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8 学歴は不要?

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 早いものでもう四月も終わり、世の中はGWに差し掛かっていた。
 会社も大型連休の日はピリついている。
 もうすぐ模試があるため、ここで結果を残せば夏期講習を応募してくれる生徒が増え、俺たち家庭教師の取り分も増えるためだ。


「如月、ちょっと来てくれ」

 上司の富岡さんに呼ばれたため、俺は面倒ながらも席へと向かう。
 名簿を机の上に出され、俺の受け持っている生徒たちの確認のようだ。

「一応、八割は模試を受けるみたいでよかったよ。お前の受け持ちは言っては悪いがそこまで成績の良い子たちじゃないからな」


 俺はまだ新人に含まれるが、それよりも普段の勤務態度が悪くないため、良い生徒は分配されない。
 もちろん営業で見つけた子なら自分の教え子にできるが、やはり教師の実力順に頭が良い子に付けられる。

「そうっすね」
「ところでだが──」

 富岡さんの目が薄く細まる。

「最近は保護者からのクレームがないな」
「良い事じゃないですか」
「まあな、一体どうしたんだ? 最近は髪型もしっかりセットして真面目になって」
「富岡さんに迷惑を掛けたことを本気で反省したんっすよ」

 少し前に授業中にタバコを吸ったのが親にバレてクレームになったのだ。
 正座させられ、数時間説教と減給された。
 次は損害賠償を払ってもらうと誓約書まで書いて許してもらった。

「そうか、お前は俺が誘ったんだからあまり悪目立ちはやめてくれ」
「感謝してますよ。俺みたいな馬鹿大学出を拾ってくれたんですから」


 ここに在籍する先生は、最低でも有名私大か地方国公立卒業だ。
 上は東大までいるが、教えの上手さは学歴に依存しない。
 だがそれでも他と比べると俺の大学の偏差値では、普通なら雇ってもらえない。


「ならこの子たちを一人前にして恩返しをしてくれ。そういえば最近入った弥生って不登校の子だが──」

 心臓が跳ねた気がした。
 下手に贔屓していることをバレないようにしないと、本当に辞めさせかねん。
 もちろんまだ法に触れていることをしているわけではないが、思慕の念を抱いていることがバレるわけにはいかん。


「本当に茶大を受けさせるのか?」

 心の中でホッと息を吐く。
 どうやら勘付いた訳ではないようだ。
 俺はいつもの調子で適当に言いくるめる。

「ええ、彼女が受けたいと言っていますのでね」
「まあ、この子の高校の学力なら全然狙える範囲だが、やはり不登校というのがな。お前が無理そうなら、別の先生に──」
「富岡さん」

 思ったより冷たい声が出てしまった。
 だがここで誰かに取られてたまるものか。
 富岡さんはハッとなり、俺の普段とは違う反応に驚いてた。
 誤魔化すために俺は嘘の笑顔を作る。

「俺も少しでもレベルアップしたいんですよ。本当に無理なら連絡しますので、俺に頑張らせてください」
「そ、そうか。まあ、お前なら無茶をせんだろう。ただし、夏期講習のノルマが達成できないときには、そうも言ってられんからな」


 実力主義の世界なので、俺のやり方がダメなら他の同僚に奪われる。
 いつもなら万々歳と喜ぶが、今回は絶対に譲れない。
 富岡さんとの話も終わって俺は家庭教師の仕事に出かけるのだった。

「うー、ベクトル難しい……」


 風花が未修の数学ニ・Bを急いで終わらせている。
 だがやはり数学が苦手なため、中々思ったほど進んでいないようだった。
 俺はベクトルの簡単な考え方とどのように他の分野で置き換えられるかを見せる。
 すると目を輝かせて、ベクトルの美しさに気づいてくれたようだった。


「すごい……ベクトルって何でもできますね」
「そうだろ? だからベクトルの考えはしっかり身に付けろ。ここを乗り越えたらだいぶ楽できるからな」
「はーい、先生って今更ですけど教え方って上手ですよね? やっぱり先生は有名な大学出ているんですか?」


 先生の卒業した大学というのは誰だって気になるものだ。
 うちのHPには先生達の顔と卒業大学のプロフィールが載っているが、わざわざそれを馬鹿正直に言うつもりはない。
 ここは俺のイメージアップのチャンス……!

「もちろんだよ、風花。東大医学部卒業のハイパーイケメン先生って俺のことだから。そろそろ俺と付き合わな──」
「あっ、載ってました。結構近場の私大なんですね」
「ぬおおおおお!」


 女性高校生の検索能力を侮っていた。
 流石はデジタル世代だと俺の巧妙な策を簡単に破ってくる。
 自爆した俺は恥ずかしさから手で顔を隠し、チラッと風花を見ると俺を不思議そうに見ていた。

「どうして東大って嘘をついたんですか?」
「ふうかに惚れてほしくて」
「先生は“二度“と見栄を張らないでくださいね」


 言葉を強調され、俺は自分の甘さを見直す。
 あまり無駄な時間を過ごしてはいかんなと、勉強の指導でマイナスな部分を補おう。
 また勉強を教えようとすると彼女の消えそうな細い声が聞こえてきた。

「別に先生がどこの大学だからって嫌いになりませんから」

 恥ずかしそうに目を合わせないようにしている。
 俺は思わずその横顔を凝視してしまうと彼女は耐えれなくなって慌てだした。

「やっぱり今のはなしです! 早く教えてください!」

 彼女が真っ赤な顔でノートに向かう。
 こんな関係でもいいかもしれない。
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