幕末羽毛組見聞録

相楽 快

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都を跳ねる

羽毛隊駐屯地

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どれほどの時間走っただろう。
全身汗だくでたどり着いたのは寂れた寺の中にある、古井戸。

胸元の御守りを井戸の側に置き、緑葉を一枚上に乗せた。
「はぁはぁ、笹釜、よろしく頼む」
「あいよ」

ぼわん、と煙が湧き、井戸にハシゴが掛かった。

「では、失礼」

そっと足を置き、ゆっくり降る。
変化をしても、痛いものは痛いと以前笹釜に言われたのだ。
下まで降りると煙と共に、小柄な狸が現れた。

底につくと、地下に廊下があり、しばらく進むと鉄の扉の前に出た。

「今日はどの型の鍵かな~」
笹釜は年頃の女の子に化け、鍵穴を覗く。

「前から気になってたんだけど、なんで鍵穴見る時は人に化けるんだい?」

鍵穴を覗き込むのに熱中し、無防備に揺れる笹釜の臀部に、自然と目がいってしまう。

「人間が作った鍵穴を観察するには、人間の目で見るのがわかりやすいのは、当たり前じゃあないか」

なにを分かりきったことを、とやれやれ顔で説明する笹釜だが、最近の俺はこの顔を直視できない。

チラと目が合うと、俺の顔はサッと赤く染まってしまうのだ。
ここが暗がりで良かった。

大きな黒目、品の良い垂れ目
紅色の薄い唇に透き通るような白い柔肌が悩ましい。
流行りの着物を真似て化けるため、胸元が少し怪しい。
全く困ったものである。

「今日は丙の型ね。解除はよろしく」
緑葉を頭に乗せると、床に鍵が出てきた。

はいよ、と返事をして鍵を持つが、この指が彼女のどこに触れているのか気が気でない。
極力優しく握り、丁寧に鍵を開ける。

羽毛隊駐屯地だ。
たくさんの机に、たくさんの人、そして獣が忙しそうに歩き回っている。

茶屋街で小火、消化済み。四条大橋で斬り合い、また新撰組だ。江戸から老中の懐刀と言われている新進気鋭の若者が派遣されるらしいから擁護せよ。

ザワザワと情報があげられ、部屋の奥の巨大な机に広げられた地図に、それぞれ記入していく。

壁に貼られた死者数は五十を超えた。

そこに、自分が見た死者数、一を加えた。宿屋の他の人間の顛末は見ていない。きっと明日にでも噂になるだろう。

一、と書きながら、自分に情けをかけ、おまけに銭までくれた若者の顔を思い出す。

あの歳で、本当に、心の底から日の本を変えようと思っていたのか。

自分はどうだろう。
ろくに話したこともない「偉い」お方から名を受け、人並みの暮らしが出来ると聞いて意気揚々とやってきただけだ。

命懸けで働いているのは誰のためだ?
俺を、俺たちを人として扱わないように決めたのは誰だ?
この国の現状に、俺は満足しているとでも?

筆を持ち固まっていると、奥から声をかけられた。

「安吾、笹釜、無事だったか。良かった。今夜は血の雨だ、さあこちらへおいで」

声の主は羽毛隊の総隊長である塩野朱寧である。
とんでもない切れ者、と鳴物入りで幕府に招集され、この隊を結成した。

博学多識で知られ、男の名でいくつもの書を出している。

「塩野隊長、ご報告を」
何があったか、要点に絞って伝える。
今回は、新撰組の井上と山崎のことを重点的に伝えた。
剣の腕や、問答の傾向を推察し、人となりを伝える。

塩野の口癖で、情報は広く、方針は狭くというのがある。
情報はどのようなものであれ、とにかく集める。
集めた情報から導く方針は、決まって簡潔であった。

「ふむ。新撰組というのは本当に血の気が多いな。その、山崎と名乗る男は今回初めて出てきた。刀を差していないのなら、噂の監察部隊だろうよ」

「監察?」

「そう。我らの今している情報収集に近いだろう」

「隊長、ずっと疑問だったんですが、我々は情報を集めていますが、それをどう利用するのですか?」

塩野隊長はニヤリと笑い、

「それはここに入っている」

と、自分の頭を指で突く。

「安吾と笹釜に、少し危険な任務をお願いしたいのだが、頼まれてくれるか?」

「どのような任務でしょう」

塩野が懐から紙を出した。

「この者の調査を依頼したい。坂本というらしい。土佐の出身で、攘夷派で急速に力をつけている」

「何を調べれば、、、」

「彼らは如何にして、幕府を討とうと考えているか。それを知りたい」
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