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4 ずっと本気さ

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 俺がどこかへ行くのだと思っていた彼女は俺の言葉がなかなか飲み込めていないようだ。
 別で持ってきた甘酒をコップに注いだ。

「ほら、ビールは冗談だ。甘酒は邪気を払うと信じられているんだ。まずはこれを飲め」
「えっと……」
「ほら、さん、にぃ、いち……」

 カウントダウンを始めると少女は慌てて受け取ってそれを口にした。
 喉をこくんっと通っていく。

「よし、良い子だ」

 よく分からず飲まされた彼女は事態についていけていない。


「その……今のって?」

 首を傾げる彼女に俺は自分と彼女を交互に指さす。

「俺は家庭教師で、君は学生。なら二人で出来る事で考えられるのは一つじゃないか?」

 少女は俺が与えたヒントを必死に考える。
 すると、やっと思い至ったようだ。
 スマホを取り出しておもむろに電話する。

「あの、警察ですか?」
「おおーッい! 大学受験だ、大学受験! 俺は家庭教師だ!」

 俺は必死に止めようとしたが、彼女のスマホには時報と書かれた画面が浮かび上がっていた。

「嘘です……」

 少女はお茶目にも舌を出してきた。
 先ほどまでの落ち込んだ顔が嘘のような冗談に寿命が縮んだ。

「ったく、最近の高校生は怖いぜ」
「ごめんなさい。でもどうして大学受験なんですか?」
「そんなの簡単だ。良い大学に行けば、それだけで世界が変わる。クソみたいな同級生なんか屁のようになるぜ」
「言い方……」

 そう言いながらも彼女の顔は少しばかり晴れやかになっていた。
 しかしまだ懸念があるようだ。

「でも親がなんと言うか……」
「それなら俺に任せろ。親をそそのか……口説き落とすのは得意だ」
「唆すって言いましたか?」

 勘の良い奴め。
 だがこの子の親ならおそらく大丈夫だろう。
 あとは彼女にその意思があるかだ。

「それでどっちだ? 大学行って人生変えたいか、それとも明日もベンチに座るか?」


 極端な二択だが、急に突き付けられたせいで、彼女の意思決定は絞られる。


「変えたい……」

 彼女の本音がポツリと漏れた。
 俺は思わず頬が緩んだ。

「なら決まりだ。早速資料を用意するかね」

 親を説得するには、父親と母親をそれぞれ納得させないといけない。
 頭を掻きむしってこれから考えないといけない問題を整理していく。
 すると少女が振り向いてベンチから身を乗り出してきた。

「どうしてそんなに頑張ってくれるんですか?」

 不思議に思っている顔だが、そんなの一つだけだ。
 俺は再度ベンチの背もたれに手を付け、彼女の顔へ近づく。

「君とは先生と生徒以上の関係になりたいからさ」

 息が触れ合うほどの距離で伝えた。
 彼女の目が俺の言葉で揺れ、なかなか飲み込むのに時間が掛かっているようだった。
 真っ直ぐと俺と目が合い、少しずつ頬が紅潮していく。

 ──これはいい雰囲気だ……!

 ゆっくりと自然に顔を近づけていく。
 するともう少しで接触間近になったところハッとなり、彼女は顔を背けてスマホへ目を向けた。

「やっぱり警察に……」
「待て、待て! 今のは忘てくれ!」


 危ない。
 失うものがないとはいえ警察のお世話はもう懲り懲りだ。

「どこまで冗談ですか?」

 彼女の顔はスマホに向いたまま尋ねてくる。

「ずっと本気さ。あの時、差し伸べてくれた君を見た時からね」
「えっ……」

 彼女はまた俺の方へ顔を向ける。
 そしてジーッと見つめてから、記憶の中の俺と顔を一致させていく。

「もしかして……二年前の行き倒れのお兄さん?」
「お兄さんではなく、俺の名前は、如月 幸太郎(キサラギ コウタロウ)だ。二人っきりの時は、こうちゃんって呼んでもー」
「あっ、警察の方ですか?」
「だぁーッ! 如月先生でいいから!」

 彼女はまた時報へ電話しただけのようで、時間を伝える声が聞こえる。
 全く、最近の高校生は本当に冗談が怖いぜ。

「弥生 風花(やよい ふうか)です。誰もいない時ならふうかでもでいいです」

 ボソッと彼女が名前を教えてくれた。
 彼女の顔は背けられたままだったが、耳まで赤くなっている。

「そうか、よろしく。ふうか。念のために連絡先渡しておくから、気軽に連絡しろ。それと明日は親御さんはいらっしゃるか?」
「はい、明日は二人とも休みだと思います」
「そっか。なら急がんとな。またこの時間でこの公園で待っててくれ」

 連絡先の書いてある紙切れと名刺をベンチの上に置いた。


「じゃないと、甘酒に混ぜたビールを飲んだ、飲酒少女ってバラすぞ」
「なっ!?」

 風花は今の真偽を知ろうと振り返る。
 もちろん普通の甘酒だったから何も問題はない。
 ただ真面目な彼女は間に受けてしまっており、大きな声を張り上げるのだった。

「最低教師!」

 言葉とは裏腹に彼女の顔は少しばかり笑っていた。
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