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第三話
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はっ! と我に返る。よく見るとその少女の額から首筋へと汗が流れ、慎ましい……それでいてしっかりと女性として主張する部分へと流れていた。
豊満とは言えないが、壁という訳でもない、平均やや下と言ったところだろうか。
…………何も我に返ってねぇじゃねぇか。
「あなたのじゃないなら元の場所に戻すから」
「いや、俺のだ」
その華奢(きゃしゃ)な二本の腕が再び重いビニール袋へと伸ばされるのを慌てて止めた。
「ありがとう。でも、なんで持って上がってきてくれたの?」
「あなたが困っていそうだったから。困った人は助けろと言われたから」
どこかの制服だろう。初めて見る柄の制服だが記憶は大して当てにならない。近所から離れた中学校の制服とかだろう。
「そっか。なんかお礼をしたいんだけど……」
残念ながら冷えたジュースやアイスなどは冷蔵庫の中には入っていない。どうしたものか、このままでは俺の気が済まないしな。それ程までに苦行だったのだ、灼熱の大地の上を重りを装備して歩くのは。
「お礼……?」
まるでその言葉の意味が分からないとでも訴えかけるような無垢な瞳で、少し首を傾げた。
「今食べたいものとかない? コンビニ程度のものなら奢るよ」
バイトもしていない一般高校生は常に金欠だというのはご存じのとおりだ。
恩を仇で返すなんてことはしないが、手が出せるのは精々コンビニが精一杯だ。
「なら、趣向は少し変わってしまうけれど……学校に、学校に連れて行って」
白銀の彼女は無表情で体は一切動かさず、少しだけ頬を薄桃色に染めて唇を動かした。
「もしかして……迷子なのか?」
その問いに対する返答は野太い声によってかき消された。
「ライ! こんなところに居たのか、勝手に歩き回るなと言っているだろう」
「……すいません。すぐに持ち場に戻ろうとしたのですが……」
階段から現れたのはーー超が三つくらい付きそうなゴリマッチョだった。
何の罪もない無地の白いTシャツが最大限に引き伸ばされている。こう言った軍人のような体型の人は、なぜか黒人のイメージがあるのだが、目の前の大男は白人だ。
「ああ、この町の電磁波のせいか」
こくん、と彼女は頷いた。この男が現れてからより一層彼女は無表情になったように感じる。
持ち場とか言っていたし何かの仕事中だったのか、中学生なのにしっかりしているんだな。
「彼女に手伝ってもらったんだけど、後にした方がいいですよね」
「礼なんてこいつには必要のないことだ、気にしなくていい」
「でも」
「いらないと言っているんだ。俺たちも暇じゃないんだ、ここらでお暇させてもらうよ」
反論は許さない、そういわれたようだった。その迫力を前にした俺は唾と一緒に吐き出しかけた言葉を飲み込んだ。
「それではこちらの気もすまないんですよ。仕事が終わったら是非この部屋を訪ねてくれ。それまでに何か用意しておくよ」
「律儀なガキだ。ほらいくぞ」
ガキって、こいつ初対面の癖に口の悪い野郎だな。
その男の後ろからトコトコと小走りで彼女も追いかけて行った。
これが彼女との一回目の、至って平和で日常的な邂逅である。
この街の中学生に与えられる仕事などまともなものでは無い、異能関連だと決まっているのに、この時の俺は彼女の仕事が何かなど考えてもいなかった。
何を考えていたかというと、言語が統一されたってすごい事だな~、なんてことを考えていた。
世界共通語、日本語なのか、そうではないのかは定かではないが、母国語として話していた言葉が世界のどこに行っても通じるのだ。
どうやら、異能を使おうと思う前から言語による文化の壁は取り払われていたらしい。
その後、俺は残された四つのビニール袋を家に持ち入り、本来の目的であった料理へと取り掛かったのだが、その結果……ランチは抜きになった。
それでも、夕食には何とか形になったので料理生活一日目にしては上出来だったと思いたい。
「そういえば、明日の朝の食パン買ってねぇや」
風呂に入る前に思い出せて良かったと思い、テレビのリモコンの赤い電源ボタンを押して立ち上がった。数日前に取り付けたばかりのカーテンを開け空模様を確認した……その時だった。
ゴォォォン! という派手な音が聞こえたと同時に、街並み、そしてこの部屋の明かりが落ちた。
「なんだっ!? 停電か! でも今のは……」
外の様子は嫌でも目に入ってきた。停電になる直前、轟音が鳴り響くのとほぼ同時に雷が打ちあがったように見えたのだ。
停電の理由は間違いなく俺が見た稲妻で間違いはないだろうが、雷だったとは思えない。轟音にしても雷鳴というよりは物が破壊された時の音に近かった。雷光に関しては、落雷と相違ないように見えたのだが方向性がおかしかったように感じられた。
結論、今の放電は自然現象ではなく何らかの異能によるものだということ。視認できる範囲では第二区全域が停電していることから、一般的な落雷よりも高電圧だったと考えられる。この『異能特区』は異能の研究によって本島よりも科学的に発展していることから考えてもなおさらだ。停電対策の方に関しても発展はしているだろうからな。
「はて、こんな物騒な街に息子一人置いていく親とはいかがなものだろうか……」
あの人たちが親でないのは薄々感じてはいるが、それを立証する術を俺は持っていない。それに結局誰が親なのかは、そんなことをしても分かりはしないのだから無駄な行為なのだろう。
そのことはひとまず置いておいたとして、食パンを買いに行く気が失せてきた。先ほどの稲妻が見えた位置的にコンビニに行くのは危険だ。
俺の異能であれを防げる自信がない。使った所で俺が病院送りにされるのは決定事項のようなものだ。
「あっ戻ったな」
そんなことを考えて居間を立ち往生している間にパチっという軽快な音とともに電気は復旧した。
待つこと十分、あれから稲妻も見えなければそれらしい轟音も聞こえない。
驚くことでもないのかもしれないが、街を支配しているのは完璧な静寂だった。それがあまりにも不自然で気持ち悪く感じたのは気のせいだろう。
「朝飯のためにも行くか」
行かなければ明日の朝飯はないと思え、と自分の心に言い聞かせ玄関の扉に手をかけた。
◇
夜風は日中のむさ苦しい風とは一転して、程よく肌に吹き付け心地よい風だった。
先程の停電もあってか、道には人っ子一人見当たらない。そもそもこの島には未成年、つまり学生がほとんどのため夜の外出者が少なくなるのは必然なのだが、いつもならば俗にヤンキーと呼ばれる生物達がたむろしているはずだ。
しかし、現実はまるで考えを変えろと言わんばかりの無人だった。
無人の夜道は不安をそそられる。風に揺られ擦れた葉の音、自分の服のこすれる音、全てを敏感に感じてしまう。
それは、勝手に肝試しが始まったような気分だった。
勝手にびびって、勝手に警戒している間にコンビニの看板特有の緑白赤の三色の蛍光色が見えてきた。
この自動ドアを潜るのは本日二度目だ。
一度目は白銀の彼女のお礼用のアイスを買いに来た。その時は人影もそれなりにあったのだが、今は無人、もちろん店員はいるが、それだけだ。
目的の五枚切りの食パンまで脇目を振らずにたどり着き、レジに直行した。さっさと小銭を払い、レシートは断った。家計簿をつけるような生真面目な性格はしていない。
最速のお買い物、それが仇になった。
突如、街の静寂を上塗りする轟音が響き渡った。耳を割るような轟音の出処は遠くないどころか……すぐそこだ。
目の前の裏路地へと続いていく曲がり角。その向こうにこの静寂を打ち崩す者がいる。見なくてもいいものが確実に目に入ってしまう領域に既に足を踏み入れてしまっている。
後一歩、足を踏み出せば…………
「おいっ! そこで何をしてる!? 危ないから離れていろ!」
「すいません!」
中に入って行こうか迷っている間にも、騒ぎを聞きつけた兵士達が来たようだ。
この『異能特区』の兵士には二種類ある。
一つ目は公的機関のガーディアン。これは街の警備なども担っており、本島などの警察にあたる。
二つ目は私的機関の兵士達だ。『異能特区』の上層部が雇っている場合もあるが、どこかの研究機関などが、研究の成果を試す為も兼ねて傭兵の真似事をしている場合も多い。
ガーディアンの装備は本島の特殊機関レベルだ。防弾チョッキは勿論、他にも重装備ではないが最新鋭の装備が貸し出されている。
基本的に彼らの装備は藍色のものが多い。
しかし、背後から走ってきた兵士達は完全なる黒だ。ガーディアンではないのだろう。
こうなってしまっては好奇心も薄れてしまう。
大人しく帰路につくとしよう。
豊満とは言えないが、壁という訳でもない、平均やや下と言ったところだろうか。
…………何も我に返ってねぇじゃねぇか。
「あなたのじゃないなら元の場所に戻すから」
「いや、俺のだ」
その華奢(きゃしゃ)な二本の腕が再び重いビニール袋へと伸ばされるのを慌てて止めた。
「ありがとう。でも、なんで持って上がってきてくれたの?」
「あなたが困っていそうだったから。困った人は助けろと言われたから」
どこかの制服だろう。初めて見る柄の制服だが記憶は大して当てにならない。近所から離れた中学校の制服とかだろう。
「そっか。なんかお礼をしたいんだけど……」
残念ながら冷えたジュースやアイスなどは冷蔵庫の中には入っていない。どうしたものか、このままでは俺の気が済まないしな。それ程までに苦行だったのだ、灼熱の大地の上を重りを装備して歩くのは。
「お礼……?」
まるでその言葉の意味が分からないとでも訴えかけるような無垢な瞳で、少し首を傾げた。
「今食べたいものとかない? コンビニ程度のものなら奢るよ」
バイトもしていない一般高校生は常に金欠だというのはご存じのとおりだ。
恩を仇で返すなんてことはしないが、手が出せるのは精々コンビニが精一杯だ。
「なら、趣向は少し変わってしまうけれど……学校に、学校に連れて行って」
白銀の彼女は無表情で体は一切動かさず、少しだけ頬を薄桃色に染めて唇を動かした。
「もしかして……迷子なのか?」
その問いに対する返答は野太い声によってかき消された。
「ライ! こんなところに居たのか、勝手に歩き回るなと言っているだろう」
「……すいません。すぐに持ち場に戻ろうとしたのですが……」
階段から現れたのはーー超が三つくらい付きそうなゴリマッチョだった。
何の罪もない無地の白いTシャツが最大限に引き伸ばされている。こう言った軍人のような体型の人は、なぜか黒人のイメージがあるのだが、目の前の大男は白人だ。
「ああ、この町の電磁波のせいか」
こくん、と彼女は頷いた。この男が現れてからより一層彼女は無表情になったように感じる。
持ち場とか言っていたし何かの仕事中だったのか、中学生なのにしっかりしているんだな。
「彼女に手伝ってもらったんだけど、後にした方がいいですよね」
「礼なんてこいつには必要のないことだ、気にしなくていい」
「でも」
「いらないと言っているんだ。俺たちも暇じゃないんだ、ここらでお暇させてもらうよ」
反論は許さない、そういわれたようだった。その迫力を前にした俺は唾と一緒に吐き出しかけた言葉を飲み込んだ。
「それではこちらの気もすまないんですよ。仕事が終わったら是非この部屋を訪ねてくれ。それまでに何か用意しておくよ」
「律儀なガキだ。ほらいくぞ」
ガキって、こいつ初対面の癖に口の悪い野郎だな。
その男の後ろからトコトコと小走りで彼女も追いかけて行った。
これが彼女との一回目の、至って平和で日常的な邂逅である。
この街の中学生に与えられる仕事などまともなものでは無い、異能関連だと決まっているのに、この時の俺は彼女の仕事が何かなど考えてもいなかった。
何を考えていたかというと、言語が統一されたってすごい事だな~、なんてことを考えていた。
世界共通語、日本語なのか、そうではないのかは定かではないが、母国語として話していた言葉が世界のどこに行っても通じるのだ。
どうやら、異能を使おうと思う前から言語による文化の壁は取り払われていたらしい。
その後、俺は残された四つのビニール袋を家に持ち入り、本来の目的であった料理へと取り掛かったのだが、その結果……ランチは抜きになった。
それでも、夕食には何とか形になったので料理生活一日目にしては上出来だったと思いたい。
「そういえば、明日の朝の食パン買ってねぇや」
風呂に入る前に思い出せて良かったと思い、テレビのリモコンの赤い電源ボタンを押して立ち上がった。数日前に取り付けたばかりのカーテンを開け空模様を確認した……その時だった。
ゴォォォン! という派手な音が聞こえたと同時に、街並み、そしてこの部屋の明かりが落ちた。
「なんだっ!? 停電か! でも今のは……」
外の様子は嫌でも目に入ってきた。停電になる直前、轟音が鳴り響くのとほぼ同時に雷が打ちあがったように見えたのだ。
停電の理由は間違いなく俺が見た稲妻で間違いはないだろうが、雷だったとは思えない。轟音にしても雷鳴というよりは物が破壊された時の音に近かった。雷光に関しては、落雷と相違ないように見えたのだが方向性がおかしかったように感じられた。
結論、今の放電は自然現象ではなく何らかの異能によるものだということ。視認できる範囲では第二区全域が停電していることから、一般的な落雷よりも高電圧だったと考えられる。この『異能特区』は異能の研究によって本島よりも科学的に発展していることから考えてもなおさらだ。停電対策の方に関しても発展はしているだろうからな。
「はて、こんな物騒な街に息子一人置いていく親とはいかがなものだろうか……」
あの人たちが親でないのは薄々感じてはいるが、それを立証する術を俺は持っていない。それに結局誰が親なのかは、そんなことをしても分かりはしないのだから無駄な行為なのだろう。
そのことはひとまず置いておいたとして、食パンを買いに行く気が失せてきた。先ほどの稲妻が見えた位置的にコンビニに行くのは危険だ。
俺の異能であれを防げる自信がない。使った所で俺が病院送りにされるのは決定事項のようなものだ。
「あっ戻ったな」
そんなことを考えて居間を立ち往生している間にパチっという軽快な音とともに電気は復旧した。
待つこと十分、あれから稲妻も見えなければそれらしい轟音も聞こえない。
驚くことでもないのかもしれないが、街を支配しているのは完璧な静寂だった。それがあまりにも不自然で気持ち悪く感じたのは気のせいだろう。
「朝飯のためにも行くか」
行かなければ明日の朝飯はないと思え、と自分の心に言い聞かせ玄関の扉に手をかけた。
◇
夜風は日中のむさ苦しい風とは一転して、程よく肌に吹き付け心地よい風だった。
先程の停電もあってか、道には人っ子一人見当たらない。そもそもこの島には未成年、つまり学生がほとんどのため夜の外出者が少なくなるのは必然なのだが、いつもならば俗にヤンキーと呼ばれる生物達がたむろしているはずだ。
しかし、現実はまるで考えを変えろと言わんばかりの無人だった。
無人の夜道は不安をそそられる。風に揺られ擦れた葉の音、自分の服のこすれる音、全てを敏感に感じてしまう。
それは、勝手に肝試しが始まったような気分だった。
勝手にびびって、勝手に警戒している間にコンビニの看板特有の緑白赤の三色の蛍光色が見えてきた。
この自動ドアを潜るのは本日二度目だ。
一度目は白銀の彼女のお礼用のアイスを買いに来た。その時は人影もそれなりにあったのだが、今は無人、もちろん店員はいるが、それだけだ。
目的の五枚切りの食パンまで脇目を振らずにたどり着き、レジに直行した。さっさと小銭を払い、レシートは断った。家計簿をつけるような生真面目な性格はしていない。
最速のお買い物、それが仇になった。
突如、街の静寂を上塗りする轟音が響き渡った。耳を割るような轟音の出処は遠くないどころか……すぐそこだ。
目の前の裏路地へと続いていく曲がり角。その向こうにこの静寂を打ち崩す者がいる。見なくてもいいものが確実に目に入ってしまう領域に既に足を踏み入れてしまっている。
後一歩、足を踏み出せば…………
「おいっ! そこで何をしてる!? 危ないから離れていろ!」
「すいません!」
中に入って行こうか迷っている間にも、騒ぎを聞きつけた兵士達が来たようだ。
この『異能特区』の兵士には二種類ある。
一つ目は公的機関のガーディアン。これは街の警備なども担っており、本島などの警察にあたる。
二つ目は私的機関の兵士達だ。『異能特区』の上層部が雇っている場合もあるが、どこかの研究機関などが、研究の成果を試す為も兼ねて傭兵の真似事をしている場合も多い。
ガーディアンの装備は本島の特殊機関レベルだ。防弾チョッキは勿論、他にも重装備ではないが最新鋭の装備が貸し出されている。
基本的に彼らの装備は藍色のものが多い。
しかし、背後から走ってきた兵士達は完全なる黒だ。ガーディアンではないのだろう。
こうなってしまっては好奇心も薄れてしまう。
大人しく帰路につくとしよう。
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