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第一章 嫌われ貴族の明かない夜は長い、側仕えの明けない夜はない

間話、ヴィーシャ暗殺集団視点

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 私の名前はベルマだ。
 ヴィーシャ暗殺集団の副総括という役職で実質的なこの組織の取りまとめを行なっている。
 ヴィーシャというのは称号でもあり、最強の暗殺者がこの名前を継ぐ。
 かくいうわしも七十を越えて衰えたが、二代前のヴィーシャだった。
 しかしやはり歳には勝てん。


 ──いや、たとえ若くとも今のヴィーシャの足元にも及ばんか。


 現在のヴィーシャは歴代最強の暗殺者だった。
 わしが見つけ、育てたのだ。
 三分衆はその名の通り三人いる。
 一人はこの前貴族に捕まった、紅蓮のグロリオサだ。
 そして二人目は、前ヴィーシャだったが今の当代のヴィーシャに負けてから降格した。
 そして最後が私、百花繚乱のベルマだ。


 ──全く、グロリオサめ。あれほどあの貴族には手を出すなと言ったからに。

 レーシュ・モルドレッドは最初は取るに足らない暗殺対象だった。
 だがここ最近ではその評価を改めており、しっかり評価できるまでは暗殺から除外していたのだ。
 下っ端とはいえ、数で対抗しても捕まってしまうため無駄に人員と評価を下げてしまう。
 さらに牢屋まで助けに行けば誰もが口を揃えて言うのだ。

 気付いたらここにいたと。

 グロリオサはその答えに怒って皆殺しにしたりするから、きつく言っておいたのにこのざまだ。
 前から情報を集めていたらしく、大事にしている弟がいると聞き及んでいる。
 それを捕まえたら簡単にいたぶれると、暗殺者特有の歪んだ性癖を隠さずに漏らしていた。


 ──子供を守る親鳥の怖さを知らんのか。


 普段なら特にとやかく言うつもりはなかったが、今回の相手はどこかおかしい。
 少なくとも幹部であるならそれくらいの良識があると思っていた。
 だが領主の側近から依頼が来たことで我慢できなくなったのだろう。
 しかし捕まってしまったため、わし自ら消し去りたいくらいだ。

 ──まさかここに乗り込んでくるとはね。

 一枚の手紙に今日の面会について書かれていた。
 元々この組織自体は隠しておらず、堂々と大きな敷地を買って屋敷を建てた。
 国王からも公式な暗殺者として認可されたためだ。
 だがその代わり人を殺した場合にはそれ相応の罰が降る。
 しかしそれは捕まった場合だけだ。
 これまでも何人もの暗殺者が捕まったばかりに自白され、多くの上納金を納めることになった。
 貴族がお得意様のため、お金には困っていないが、やはり納める額が額だけに捕まらないことに越したことはない。


「おばあさま」


 正座をして、あやつらが来るまで精神統一をしていると横から声を掛けられた。
 全く気配を出さすに、息も届くほどの距離まで詰められている。
 もし争うことになれば一瞬で殺されたことだろう。
 わしは視線を落とした。

「ヴィーシャ……いや、ヴァイオレット」

 猫耳が特徴的な少女が同じく正座していた。
 獣人族の彼女は本来人間の国にいるはずがない。
 もし居たとしてもそやつは奴隷であろう。
 この子も本来は奴隷の子であったが、わしが才能を見出して育て上げた。
 まるで愛玩動物のように可愛らしいが、それこそが仮の姿。
 殺されたものはまるで今も生きているように笑いながら死ぬこともある。
 彼女に殺されたことに気付かないのほどの腕前があった。


「よく来たね。今日は謎に包まれていたモルドレッドの騎士に会えるよ」
「はい……」
「やることは一つだ。うちの看板を傷付けたんだ。生かして返す気はない」


 一瞬だがこの子の目が淡く光った。
 そんなことは簡単だと言いたいのだろう。
 噂では大男とか、絶世の美女、はたまた悪魔の顔をしていると言われているらしい。
 しかし噂もバカにできない。
 全てこの子に当てはまるからね。

「七変化の加護を持つヴィーシャの恐ろしさを見せてやりな」


 誰かが部屋に来る音が聞こえた。
 するとヴァイオレットは姿を消していた。
 この組織内でも彼女を知るものは、私と前ヴィーシャだけで絶対にその正体を明かさない。


「ベルマ様、お約束にあったレーシュ・モルドレッド様がご来訪されました」
「そうかい、なら行こうかね。あんたらは手出しするんじゃないよ」
「ヒィイ!?」


 久々に血が騒いでしまい、使いの者が怯えてしまった。
 最近は若い者に任せっきりだったが、わしも冒険者のアダマンタイト級とまだ互角に戦える。
 紅蓮のグロリオサ程度で安心していたら、あやつらは生きて帰れんだろう。


 杖をついて玄関まで向かう。
 玄関の門を越えたら大きな石砂利の庭がある。
 侵入者を生きて帰さないために様々な仕掛けが施してあり、慣れない石砂利で速度が低下したらもう手遅れ。
 門が開かれると男の貴族と女の側仕えがいた。

 ──ほう、この娘が報告のあった子かい。

 わしはなるべく弱そうなお婆さんを演じる。
 杖をつけば誰だって年寄りに優しくなるものだ。

「本日は私をお招きいただきましてありがとうございます」
「こちらこそよく来てくださった。わしはベルマと言う。ここの当主代行として主人の留守を守っているのじゃ」
「そうでしたか。てっきりご本人と会えるとばかり思っていましたが残念でした」


 ──心配しなくとも会わせてやろう。気付かぬかもしれんがな。

 わしたち三部衆の名前は公表しておらず、噂も三部衆でしか出していない。
 だからこの小僧も、わしが現役の暗殺者なんて夢にも思うまい。
 ふと小娘が持っている大きな袋が気になった。
 視線に気付いてか小僧が娘に指示を出した。
 投げ出された袋はモゴモゴと動いており、誰か人が入っているようだ。
 そして袋から赤髪の顔が出てきた。

 ──グロリオサ!?

 苦しそうに息を取り込んでおり、地面にぶつかった痛みを口に漏らす。
 そしてわしと目が合ったことで小さな悲鳴が聞こえた。


 ──おっと殺気を出さぬようにな。わしはか弱い老人じゃ。


「ほう、あんたも三分衆か。なるほど、見た目に騙されてはいけないな」

 ──バレている!?

 もしや今の僅かな殺気で気付いたのかと一瞬の隙が大きな失態を生んだ。
 想像以上に切れるこの男をわしは甘く見ていたようだ。
 だがここで素直に頷くわけにはいかない。

「はて、わしはただの年老いた婆さんじゃ。この者は確かにうちのものだ。迷惑をかけたみたいじゃの」
「ええ、ですが私もあなた方と戦うつもりはありません。ですから穏便に話し合いをさせていただきたいです」


 ふてぶてしい顔で不敵に笑う姿は滑稽だった。
 これから無事に帰れると思っている顔だ。
 今日はヴィーシャも呼んでおり、万全を尽くしていると知らずにお気楽だこと。
 この顔が恐怖で歪むのが楽しみと、心の中で笑いが込み上げてくる。

「そうじゃったのか。では中へと行きましょう。ただご注意くだされ。この庭は侵入者を捕まえるため、多くの罠がある。先々代が残した罠を除去できておらんのだ。決してわしの進んだ道以外は進んではならんぞ」

 ──先々代とはわしのことじゃがな。

 小僧の顔が歪んだ。
 やはり怖いものは怖いらしく、人を殺めることへの欲求が押し寄せ、我を忘れて楽しんでしまいそうになるのを抑えた。
 こんなのは序の口だが、実力無き者にとっては死地である。

「なら壊していいですね」
「なんじゃと?」

 小娘が前に出て、わしたちを退かせる。
 そして腰に差している剣を抜き差して、思いっきり地面に剣を振り落とした。
 一体何をするつもりなのか分からなかった。

 しかしその一振りが地面に当たるとそこから波を作るように地面が浮き上がった。
 庭全ての砂利が舞い上がり、落とし穴、まきびし、その他諸々の罠が音を出して壊れていく。
 何個もの落とし穴が丸見えになっており、空いた口が塞がらない。

「ほう、そんなこともできるのか」
「はい。前にナイフを壊した時の応用で地面に直接ダメージを与えました」

 ──さっぱり意味がわからん。基礎にナイフを壊すがあるのかい?


 だが小僧はまるで驚いておらず、当然のような顔をしている。

 ──なかなかやるでないか。

 背中をつたる汗がわしを冷静にする。
 袋に包まれたグロリオサも顔を青くしてしまっていた。
 わしまでも狼狽えてはならない。
 冷静な部分もまだ残っている。
 だがこの程度でヴィーシャを止められるはずがない。
 これからのことを考えていると、小僧と目が会って爽やかな笑顔を向けられる。


「よかったです。お庭掃除のお手伝いができるなんて」


 ──この小童、今すぐ殺してやろうかい!


 まるで当てつけのように言うこの小僧は本当に気に食わない。
 だがこれではこの小僧に踊らされたピエロであり、無理矢理に笑顔を作った。

「ありがたや。ただご注意ください。この屋敷にはまだまだ罠もありますので」

 小僧の笑みが深まったことでわしの溜飲も少しは下がった。
 木造でできた廊下を進む途中に、小僧が罠を踏んだ。
 撃退用の矢が四方から飛んできたが、何かに弾かれるように手前でポトリと落ちた。

「本当に危険ですね」
「ああ、今のは素手で落としたのか?」
「はい」
「一度手を見せてみろ」


 何を夫婦のように敵陣でいちゃつくのだとムカムカとしてきた。
 ここまでコケにされたのは初めてで、罠が効かないことに少なくない動揺があった。


「痺れはないか?」
「はい、少しの毒なら耐性があります」
「そうか、だがあまり無茶をするなよ」


 この程度の障害なんて意味がないようだ。
 だがわしの本気はこんなものではない。

 ──しかしヴァイオレットめ、いつになったら此奴らを暗殺するのじゃ。


 一向に出てこないヴァイオレットに苛立つが、万全を期すため頃合いを見ているのだろう。
 わしは袖から小さな針を出す。
 投擲の早さは自信があり、誰もその動きに気付かない。
 そしてわしの加護こそさらに不動の地位にした。

 加護、“百花繚乱”。

 二つ名と同じ加護だ。
 この加護は投げたものを複数に増やせる。
 作れる数は規定の質量までとなる。
 いわば限界値があるので、大きい物ほど数が少なく、小さい物ほど多くなる。
 幻影のようなもので、投げたらすぐに消えてしまうため暗殺向きの加護だ。


「グルルル!」


 外からこちらへ吠える番犬たちだ。
 躾けているが、人よりも大きな魔物であるため、その姿と鳴き声にはどんな人間も一度は恐怖するものだ。
 小僧と小娘もそちらへ視線が移ったことで、この好機を逃さない。

「おっと足が滑った!」

 転げる瞬間に手から小僧の喉目掛けて投擲した。
 あまりの一瞬に反応なんてできない、そう思っていた。
 分身しようと加護が働く瞬間に、針が粉々に消え去った。

 ──はひぃ?


 一体何があったのかとわしの理解できることではなかった。
 粉のようになって地面へ落ちていき、わしはその粉を眺めることしかできなかった。
 わしは目を丸くしていると、小僧が手を差し伸べた。

「おや、大丈夫ですかな?」
「おほほ、すまんの。ちょっと足が弱ってな」

 小僧の手を取って起き上がる。
 その時、耳元で囁かれた。

「あまり調子に乗らないことだ。うちの狂犬はあまり気が長くないぞ?」
「は、はて!? 何のことだかーー?」


 なんと恐ろしい声を出す。
 百戦錬磨のわしがびびってしまっている。
 かちゃりと鞘から剣を抜く音が聞こえた。
 後ろでものすごい殺気を放つ小娘にわしの心臓が信じられないほどの爆音を鳴らした。

「キュウーン」

 番犬たちはお腹を上にして恭順のポーズを取っている。
 さっきまでの威厳はどこにやら、情けない声を出していた。


 ──これはわしの手に負えん。


 あまりにも化け物すぎる娘に手札が尽きた。
 暗殺は諦めて客間に案内して大人しく話し合いの場を設けた。
 座布団を用意して、お互いが床に座る。


「失礼します」

 お茶汲みがやってきたのだろう。
 しかしかなり幼い声に思い当たる人物が一人だけおった。

「ヴァイオレットがお茶をお持ちしました」

 まさか真正面からやってくるとは思わなかったが、彼女なら作戦としてそれくらいやりそうだ。
 その可愛い容姿で油断させるつもりなんだろう。
 しかし獣人族の特徴である猫耳をどうして出してきたのかは疑問だった。


「ほう、獣人族か。このような情勢でなかなか危ないことをなさる」
「獣人族ってことは奴隷?」


 どうやら小娘は初めて他種族を見たようだ。
 その目は優しいもので、ヴァイオレットに興味があるようだ。


 ──所詮は小娘か。なるほどこれを見越していたか。


 恐ろしい先見性に鳥肌が立った。
 どんなに強かろうと、この少女の必殺の一撃を反応できるはずかない。
 ならわしも協力をしようと話題を振る。

「ホホホ、この子は捨て子だったから拾ったのじゃ。親と離れ離れになって良く癇癪を起こす」
「それはそうですよ。こんなに小さい子供が……」

 憐んでいるその目は全く警戒なんてしていない。
 だが小僧の方は用心深く見ていた。

「あまり気を許すな。暗殺者の家で普通のガキがいるわけがない」
「分かっていますけど……」

 どうやらかなり気になる様子だ。
 ここはわしがお膳立てすべきだろう。

「そこの娘さんなら子供の攻撃なんて簡単に防げるじゃろう。ほれ、ヴァイオレット。お茶を淹れてあげなさい」
「はい」

 ヴァイオレットは専用の湯呑みにお茶を注いでいく。
 お茶のため、毒が入っていても苦味で気付かれにくい。
 だが毒が入っているかもしれないのに飲むバカはいない。
 ヴァイオレットは毒がないことを証明するために、真っ先に口にした。


 ──ヴァイオレットに毒は効かんがの。

 小僧も流石にヴァイオレットを心の底から疑ってはいないようだ。
 小娘が注がれたお茶に口を付けるのを止めなかった。
 そしてその目が大きく見開かれたことで、即効性があるものだと分かった。


「美味しい……」


 ──美味しいじゃと?

 どうして毒が回らんないのか分からない。
 この小娘が飲んだことで小僧も安心したのか口を付けて同じ感想を出した。


「本当だな。これはもしや幻想茶ではないか?」
「幻想茶って何ですか?」
「特別な場所でしか取れない高価な茶だ。大貴族が見栄のために飲むもので、俺も流通に噛んでいるので良く知る味だ。手に入れるのに中金貨掛かるぞ」
「そんな高いのですか!? いいの、ヴァイオレットちゃん?」


 あまりにも高価なお茶に貧乏そうな小娘が慌て出した。
 正直そのようなお茶を出してほしくないが、ヴィーシャとしてそれを選んだのなら黙っておこう。
 ヴァイオレットも頷いて、頭を少し下げて小娘を上目遣いで見ている。

「撫でて欲しそうだな」
「えっと、ちょっとだけ」

 白い髪を優しく触って撫でた。
 どこか幸せそうにしており、ここは本当に暗殺者の家だろうかと自分で疑ってしまう。
 デレデレした小娘に小僧が咳払いをしたことで現実に戻させる。
 小娘はわしに謝罪をする。

「すいませんでした! あまりにも可愛かったもので」
「いいとも。その子はいつも一人寂しくさせていたからのう」


 そろそろ動いて欲しい。
 わしの優しい老人の演技も限界だ。

「ではそろそろ本題に移らせてもらおう」


 表情を引き締めた小僧にわしも思わず身構えた。
 一体今日は何のようなのか。


「三点やってもらいたいことがある。結局は一つになるがな」


 言っている意味が分からなかった。
 だが小僧も説明することなく指を一本出す。

「一つは今後私への暗殺は控えてもらおう」
「うむ、それは元よりそのつもりじゃ。それに紅蓮が捕まえるほどならこちらもヴィーシャしか出せる手がない。そんなお金を出せるのは国王であるドルヴィくらいじゃ」


 これまでの案内でもわかるが、この小娘はどこかおかしい。
 どうしてこれまで無名だったのかが不思議なほどの強者だ。
 噂に聞く行方不明の剣帝かと思ったが、大男と噂され実際に見たことがある者も多い。
 決してこんな小娘ではない。
 気になるのはもう一つの提案だ。
 二つ目の指を出す。


「二つ目はジギタリスとジールバンが麻薬を使っている証拠が欲しい」
「なるほどの。だがお金はどうする? 大貴族を相手にするのならお主の懐では到底足りんぞ?」
「それならご安心を。今回は無償で受けていただく」


 厚かましい小僧だとわしの殺意がどんどん増していく。
 大きな力を持ったことで強くなった気でいるらしく、ここら辺で痛い目を見せてやりたいものだ。


「それは難しいのう。お主が紅蓮を捕まえたことを公にしたことでこちらの評判もガタ落ちにーー」
「三分衆は誰も暗殺に来ておりません。そのためそのような心配はご無用です」


 ピクッと眉が動く。
 貴族が大好きなお金で口止めをしたか。
 いや、そんな者では人の噂は止められん。
 そうすると殺したということだ。
 なかなか行動が早い。
 だがこの小僧から言われたことはそのどちらもでなかった。


「私は魔道具製作が得意でしてね。皆さんの記憶を弄らせてもらいました。あれが三分衆だと知っているのは、私とこの娘エステル、そして筆頭側仕えのサリチルだけです」


 そのような魔道具なんて聞いたことがない。
 もちろん貴族くらいしか持っていない物だからだが、こやつの目に嘘はなかった。


「交換条件です。今回の件はお互いになかったことにします。ただ、もし拒否するのならバラしますよ」

 ゴクリと唾を飲む。
 まさかこのわしが脅されているのだ。
 元ヴィーシャのわしが中級貴族程度に手玉に取られるなんて。
 しかし意地でもお金を下げるなんてことはしたくない。
 こんな小僧の言いなりになってたまるか。

「良いじゃろう。ただできるのは紅蓮のことを不問に──」
「おや、何か勘違いされている」

 小娘が小さな短剣をヴァイオレットの首元にやる。
 ヴァイオレットもまた怯えた顔でエステルの顔を見た。

「まさか噂のヴィーシャがこのような子供とは恐れ入った」
「はぁ……そんな嬉しそうな顔をしないでください」

 どこからバレたのだ。
 こいつらは確証を持っていた。
 わしはまさか見誤ったのかもしれん。
 いつもならヴァイオレットが始末をしてくれることに胡座をかいていたのだ。
 わしこそがもしや大きな力に溺れていたのか。

 ヴァイオレットは、ヴィーシャとしてすでに負けを認めて先に従順な態度をとっていたのだ。

 オリハルコン級のヴィーシャが怯えるほどの使い手が目の前にいるのだ。

「エステルから合図をもらっていましてね。この娘の勘をなめてもらっては困る。覚えておくといい。戦いは始まる前に終わっている、とね」


 屈辱にもわしは頭を下げるしかなかった。
 トップが掴まれている以上はもう何もできない。
 小僧は立ち上がって、わしを冷たい目で睨んでいた。

「では最後のお願いを言ってなかったな」
「何でも言ってくださいませ」


 国王の暗殺でも何でものむしかない。
 わしは流れる汗を止められずに言葉を待った。


「お前らは俺がいただく。これからは俺の手足になってもらうぞ」


 小僧はコートから丸めた羊皮紙を取り出した。
 魔法陣が描かれており、それには見覚えがあった。

「それは契約魔術!?」
「ご存知だったか。なら話は早い。お前たち二人はこれで俺の命令に背くことを禁じる。もし破ればどうなるかは分かるな?」
「はい……じゃがどうやってそのような物を! それは限られた者しか持っていないと聞いております」


 あまりにも高度な技術のため国王が秘匿していると噂だ。
 そんなものを持っている中級貴族なんておかしい。

「お前が知っていいことではない」

 まるで冷酷な目がわしにそれ以上喋るなと言っている。
 もう逆らうことはできない。
 わしとヴァイオレットは指を切って、拇印を押した。
 これで契約がなされたのだ。
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