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最終章 側仕えは姫君へ、嫌われ貴族はご主人様に 前編

側仕えと王都

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 目的地も決まったために、急ぎ行かねばならない。
 私たちはネフライトへと報告するために、彼女の部屋へと向かった。
 彼女の顔が私を見て笑顔になったが、レーシュの存在に気付いて頬を膨らませた。

「やっと来たわね……って思ったのに、その様子だとお茶を飲んでいる暇もないようですね」


 せっかく招待されたのに申し訳なくかんじるが、ネフライトも「仕方ないですね」と席へ座るように促してくれた。
 紅茶を出され、一口だけ口にした後にレーシュが報告する。

「部屋の中に残る魔力の痕跡の減少率から計算したところ、ある程度の条件が絞られました。領主クラスの魔力が無ければ出ない値が出ましたので、おそらくは王都に住む貴族……さらに魔力量を考えると、王国騎士団長が一番当てはまると思います」


 私はシャーヴィから聞いたので王都だと決めつけていたが、レーシュは自分でその答えに辿り着いたのだから、本当に優秀だと感じる。
 ネフライトの顔に少し赤みが差して、それは怒っているのだと理解した。


「厄介ね。国王であるドルヴィが関与しているのなら、下手なやり方では駄目ね。いっそのこと滅ぼそうかしら」

 ネフライトは何気なく放った言葉は冗談というには力がこもっていた。


「……冗談ですよね?」
「冗談ですますつもりはありません。こっちは領主を奪われているのに何もしなければ侮られてしまいます」

 ネフライトの怒りはどんどん増し、私は助けを求めるようにレーシュを見たが、彼は腕を組んで「それもいいかもな」と納得している。

「ちょっと、レーシュまで!? 国王様なんでしょ? そんなことして私たちの領地が滅ぼされるかも──」
「「それはあり得ない」」

 私だけでも冷静にならればと思い進言したが、二人から真っ向から否定された。

「エステル、お前は間違いなく近隣諸国で最強だ。それに加えてウィリアムとヴァイオレットもいる。こんな戦力に勝てる国なんてあるわけないだろ」

 言われてみると、他のメンバーもいるのでやろうと思えば国盗りもできる気がしてきた。
 しかし素直に納得してはいけない。

「で、でもそんなことをすれば普通に暮らしている人にも迷惑が掛かっちゃうし……」

 だがレーシュは首を振った。

「一度王都へ行けばそんな気持ちは無くなる。あそこは名ばかりの都だ。今の国王に統治者としての能力なんて無い。いっそのことアビ・ローゼンブルクが国王になった方が、もっと国が良くなるだろう」


 前から思っていたが、ここの国王の評判は悪評しか聞いたことがない。
 そんな国王にレイラが囚われていると思うと、早く助け出してあげたい。

「エステル、貴女には申し訳ないけどレイラを助けてくださる?」
「もちろんです!」


 レーシュも付いてきてくれるらしいので、道中は問題なさそうだ。
 ただ心配なのはネフライトだ。

「ふふ……ローゼンブルクにけしかけたのだから覚悟してもらいましょうね。わたくしが全領地に呼びかけていつでも動けるようにしておいてあげるわ。あなた達はレイラから一言だけもらってくれば、後は任せなさい」
「ど、どんな一言ですか?」


 私はゴクリと息をのんだ。目の前のネフライトが聖霊バハムートよりも恐ろしく感じた。
 彼女は誰よりも男らしく、言葉をつぶやく。

国王ドルヴィを討て」

 それはもう戦争ですよ、と私の口からはとても言える雰囲気ではなかった。
 馬車に乗った私達はすぐさま王都へ出発しようとしたが、鎧を身に付けた大男もまた同席する。

「失礼する」


 レイラの護衛騎士のジェラルドがどうしても付いて行きたいらしい。
 レーシュは最後まで抵抗したが、結局は何を言っても意味がなかったため、仕方なく許した。

「なんでお前が同じ馬車に乗るんだ! お前は自分の足か自前の馬車を用意しろ!」

 レーシュは文句を言うが、ジェラルドは別のことを考えて、外の音を止めているようだった。
 いくら言っても聞こえていないため、とうとうレーシュも折れた。

「エステル、こいつを外に放り出せば秘蔵のワインを開けてやる」

 少しだけ気持ちが傾きかけたが、やはり良心が勝った。
 レーシュはワインを好み、一緒に飲むにつれて私もその味の良さを知ったので、勿体無いと思いながらも、私は我慢する方を選んだ。


「そうやって意地悪する。どうせ私は安物でいいですよ」

 ふんっと顔を背け、少しだけ子供っぽいと自覚があった。
 するとレーシュが横に座る私の手を強く握った。彼の声が耳元で囁かれる。


「冗談だ。せっかくワインの味を教えたんだ。もう安物で満足できるわけないだろ。あっちにもおすすめのワインがあるから、晩酌に付き合え」
「秘蔵のワインも?」
「それは帰ってからだ。海賊達からつまみの差し入れもあるから、楽しみにしておけ」

 レーシュからの誘いはとても魅力だ。せっかくなので、他の側仕え達や元私の護衛騎士達も来てほしいなと思った。
 そこにレイラも来るとなおいいのだが。

「変わったな、モルドレッドは……」


 やっと口を開いたジェラルドは、仏頂面な顔でレーシュを見ていた。
 二人の関係は決して良くはないのだろう。その証拠にレーシュはずっとジェラルドに心を許していない。

「変わらないものなんぞあるか。もし変わっていないのなら成長していないだけだ。だからお前はずっとそのままなんだろ」


 辛辣な言葉を言うせいで、ジェラルドはピクピクと眉を動かす。
 だが本人は言い返すことはせず、黙って足下を見ていた。
 とうとう王都の外壁が見えた。正面の入り口の方ではなく、裏側をぐるっと回る。
 そちら側にも門があった。
 しかし門で止められることなく素通りしていく。

「あれ? 何も書かなくていいの?」

 普通は門で何かしら手続きがあるはずだ。だが見た限りでは門番自体がおらず、貴族の馬車だから特別というわけでもなさそうだ。


「ここは王都の裏口だからな。正面から行きたいがそれだと隠密にならん」

 レイラを助けるために来たので、あまり目立つことはしてはならない。
 しかしそれはそれとして、素性がしれない者でも入れてしまわないだろうか。

「裏口だからって、誰彼構わずに入れていたら、治安が悪くならない?」


 レーシュはため息を吐いて、窓の外を見る。


「王都に期待するな。ここはもう無法地帯だ」

 私も窓の外を見ると、地べたに座って、ぶつぶつと喋っている者たちがいた。
 昼間なのに、空き瓶が道端に落ちて、酔い潰れている者たちばかりだ。
 私のイメージする王都とはかけ離れた実態だった。
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