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8話 ミカ

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「そもそも軟水と硬水の違いは、水に含まれるマグネシウムとカルシウムの量の違いなのです。日本では主に軟水が一般的で、料理など割りもとの相性がとても良いのです。いっぽうで…」

「ちょちょちょちょいっ!なんで急に水の説明を始めるのさ!?」

「もちろん、愛です」

「カーッ!意味がわからないよ!?」

「知らないものを知る。人生にこれ以上の悦びはあるでしょうか?私はそれを無償であなたに与える。コレを愛と呼ばずに何と呼びましょうか?」


 大仰な身振りで主張をする少女にカラスは頭を抱えた。
 

「…勉強ですかね?」

「知らないよ!!勝手に自己完結してさぁ!」

「ま、まぁ…水の違いはいいんだけど、キミは…。えっと、名前を教えてもらっても?」


 タッチ交代と言わんばかりに壱の後ろへと隠れたカラスを一瞥し、謎の少女へと問う。


「ミカです、よろしくお願いしますね。壱さん」

「あれ、俺の名前…?」

「そちらのキュートな方が何度か呼んでらっしゃったので…、ちなみにそちらの方のお名前は?」

「カラスだね」

「まぁ、クレイジー。あ、いえ…CRAZY」

「なんで発音良く言い直すんだよ…」


 壱の背中から堪らずカラスのツッコミが届く。


「それでその…ミカさんはどうやってここに?」

「どうやって…ですかぁ?」


 数瞬の間を空けて――


「まず家から最寄のバスに乗りまして…あ、タクシーを使う手もあったのですがやはりお値段のほうがかさんでしまいますし、ブジョワジーなどと世間の目を悪戯に勘違いさせてしまう恐れもありましたので…」

「カーッ!お前の会話はまどろっこしいなっ!サクッと言うんだよ!サクッと!」

「はぁ、そうなりますと最終的には徒歩ということになりますが…」


 要領の得ない問答にとうとう力尽きたカラスはカァーっとその場にうな垂れる。壱は一呼吸置いて、ミカの黒水晶のような瞳を見つめた――が…。


「えっと…壱さんどうされました。急に目をそむけて?まさか私の顔に何か汚物でも?」


 生まれて初めて出会った母親以外の女性を直視できない童貞がそこに居た。


「あ、いえ…失礼。それにその汚物なんてそんなものはなく…。いや、むしろお美しい…という、か…その…。」

「はい?なんですか?だんだんと声を小さくされますと、モスキートーン実験でもされてるのかと思っちゃいますよ壱さん。おーいおーい」


 言いながら恥かしくその場に丸くなる壱と話を聞き逃さまいと近寄るミカ。風に運ばれて届く少し甘い優しい香りに気付いて、壱の心臓は高鳴りを早めていく。
 カラスは生まれた頃から見てきた子供が見せる、思春期の青臭さに少しの満足感と羞恥を感じ、その場を預かる事にした。


「とりあえず離れるんだよ。この泥棒ネコ」

「え?『とりあえず離れるんだよ。この泥棒ネコ』って言いましたか?私は人間なのに?」

「お前、ほんとうるさいなぁ!壱はボクがピュアに育てて耐性がないんだ。不用意に近づいてくれるな!」

「はぁ、そうですか…人との距離感と言うのは難しいですねぇ」


「ごめんなさい」と壱の頭を軽く撫でるミカ。壱の心臓はこの日一番の大音声を上げた。


「だから、それをやめろっつーのっ!」
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