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最終章 側仕えは姫君へ、嫌われ貴族はご主人様に 前編

側仕えの掃除

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 眠ると夢を見た。見慣れない草原に剣一つで立つ。そしてその草原を埋め尽くさんばかりに甲冑の戦士がいた。
 戦士たちが一斉に襲いかかってきて、私は全ての敵をなぎ払う。
 どうして戦うのかと疑問に思う前に身体が勝手に動いた。
 全ての敵を倒した後に丘を登ると、まだ他にも人がいることに気付く。
 しかしそれは先ほどまでの甲冑の戦士とは異なり、小さな少女がいた。
 さらにはもう一人、大きな鎧を身にまとったフルプレートの戦士もいた。

 ──あれは私……なのか?

 小さな私と大きなクレイモアを持った戦士が、草原で戦っていた。
 全く身に覚えの無い光景だ。これはただの幻なのか、それとも過去の再現なのか分からない。
 ただ確実に言えるのは、もし私の昔の姿なら、絶対に勝っていただろう。

 小さな私は大剣を簡単に受け流して、剣先を相手に当てる。
 すると相手は後方に大きく吹き飛ばされた。
 地面に体をぶつけてやっと止まり、苦々しい声を出す。

「ちょっと強すぎるわよ……これでも剣帝と呼ばれているんだけどね」

 どうやら剣帝という異名があるらしい。起き上がった剣帝は大剣を構えた。勝敗の行く末を見守った。

「ふむ……あちらの私は気付いていないが、あの鎧はどこかおかしい。張りぼてのような何かだ」

 鎧特有のガシャガシャする音が聞こえない。変な術でも使っているのかもしれない。

「もうやめたほうがいいんじゃない?」

 小さな私は相手を気遣って試合を終わることを提案した。
 だが相手にその意思はない。

「もう少しだけ付き合え。そうすれば金貨をもう一枚付け加えてやる。それと一騎当千の加護もな」

 金貨の言葉を聞いて小さな私の顔が変わった。お金で釣られるとは前の私はどれだけ単純なのだ。

「もう一つはどうでもいいけど、お金はもらうよ!」
「こっちの方が何倍も価値があるんだがな。まあよい」

 鎧の戦士が剣を地面に突き刺した。すると地面が揺れだし、大きな力の気配を感じる。

「一騎当千!」

 その言葉と同時に私の意識は現実の世界へと引っ張られた。

「あっ、起きた?」

 目を開けると、私を心配そうにのぞき込んでいるミシェルがいた。
 私の世話をしてくれることになった側仕えだ。
 どうしてか彼女もベッドに横になっていた。

「うなされていたけど大丈夫?」

 夢の世界で急に戦わされたので、それが表に出たようだ。
 私は心配ないと起き上がると彼女はふくれっ面をする。

「もう少しびっくりしてもいいのではありませんか?」

 余っている部屋のベッドで眠っていたので、彼女とは別の部屋になっていた。
 それなのに私が驚かないことが気にくわないようだ。

「気配で分かったからな」
「眠っているのに分かるの?」
「身体と頭の感覚を切り離せばいいだけだ」

 あっさりと答えすぎたのか、彼女は頭を押さえて理解できないという顔をする。
 ミシェルはつまらないと呟いてから立ち上がろうとするので、私は彼女の肩を押して、ベッドに戻した。
 彼女は少し拗ねた顔をしていた。

「ひどい! エステルちゃん、どうして意地悪するの!」

 ギャンギャンと騒ぐので、私はため息を吐いて答えた。

「寝ていないのだろ? ずっと机の上にいたら誰でも疲れる」

 気配で眠っていないのは気付いていた。彼女も気付かれているとは思っていなかったようできょとんとしている。
 どうしてずっと起きているのかは理由は分からないが、寝なければ身体に差し障る。
 それと彼女がいなくとも特に役に立つわけでも無い。
 ミシェルはふっと笑い、休まずに起き上がった。

「今は休めないわ」

 何か含みがある言い方に聞き返そうとしたが、ちょうど、ミシェルの側仕えが来客が来たことを告げた。
 来たのはグレイプニル様らしい。
 急いで、ミシェルの部屋を借りてお話をすることになった。
 ミシェルに任せるより私がお茶を注いだ方がましだと思いポットを用意しようと思ったが、ミシェルの側仕え達が代わりにしてくれたので、任せることにした。

「朝早くからすまんな」

 グレイプニル様が出された紅茶を無視して、申し訳なさそうな声で謝罪した。
 仮面越しで分からないが、ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に真面目な性格だと感じた。

「お気になさらず。いつでも動けるようにしておりますので、気にせず命令ください」
「そうか。しかし、てっきり貸し出したあの部屋で過ごしていると思っていたが、どうして側仕えの一室で寝たのだ?」

 中を見ればすぐに理由が分かりそうだが。彼の性格から勝手に部屋に入ることはしなかったのだろう。答えようとする前にミシェルが先に答えた。

「グレイプニル様、これはわたくしの落ち度です。エステル様がお休みになる部屋です。わたくし自身が納得できませんでしたので、今日だけはこちらの部屋で休んで頂きました」
「そういうことか。流石は噂に違わぬ向上心の高さだ。私も見習わければな」
「いいえ、大したことではありません」

 二人で声を出して笑い合う。しかし昨日の件のせいで私は過分な評価な気がしてならない。部屋は未だ整理されておらず、ベッドすら無かったのだから。
 ただグレイプニル様がこれほど褒めるのだから、あれは偶然だったのかもしれない。

 ──でもお茶は……。

 考えるだけ無駄な気がしてきたので考えるのをやめた。グレイプニル様も仕切り直すため咳払いをする。

「では本題だが、お前に頼みたいことがある」

「なんなりとお申し付けください」

 私が即答すると、グレイプニル様は満足そうに首を振って、地図を取り出してテーブルに広げる。

「これは王都のマップだ」

 見せられたマップをのぞき込んだ。城を中心に街が円状に広がっていた。見ているだけで頭痛がするのはどうしてだろうか。
 グレイプニル様がマップに指を置き、私へ顔を向けた。

「お前には貧民街に行ってもらう。いいな?」

 私が断るはずが無い。二つ返事をした。

「そこで私は何をすればいいのですか?」

 私が問いかけたときに、答えたのはなぜかミシェルだった。

「もちろん、掃除ですよね、グレイプニル様」

 グレイプニル様が頷いたのでどうやらミシェルには通じているようだ。
 私はよく分からないが、一度黙って話を聞くことにする。

「そうだ。これから王都はもっと繁栄していくのだから、塵一つあってはならん。お前もそう思うだろ?」

 私へ尋ねられたので「もちろんです」と答えておく。満足そうにグレイプニル様も頷くので間違った回答ではないようだ。
 しかしどうしてゴミの話なのだ。
 私が疑問を口にしようとしたが、物知り顔のミシェルが手を胸にやって答える。

「それでしたらエステル様にとって簡単でしょう。まだ土地に不慣れな彼女のために私が付き添いで、貴族とは何かを民衆へ知らしめてきます」
「ふっ、頼もしいな。では其方に全て任せよう。やり方は任せる。更地にしてもかまわん」

 掃除で更地とは、どんどん訳が分からなくなってきた。しかしミシェルはその話についていっている。

「それでは意味がありません。平民が誰のおかげで生きていられるのか、分からせてみせましょう」

 二人でわかり合うように頬をつり上げ、私だけ意思の疎通が上手くいっていないような気がした。
 グレイプニル様は満足そうに立ち上がった。

「では剣聖よ。あとはミシェル嬢に従え。彼女の言葉は私の言葉と思うように」
「かしこまりました!」

 グレイプニル様が部屋から出て行ってしまった。残ったのは私とミシェルだけだ。

「では、エステルちゃん。行きますわよ」
「ええ。しかし私には今ひとつ分からん。掃除と仰っていたが、別の意味で言っていたのか?

 詳しく聞けなかったので、ミシェルに尋ねるしか無い。
 だがミシェルは、手を頭に当てて、やれやれ、という仕草をする。

「エステルちゃん、さっきグレイプニル様も仰っていましたでしょ? 塵一つ残すなって」
「ああ」

 私は適当に返事すると、彼女は私の目の前で力強く上半身を前にのけぞった。

「それは平民達にしっかりと衛生観念を伝えろってことよ!」

 彼女は自信満々に答えた。

「本当にそうなのか? 何か隠れた意味も……」
「それは私が教えるわ。今はとりあえず貧民街へ行きましょう。平民達へ教えてあげないとね。貴族がどれだけ綺麗好きかを」

 彼女に手を引っ張られ私は無理矢理に馬車へ乗せられた。
 ウキウキしている彼女の横顔を見ながら、本当にグレイプニル様はそのようなことを伝えていたのか考える。
 しかし途中でミシェルから話を振られてからはその疑問をいつの間にか頭から消え去っていた。
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