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最終章 側仕えは姫君へ、嫌われ貴族はご主人様に 前編

側仕えVSヴィーシャ

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 三大災厄を倒してから平和が戻り、多くのことが変わった。
 作物がこれまで我慢していたかのように、各地で急速に育ち始めていき、漁に出られるようになってからは、多くの土地の技術講師としてウィリアム海賊団も歓迎されることが増えたらしい。

 私が現在住んでいる海聖都市も最初に来た時の暗い面影は全くなく、どんどん土地開発を進めていっていた。
 神国と直接交易が出来るこの土地は、今はどこの領地よりも優位だと言えるだろう。
 レーシュも当主として毎日多忙を極め、これまで険悪だった他領とも良好な関係を築けるようになったおかげで、前よりは悪評も減ったのでは無いだろうか。

 この町が少しでも人気が出るように、私も最近は側仕え以外の仕事も行っている。
 元々、この町には大きな伝説があったのだから──。


「よし!」


 私は気合いを入れるため、顔をパチーンと両手で挟む、
 大きく息を吸い込んで、通路を走り抜けた。
 すると大きな熱気と拍手が巻き起こった。

「皆様! お待たせしました! ようやく再開したコロシアムの記念すべき初試合はこの人物しかおりません! 三大災厄を討ち滅ぼし、世界に平和をもたらした剣聖エステルの登場だ!」 


 司会が私の紹介で出迎え、私は観に来てくれた観客達へ手を振って歓迎した。
 そう、私はコロシアムに出場した。
 平民、貴族、関係なく訪れ、全員が私の試合を楽しみにしてくれたようで、前よりも観客が入れるように増設したのにも関わらず、満員になったらしい。

 ──こんな来てくれたのね。でも、貴族の令嬢達も多いわね……。

 領主の城に居た頃にプレゼントをくれた令嬢達も観に来てくれたようで、知らない顔でもないので手を振ってみたら、上品に手を振ってくれる者と目眩がするように倒れる者で別れていた。

 遠くから「興奮しすぎだ」という声が聞こえたので、どうやら血気盛んなだけのようで安心する。
 一応は私が今日戦うことになっているが、対戦相手のことは教えてもらっておらず、なるべく時間を掛けてくれ、と主催者側からお願いされていた。
 どんな相手が少しだけ不安もあったが、私に出来ることは剣としてこの仕事を無事に終わらせることだけだ。
 いつでも来い!、と気合いを入れ直すと、司会の者も話を続けた。

「これより剣聖エステルの神技を見せていただきますが、その前に今回の開催のため、多くの出資を頂いた皆様に御礼を述べさせてもらいます。そして最大の出資者であらせられる、ネフライト・スマラカタ様に格別の感謝を捧げます!」

 ──ネフライト様も来ているの!?

 観客席の一際目立つ特別席を見た。
 他の席と違い、空間にも余裕があり、赤いカーペットの上で優雅にこちらへ手を振っているのがネフライトだった。


 これは絶対に下手なところは見せられない。
 コロシアム内の複数入口の鉄格子が上がると、そこからたくさんの男達が出てきた。

「えっ!?」


 出てくる者達か一向に止まらない。
 どれほど集めたのか問いただしたくなるほどの大人数に、予想外なことが起きたことで私は思わず口が開いてしまった。
 やっと入場してくる戦士達が出揃ったのか、もう入ってくる者達はいない。

「では今回は剣帝が残した最高記録の百連勝を越える、千人の戦士を相手に伝説を残してもらいましょう! これこそ本当の一騎当千だ!」


 大きな歓声が巻き起こり、私への期待が一気に膨れ上がった。
 観客達は盛り上がるからいいだろうが、戦いに来ている者達は最初から負けるのだと決めつけられているので、私への殺気をどんどん膨らませていく。


 ──絶対に後で主催者に文句言ってやる!


「では特別ルールとして、剣聖エステルには武器と加護の使用を禁じます」
「はあ!?」


 ふざけるなっと言う前に貸し出された剣が急に溶け出した。
 まるで魔法に掛けられていたように消え去った。もしかすると貴族に頼んで魔法の剣を作ってもらったのかもしれない。


「剣聖様よ?」


 武器無しでどうやって戦おうかを思案していると、挑戦者のむさ苦しそうな大男が斧を肩に預け、ニタニタとした顔でこちらを見る。
 貴族社会でも似たような顔を何度も見てきたのでいいかげん見慣れたものだ。

「なに? 降参しろとか言いたいの?」

 腰に手を当てて、次の言葉を待っていると急に大男がもじもじとする。
 ゾワっと背中に悪寒が走った。

「綺麗だ! 俺が勝ったら結婚してくれ!」
「……は?」

 大男の言葉を皮切りに他の挑戦者達も「いいや俺が故郷で結婚するんだ!」や「お前らみたいなやつよりアダマンタイトの俺がお似合いだろうが! 結婚しよう!」と勝手に盛り上がっていく。

 ──遅めのモテ期も……悪くないわね!

 貴族世界では平民だからと馬鹿にされてきたせいで、こうやって女性として見られるのも嬉しいものだ。


「お姉ちゃん! 変なこと考えているとお義兄さんに怒られるよ!」

 せっかく良い気分だったのに、弟のフェニルの一言で一気に現実に戻された。
 観客席で元気な顔で手を振っていた。

 ──病気が治っても口は達者なままね。

 おだてられて舞い上がってしまったが、今では愛する人が出来てしまったので、それ以上欲張るつもりもない。そろそろ仕事をしよう。


「残念だけど、私はもうレーシュ・モルドレッドの妻なのよ!」

 風が横をすり抜けていき、千人の戦士たちの元へ向かう。

「うっ……」

 前から順に顔に脂汗を滲ませながら苦しみ出した。
 そしてどんどん人が倒れていき、周りの観客達も息を呑んで、いつの間にか静かになっていく。
 私の力が他者を圧倒しているときだけ使える技の一つ。

蘿蔔スズシロ

 風に乗せるように殺意を向けることで勝手に相手が倒れてくれる。
 聖霊バハムートには足止めしか使えなかったが、実力差があればこのように戦わずに勝つことができる。
 司会をしていた者がこの惨状を見て気持ちを乗せた実況を行っていた。

「なんと剣聖の力で全員気を失ったぞ! むむむ! 一人だけ立ち上がっている! あれは、剣帝と同じ、オリハルコンの称号を得たヴァイオレットだぁああ!」


 千人の中で立っていたのは、サリチルの姿へ変装をしたヴィーシャ暗殺集団の当主ヴァイオレットだった。

 ──レーシュのハッタリは絶妙ね。

 聖霊バハムート戦では、あたかも新しいオリハルコンの冒険者は剣聖の弟だと思わせて仲間の士気を上げていたが、実際はフェニルにそこまでの実力は備わっておらず、ヴァイオレットがオリハルコンの称号を手に入れたのだ。
 だがそのおかげで最強の敵を前にしても、あれほど長く前線を維持出来たのだろう。
 目の前に立つ気配の薄い戦士へため息を吐く。

「その姿だと戦いづらいわね。ヴァイオレットちゃん……」


 元々は猫耳と尻尾を持つ獣人族だが、彼女の加護で姿を変えることができ、一般の者達には自分の姿を見せないようにしているらしい。
 彼女の視線がフェニルの方へ向く。少しだけフェニルの顔が赤くなっているので、弟の恋が実るのを願うのと同時に、少しだけ寂しさがあった。
 ヴァイオレットの視線がまたこちらへ戻り、そして腰を屈めていた。

「フェーに良いところを見せる!」

 ヴァイオレットの姿が目の前から消失した。私の目でも追いきれず、獣人族の持つ生まれ持った脚力は私よりも断然速いだろう。

「最初から全力! 暗技、針千本!」

 私へ四方からクナイが無数に飛んできていた。
 武器の無い状態では剣で弾くこともできず、さらにはクナイの何本かは先端が赤くなっているので毒も混じっている。


「まったく容赦ないわね」

 武器も加護もない状態では絶望的状況だ。
 普通はフェニルの姉なのだからもう少し優しくすべきではと思わなくもないが、彼女も理解はしているのだろう。
 こんな攻撃では全く足止めにならないことを。


「守りの技を使うまでもない!」


 ヴァイオレットの姿が見えなくとも気配は追えるため、私はそちらへ走る。
 目の前に迫るクナイを足蹴りして、方向を無理矢理に逸らしてお互いのクナイで相殺しあった。

「なっ!?」

 ヴァイオレットの驚愕の声が聞こえた。目の前に迫るものだけ弾けば他のクナイは無視できる。後ろから迫るものも、同じ要領で後ろ蹴りするだけで勝手に無効化出来た。

「靴に鉄板が付いてて残念だったわね」
「付いているからって足蹴りなんてしない……」


 潜り抜けた先でヴァイオレットに迫ろうとしたが、彼女は得意の足で私との距離を離す。

「やっぱりいくら速さを上げても追いつけないわね……それなら!」


 私は地面に手を当てた。高速で動くヴァイオレットを捕まえるにはこれしかない。

仏の座ほとけのざ!」

 地面を流れる気へ衝撃を与えた。するとその力がどんどん伝わっていき、ヴァイオレットの足が触れた地面から力が吹き出す。

「ぐふっ!」

 ヴァイオレットに力の余波が当たり、彼女の体が吹き飛ばされ宙に浮かんだ。
 ダメージは大したことないだろうが、その無防備な滞空時間は致命的だった。


「そこなら倒れている人たちもいないわね」

 腕に力を込めて、手刀をヴァイオレットへ向けて空を斬った。

なずな!」

 衝撃波が飛び、ヴァイオレットの体にぶつかると後ろの壁までその体を運んだ。
 背中を思いっきり打ちつけたヴァイオレットは地面に倒れた。

「うう……参った」

 彼女の敗北によって全ての挑戦者が地面に倒れたことになる。

「ぐぬぬぬ! 剣聖VS千人の戦士の戦いは圧倒的な力を見せつけた剣聖の圧勝だあああ!」


 司会の言葉に周りの観客達は一層盛り上がった。拍手や口笛が私の勝利を祝い、私も手を振って応えた。
 少しだけズルした勝利だが、こんな面倒な対戦を組んだ主催者側への良い仕返しになっただろう。
 ふと覚えのある大きな気配を感じた。
 コロシアムの上からドクロのマークが入った帽子を被った海賊王ウィリアムが飛んできた。


「てめえ、勝手にコロシアムを仕切りやがって! 死ねやああああ!」
「うぎゃあああ!」

 ウィリアムは司会の席まで降り立って司会の男を殴り、私の足元までその男が飛んできた。
 いきなりどうしたのかと思っていると、その姿が変化していき、道化師の姿に変わった。

「ピエトロ!?」

 邪竜教の宣教師のピエトロが司会者の姿から変わった。

「いててて……あわっ!? に、逃げろっ!」


 ピエトロはすぐさま立ち上がって、私から逃げようとする。
 だが逃すつもりはない。

「待ちなさい!」

 私は攻撃しようとしたとき、ピエトロは懐から取り出した玉を地面に投げる。
 私の拳がピエトロに当たったと思ったらその姿が透けた。

「なっ!?」

 まるで存在が無かったかのようにその姿が消え去った。
 そのまま試合も終わったので、私は家に帰ることにした。
 後ほど聞くと、司会者が殺されており、不審に思ったウィリアムがやってきたらしい。
 ヘンテコなルールは私を倒すためだったのだろう。
 一応寝る前にベッドの上でレーシュに報告しておくことにした。


「そうか、お前が無事で本当に良かった」

 レーシュが私の肩を抱いて引き寄せる。
 彼の体に頭を預けると、彼が私の額にキスをしてくれた。
 今日も何事もなく終わり後は眠るだけだが、私は今日のことを少しだけ後悔することになる。

「ところでフェニルから聞いたが、他の男達からの求婚にまんざらではなかったらしいな?」

 唐突に今日のことを蒸し返され、ドキッと体が震えた。
 フェニルめ、私がヴァイオレットを倒したことの腹いせに報告したな!と恨めしい気持ちになった。
 恐る恐る彼の顔を見ると、無駄に笑顔が怖い。

「俺の愛し方が足りなかったようだな」
「れ、レーシュ……?」


 彼は私をベッドに押し倒して、バスローブを脱ぎ出した。
 裸体がむき出しになり、前よりも引き締まった体に思わず見惚れた。
 そして私の指に彼の指が絡まり、私を逃さないようにする。

「最近は忙しかったが、そうも言っていられないな……今日は朝まで覚悟しろ」
「……!!」

 レーシュからの思わぬ嫉妬によって濃厚な愛を育んだ次の日に、領主のレイラから一通の手紙がやってきた。
 それは短く一言だけ書かれている。

 ──私を助けて

 と。
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