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最終章 側仕えは姫君へ、嫌われ貴族はご主人様に 前編

側仕えと新たな波乱

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 領主のレイラが連れ去られたらしく、一部の貴族しかまだこのことは知らないらしい。それでも大きな支えを無くなかったのように、道を歩く者たちが不安な表情になっていた。
 廊下を歩くたびにレイラの安否が気になってくる。
 ネフライトに連れられて私たちはレイラの部屋へ行くために、廊下の曲がり角を過ぎたところで目を疑った。


「これって……何があったの?」


 私は部屋の惨状を見て、身体が震えそうになった。
 扉ごとごっそりと消え去り、壁には大きな穴も空いている。
 領主の部屋の中が剥き出しになっており、激しい戦闘があったことは明白だ。
 レーシュも同じように衝撃を受けていたが、私よりも早くショックから立ち直っていた。

「わかりません。騎士達の話では大きな音が聞こえたけど、ここに来た時にはもうすでにレイラは消えていたそうよ。このままレイラが帰って来なかったら、ローゼンブルクも終わってしまうわ」
「終わる?」

 私の疑問をレーシュが答えてくれた。

「領主が常に貴族から集めた魔力をこの地の神達に奉納して、魔力を各地送っているんだ。だが魔力を送れる部屋は国王から許可された領主しか入れない特別な部屋だ。領主が帰ってこなければずっと魔力は奉納されない。せっかく三大災厄を倒しても、不作が続くだろうな」


 それはかなり良くない状況だと私でも思う。
 しかし肝心のレイラはどこへ連れて行かれたのだろうか。
 目の前の惨状を見る限りでは、ただの賊の仕業とも思えない。
 レイラが心配だ。私が守ると言ったそばからこんなことになるなんて。


「モルドレッド!」


 大きな声が廊下へ響き渡る。私たちも思わずその声の主を見ると、レイラの護衛騎士のジェラルドだ。
 切羽詰まった顔でこちらへ走ってきて、レーシュへ頭を下げた。


「領主様を見つけてくれ!」


 いつも傲慢さをが見える男だが、今日だけはいつもと違い余裕が無いようだった。
 レーシュはまるで汚物を見るような目で、下げた頭を見ていた。

「ふんっ、知ったことか。俺の助けはいらないと言い続けたお前が勝手にやれ」
「レーシュ!」

 レイラを助けないことに賛成できない。だがレーシュは分かっているという顔をしており、本心から言っている訳では無いことに安心した。
 ただジェラルドに意地悪をしたいだけらしい。言われた本人は顔を真っ青にしていた。


「すまなかった……いくらでもお詫びをするから、領主様だけは絶対に助けてほしい」
「ふんっ……あんな気持ちの悪い手紙はお前が作ったのか? 領主を真似るならもっと文章を……」
「あれは紛れもなく領主様がお前に書こうとした手紙だ。あの方の執務室に置いてあった一枚なんだ」


 レーシュの目が見開かれた。だがすぐに表情を隠すように仏頂面に戻った。
 歩き出したレーシュはジェラルドの横を通っていく。

「調査費については請求するからな。それと俺への依頼料は別料金だ」

 顔を上げたジェラルドは希望が出てきたような顔で、レーシュの後ろを歩いていく。
 おそらくレーシュなら魔法ですぐに痕跡を見つけてくれるはずだ。

「エステル、もしよかった少しだけお茶でもしない? どうせまだ調べるのも時間掛かるだろうし、私たちでは出来ることもないそうですしね」


 ネフライトの目は良く見ると寝不足の隈が出来ており、化粧で誤魔化しているようだった。
 おそらくレイラが居なくなった穴を埋めるために、代理として身を粉にして働いたのだろう。
 少しでも癒やしになればと思い、私は返事をしようとしたが、私へ向けて放たれた気配を感じて振り返った。

「エステル、どうかしましたか?」
「いいえ……少しだけ用事がありますので、先に部屋へ居てください。後から私も行きます」
「分かったわ。側仕え達にお茶の準備だけお願いしておくわね」

 ネフライトが部屋を出てから、私は先ほど感じた気配の元へ向かう。
 城の裏側へ周ってみる。気配がどんどん強くなるがその姿は見えない。
 だが少しだけおかしなところがあった。点々と血痕が地面に落ちていた。
 途中の地面から途切れており、その途切れた地面に触れようとしたが、手が地面を通り抜けた。
 地面に見えたが、そこは空洞になっているようで、奇妙な現象が起きていた。

「入れ……」


 声と同時に地面が階段に変わった。おそらく魔法で階段を隠していたのだ。
 私はその階段を降りていくと、すぐに行き止まりにたどり着く。
 ランプが地面に置かれ、行き止まりの壁に背中を付けている黒い装束を身に纏った者がいた。
 前にレイラと一緒に行ったカジノで出会ったヴィーシャ暗殺集団の幹部の一人シャーヴィだ。
 前と同じ変わったお面を付けており、変わった点があるとすればボロボロになっているところだろうか。


「久しぶりと言いたいけど体は大丈夫?」


 先ほどの血痕はシャーヴィのものであろう。一流であろうはずの彼女が、ここまで痛めつけられる人物なんて数えるほどしかいないはずだ。

「心配はいらん……と言いたいがお前に頼みがある」

 声が掠れており、このまま治療をしないのでは命に関わるのではないだろうか

「それはお医者様に診てもらってからね」
「私は後回しにしろ」
「でも──」
「レイラ・ローゼンブルクを守ってくれ!」


 シャーヴィの大きな声に驚いた。だがそれよりも彼女の情報は今の私たちにとって必要なものだ。

「どこにいるか知っているの?」
「あのお方は王都へ連れて行かれた。国王との結婚のためにな」
「結婚!?」

 あの惨状からは予想だにしていなかった言葉を聞かされた。


「レイラは無事なの?」
「今はな……だが長くは保たん。私の魔力で彼女の部屋を秘密部屋化したが、数日もすればそれも解ける」

 ゴホゴホとシャーヴィは咳き込む。

「魔力? 貴女……貴族だったの?」
「どうでもいいことだ」


 ヴィーシャ暗殺集団は犯罪組織であるため色々な出自の者がいても不思議ではないが、まさか貴族まで入団しているとは思わなかった。
 彼女の心配もしたいが、今はレイラを助け出すことの方が大事だ。
 おそらく彼女は自分でどうにか出来るので後回しでいいだろう。

「助け出してくるわね」

 シャーヴィは息をのんだ。私の即答に戸惑っているようだった。

「何も聞かないのか?」
「貴女のこと? それともレイラが何かを企んでいるかもしれないこと?」
「両方だ」


 私は今さらだと息を吐いた。どうせ私には裏を読む頭なんて無いのだから。

「興味ないもの。どうせ貴女も止めても助けに行くつもりなんでしょ?」
「無論だ」


 シャーヴィを止めても無駄であろうから、私は調査をしているレーシュのところへ戻った。
 ちょうどレーシュも調べ終わったようだった。
 私の姿を見つけて、こちらへ駆け寄ってきた。

「探したぞ、どこに行っていたんだ?」
「ちょっと知り合いに会っていたの」
「そうか。犯人が分かったぞ。今から──」
「王都へ行くんでしょ?」


 レーシュは目を丸くして私の答えに驚いていた。ただシャーヴィから話を聞いただけだが、それは後で伝えればいいだろう。

「助けに行こう、レイラを」

 彼女の考えは分からずとも私の出来ることは剣として戦うことだけだ。
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