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第三章 側仕えは音楽の意味を知り、嫌われ貴族は人々の心に奏でよう

側仕えは遊びを考える

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 フマルから遊ぶべきだと指摘され、私は何と言葉を返そうか悩んだ。

 ──そうだ、冗談ね!

 フマルのいつもの悪い癖だろう。
 私はそう結論付けて、笑ってフマルへ確認する。

「もう、何言ってるのフマル。遊びなさいって、それは冗談よね?」
「冗談じゃないわよ!」


 フマルは大真面目な顔で言葉を返す。
 私はまるで頭痛がするように頭を押さえた。

「相談する相手を間違えた……」
「聞こえているよ!」


 フマルから大きく突っ込まれた。
 だが流石の私でもそんなことできるわけがない。
 しかしフマルは慌てて訂正する。

「エステル、誤解しないでね。私は別にレーシュ様のお金で豪遊しろとか言ってわけじゃないの」


 そうすると遊べとはどういう意味なのだろうか。
 フマルは出来の悪い子供に教えるような顔をする。

「エステルって、ここに来る前ってどんなことをしていたか言ってみて」


 そんなことを聞いてどうするのかと思ったが、フマルの目は真剣そのものであった。
 私から聞いた以上はフマルが質問することには素直に話さないといけない。


「えっと、基本的には農作業かな。あとは狩りで取れた肉の処理や加工、牛の世話とかかな。あとはフェーの薬を稼ぐために魔物をちょこちょこ稼いだり」
「仕事ばっかりね。休みの日は何してたの?」
「農村に基本は休みはないわよ。寒くなる前に少しずつ冬の準備とかするくらいだし」
「ほら、エステル! 全く遊んでないじゃない!」


 そういえばここの仕事についてから定期的に休みはもらっていた。
 ただ休みの有効活用の仕方が分からない、市場の散策しかしていないことに気付く。


「いい、エステル! 教養ってのは普段から触れる物に影響されるの! だいたい、行ったことのない地名なんて覚える気もならないし、魔力もないのだから神様への感謝も思い付かないのは当たり前!」
「うっ……!?」


 フマルからまともなことを言われ言い返せなかった。
 確かに私は自分の活動範囲を広げることをしていない。


「せっかくなんだから、レーシュ様にお願いして劇でも連れてもらったらいいじゃない。あとは演奏会とか。私もラウル様と一緒に行ってみたいし」


 最初はまともな提案だったが、最後に願望が出て妄想の世界へ入り始めた。
 ただ一個問題がある。


「演奏会って何が楽しいの?」


 私は率直な疑問をぶつける。
 みんなで打楽器を楽しむくらいなら村でもあったが、それは一緒に演奏するから楽しい。
 ただ黙って聞いているだけに加えて、それにお金を払うことが信じられない。
 フマルはやれやれと言った感じだった。

「エステルもレーシュ様の演奏を聞けば少しは分かるわよ。特に身分が高い人ほど楽器の教養は付けさせれるから、ラウル様と一緒に演奏してもらったらたぶん興奮するよ!」


 確かにラウルはそういった芸当は上手な印象がある。
 しかし問題はレーシュだ。
 頼んだところでレーシュがやってくれるのだろうか。

 呼び鈴が鳴り響き、客人の訪れを知らせる。

 会話をやめて私がドアの方へ向かう。
 玄関のドアを開けると、いつもと変わらぬ爽やかな顔で挨拶をするラウルがいた。

「やあ、エステルさん。本日も麗しき貴女に出会えたことは最高神のお導きです。その後の体調はお変わりございませんでしょうか?」
「はい、おかげさまで。ラウル様もお元気そうでよかったです。今日はレーシュ様に御用ですか?」
「いかにも。緊急で申し訳ないが、ナビの城で領主も交えてお話をしたいと思っております。是非ともモルドレッド殿とエステルさんに参加を頂きたくお願いに参りました」


 どうして私も呼ばれたのだろう。
 もし大事な話をされても理解できると思わないが、レーシュから命令されたら行くしかない。

「分かりました。もしよろしければレーシュ様をお呼びしますので、お部屋でくつろいでくださいませ」
「いいえ、用件はこれだけですのでお気遣い不要です」
「そうですか……あっ!」

 先ほどまでフマルと話していたことを思い出す。
 演奏会には興味ないが、ラウルたちの音楽なら多少聞いてみたいと思っていた。
 せっかくの機会なので聞いてみよう。

「そういえばラウル様は何か音楽を嗜んでいたりするのですか?」
「もちろんです。私は竪琴を弾くか、もしくは剣舞を鈍らない程度には嗜んでおります」
「ラウル様の剣舞は見てみたいです!」


 私も剣士の端くれなので、剣舞なら良さが分かる。
 戦いではなく踊りで剣を振るう姿は美しいと思う。
 それを見目よいラウルが行うのなら、さぞ映えるだろう。
 ラウルも気分を良くしてくれて、快く快諾してくれた。

「ええ、それでしたら明日の夜にアビ・ローゼンブルク主催のパーティが主催されると聞いておりますので、演奏していいかを聞いてみますね」
「すっごく楽しみにしています!」


 これは楽しみだと思っていると、後ろから咳払いが聞こえてきた。
 いつの間にかレーシュがやってきていた。

「これはこれは、ラウル殿ではありませんか」


 何だか黒い笑顔をしたレーシュがやって来ていた。
 どうしてそんなに笑顔なんですか、と聞きたいが理由は私でも分かる。

「本日もご機嫌ですね、モルドレッド殿。今日からはナビ・モルドレッドとお呼びの方がよろしいですかな?」
「どちらでも構いませんよ。それよりも剣舞をされるそうで?」
「いかにも。御所望されたら断るわけにはいきません。モルドレッド殿もいかがですかな? もしよろしければ私がサポートしますので」
「要らぬ気遣いです。私は歌も竪琴も得意ですからね。私が貴方をフォローしてあげますよ。音楽なら魔力も加護も関係ありませんからね!」


 お互いに目をバチバチとさせて喧嘩腰だ。
 昨日の戦いまでは結構いい感じだと思ったのに、どうしてすぐに仲が悪くなるのだろう。

「では当日を楽しみにしております。あとエステルさんには伝えましたが、お二人で後ほどお城へお越しください。こちらが神使からの書状です」

 丸まった羊皮紙をレーシュは奪い取るようにラウルからもらう。
 今度こそラウルは帰り、私は支度をしなければと準備に取り掛かろうとしたらレーシュから腕を掴まれた。

「おい、どうしてあんな奴の演奏が聞きたい?」

 少し怒った顔で聞かれ返答に困った。
 ただ先ほどの話の延長線上で聞いたに過ぎないからだ。
 そんな時にフマルが慌ててやってきた。

「レーシュ様、違うんです! 私がエステルに提案したんですよ!」

 フマルの説明を聞いてレーシュは大きくため息を吐く。

「そんなのならいつだって弾いてやる。あんな優男とは違う本物の演奏をな」

 ものすごい自信だ。
 ただそれこそこの人なのだと思う。

「それとだな……」

 レーシュが顔をプイッと向けて言葉を躊躇っていた。
 私は首を傾げ、レーシュから言葉を出すのを待つ。

「明日のパーティが終われば少し暇な時間を作れる。評判の良い劇場のチケットもあるから、二人で行かないか?」
「は、い……」


 レーシュが恥ずかしそうに言うので、私もなんだか気恥ずかしい。
 それをニヤニヤと見ているフマルは何やら企んでいそうな雰囲気だった。

 神国で一番偉いらしい神使レティスから招待を受けたため、レーシュと共にお城へと向かわねばならない。
 いつもなら私だけで護衛は事足りるのだが、力を失った平民の私が一緒だとトラブルに巻き込まれる可能性もあるため、サリチルが同行してもらう。


「サリチルさん、すいません。私が力を失ったばかりに仕事を増やしてしまいまして……」


 サリチルは私の謝罪を受け入れ優しく微笑んでくれた。

「お気になさらず。ただレーシュ様、今後エステルさんを娶るのでしたら、護衛の一人でも付けないと危ないかと思います」


 ──ちょっと待って!

 護衛できないことを謝ったら、逆に護衛を私に付ける話になった。
 だがレーシュもまたそれ冗談とは取らずに、神妙な顔で考えていた。

「そうだな、人選は難しいが今ならお金を気にする必要もない。一番は女性騎士を付けることだが、無理なら同じ平民で女性の腕が立つ奴を探すかだな」
「ちょっと、レーシュ! サリチルさんも、私なんかに護衛を付けるのは流石に経費の無駄使いなんじゃ──」
「危ないからに決まってるだろ!」

 レーシュから大声を上げられ、体がビクッと震えた。
 だがすぐにレーシュもハッとなり、わるい、と謝られた。
 サリチルがレーシュに説明が少ないです、と軽い叱咤をして私に補足をしてくれる。

「エステルさん、ナビの奥方とはいつだって命の危険があります。前までのエステルさんでしたら相手の方を心配すればいいだけでしたが、今は非力な女性と変わりません」

 どんどん迷惑を掛けている自覚が出てくる。
 レーシュも頷いて説明をしてくれた。

「特に俺の嫌われようを知っているだろう? お前が来る前は暗殺者が何人も送られてきたほどだ。ただ気に食わないだけでな。お前も俺と居るなら似た立場にあると思ってくれ」

 これまで守る側でいた私が、守られる側になるというのは何だかもどかしさを感じる。
 ただ今の私はお荷物であるため、少しでもみんなの負担にならないように考えないといけない。

 お城に着き、私たちは会議室への前にたどり着いた。


「では私はここまでとします」

 サリチルは今回招待されていないため、別室で待機となる。
 ずっと領主といる護衛騎士が会議室前で待ち構えており、入室の許可をもらう。
 中に入ると領主と神使レティス、ラウルに加え、大派閥の令嬢ネフライトも席に座っていた。

 いつもなら飛んでくるネフライトが静かに会釈するだけに留めていた。
 神使がいるため自制しているようで、他国の人とはいえ神使の重要性を感じる。


「よく来たわね、モルドレッド」
「はっ! 本日はお招き頂きありがとうございます。この度の出会いは──」


 レーシュが長い神への感謝の口上を述べる。
 面倒臭い貴族のしきたりだが、これは覚えないといけないと頭に反芻させる。
 レーシュも挨拶が終わり、二人分の席が用意されているためそちらへ座る。
 隣にネフライト来る形になり、コソッと小声で話しかけれた。

「すごい活躍ね。自分のことのように誇らしくなりましたの」
「はは……」

 今ではその力も無くなってしまったためどのように返事しようか迷ってしまった。


「では皆様お集まり頂きましたので、神使様からのお話を賜りましょうか」


 領主がにこやかな顔で言った直後にドアの向こう側が騒がしくなっていた。
 そして無理矢理ドアが開けられると、それぞれ赤と緑の髪をした貴族二人が入ってくる。
 ネフライトがボソッと呟く。

「お父様に、ナビ・コランダム……どこから聞きつけたのかしら」


 ネフライトと同じ翡翠の髪をした乱入者はどうやらネフライトのお父さんのようだ。
 だがネフライトからは親愛とは程遠い軽蔑した目を向けていた。
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