なるべく節約してるだけだよ」
「そうですか……」

 如月先生はよく目の下に隈を作るので、日常的に睡眠不足だろう。
 それなのに食事までしっかり摂らないのなら不健康になってしまう。
 私は少し横にずれる。

「その、た、食べますか?」

 ただのおすそ分けなのに、何だか少し恥ずかしさがあった。
 これはいつもお世話になっている如月先生の身を案じているだけで深い考えはない。
 まるで言い訳のような理由を浮かべてしまっている自分にどうかしてしまいそうだ。

「ふうか……」

 先生の落ち着いた声が聞こえる。
 どうにも顔が直視できなくなっている。
 ドキドキと胸が高鳴るのはどうしてだろう。

「じゃあ、もらおうかな」

 先生の手が弁当の方ではなく、私のフォークを持つ方の手を握る。
 それでウィンナーを突き刺して、そのまま口へと運ぶ。


「え……っ」

 フォークの先端には触れずにウィンナーを直接食べたとはいえ、まるで間接キスのようになってしまった。
 先生はお茶目に片目を瞑る。

「美味しいよ……ふうかのあーんのおかげでな」

 まるで恋人同士のようなやり取りなのに、先生はいつも通りだ。
 私だけ付いていけず、慌てて弁当を置いてスマホを取り出す。

「もしもし、お母さん? 新しいフォークもらえる?」
「待て待て! 悪かった! すぐに新しいフォーク買ってくるから!」


 もちろん電話はしていないが心臓の高鳴りを抑える時間が欲しい。
 先生は本気で慌てた顔をしていたが、私のいつもの嘘だと分かるとホッと息を吐いた。
 その少しお馬鹿な行動にやっと私も落ち着いてくる。

「別に買わなくていいですよ。ただ……」
「ただ?」


 普通に言えばいいのに、どうしてか喉の奥で言葉が引っかかる。
 なかなか言葉が出ない私に、先生は聞き返してくる。


「次は前もって言ってくださいね。あーんするときは……」
「あーんしてくれって言ったら毎回してくれる!」

 まるで私がしてほしいみたいになったため、慌てて否定をする。

「ち、違います! そう言うのなら私からするときは言いますからね!」
「今度はふうかからやってくれるのか、それは楽しみだな」

 先生のはにかんだ顔が妙に心を打つ。
 何だか自分で地雷を踏んでいる気がする。
 気恥ずかしさから、顔をぷいっと背けてご飯を食べる。
 すると後ろから頭を撫でられる。

「そう怒るなって。心配してくれてありがとうな。お前が一番辛いだろうに。もし俺が嫌になったらいつでも言ってくれ。俺はお前が不幸になってまで想い続けたいわけじゃない」

 どこかしんみりとした空気が漂う。
 私と似た空気を先生にも感じた気がする。
 何かを言わないといけない、そんな直感が働いた。

「なら私が受かるまで教えてください……絶対に病気とかでリタイアはやめてくださいね」

 先生の顔をチラッと見ると、まるで衝撃を受けたかのように止まっていた。
 そして優しく目を細め、さっきまでの暗い空気が消し飛んだ。

「了解」

 ご飯を食べ終え、バッグの中へ入れる。
 そして気持ちを引き締めて立ち上がった。

「模試受けてきますね」

 如月先生の顔が固まった。

「えっ……」

 どうやら私の言った言葉が先生の理解を超えたみたいだ。
 そしてやっと先生の意識が私へと戻った。

「無理はしなくていいんだぞ? 受験は長丁場だから、今日はもうゆっくり休んでいいんだ」
「でもそれだと先生の成果が落ちるんでしょ? それなら死んでも受けてきます」
「いや、まあそうだが。だがな──」

 私のことを本気で心配してくれる。
 ただやっと言葉を飲み込んでくれて、時計を見る。

「今からなら、英語のリスニングは間に合うな。それと数学と理科か」

 私たちはすぐに試験会場へと向かう。
 ちょうどお昼休みで他の受験生たちが出入りをしていたので、私もその中に紛れようとする。
 心臓がバクバクと高鳴りながら、まるで決戦へ挑む心持ちだった。

「ふうか」


 先生が私の手を後ろから引っ張る。

「頑張れよ」

 先生が短く応援してくれるおかげか、ふわっと心が軽くなった気がする。

「はい……!」

 私は先生の手を離れ、校舎の中へ入っていく。
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