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都を跳ねる
京都伏魔殿
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交差路の隅に身を隠しながら、宿屋の二階を覗き見る。
暗がりのなか、端の部屋だけ爛々と輝いている。
「ふん、維新だ維新だと騒ぐ輩は、質素倹約を忘れていやがる。やな奴らだぜ、なぁおい」
道ゆく者は少ないが、万が一誰が通っても聞こえないよう胸元で囁く。
こちらはかれこれ三時間も、暗がりの冷える夜道で張っているのに、あちらさんは酒でも呑んでいるのだろう。
時折、ガハハと笑う声が街に響く。
京の都がきな臭くなったのはここ三ヶ月ほどであろうか。
維新を企てる薩摩長州、そして土佐の人間がやたら出入りするようになった。
彼らはそこかしこで集まり、何やら企て、ついぞ幕府の要人を暗殺してまわる有様だ。
幕府は、彼らに対抗すべく、江戸から新撰組をはじめとして、いくつかの機構を京都へ持ち込んだ。
我々も、幕府の命を受け伊代松山から遥々やってきたが、呑んだ騒いだを繰り返す維新側に対し、幕府側は侘しいものだ。
今日の飯は、玄米一合に梅干し三つの配給しかない。
仕方がないから、川で魚を釣ったら、通りすがりの侍にカツアゲされて、残ったのは小魚3匹。
一体これで、誰が命懸けで働こうと言うのだ。
「お腹空いてるだけじゃんね。そんなカリカリしてっと、大事なもん見落としちゃうよ」
胸元の御守りから愚痴に返事がきた。
「そうかもな。俺は笹釜と違って身体がデカい。握り飯二つじゃ腹は膨れないってもんよ」
胸元の御守りは、狸である。
もう少し丁寧に言うと、御守りに化けた狸である。小さい頃からずっと一緒に生きてきた相棒だ。
我が山蔦家は、縁あって狸と共生してきた一族だ。歴史を紐解けば、共に悪政を敷いた松山藩の家老を討ち倒したらしいが、現在はその家老が実権を握り直し、我々は針のむしろだ。
苗字こそ残されたものの、身分は人に非ず、というやつだ。
やれやれ、やっと立身出世し、まともな飯にありつけると思ったら、質素な食事と使いっ走りだ。
その使いっ走りが、命懸けの仕事であるにも関わらず。
「何者ぞ」
背中に刀の柄を当てられている。
振り向こうとすると、膝裏を蹴られ蹲ってしまう。
「見るな。見たら、斬る。ふん、よく見たらガキではないか。よいよい、腹が減って客からおこぼれをもらおうというのだろう。これで何か食え」
目の前に、小銭がじゃらんと投げられた。
「動いちゃダメ」
胸元から声がする。
確かに、今動いて顔を見たら斬られるかもしれない。
「お侍さん、ご慈悲をありがとうございます。このまま伏せっておりますので、どうぞ命だけは、、、」
「ふん、少しは頭が回るようだな。大きくなれよ」
振り返り、ツカと歩き始めたであろうその瞬間
「ぐっ、貴様ら、新撰組かっ、、、ゲェぅ」
ザンッと音がし、目の前に侍の頭が転がってきた。
暗がりでよく見えないが、まだ子供の面影が残る顔だ。目は見開かれ、口から血が垂れている。
ドッと、首から血が溢れた。
急に鼻腔が鉄の匂いに包まれる。
「御用改めである。って、斬る前に言うんでしたっけ?」
青い羽織を纏った、老齢の農民のような佇まいの男が、刀を紙で拭き取る。
目先に落ちてきた紙には、血はほとんど付いていない。
恐ろしいほどの剣速、これが新撰組か。
「そうですよ。井上さん、優しい顔して容赦ないっすよね」
声を聞くまでどこにいたか全くわからなかった。
急に背後に立たれた、いや、最初から居たのか?
横目で見る。
若い男だ。髷もなく、ざんぎり頭で商人のように見える。
「で、お前さんは誰だい?幕府のことどう思う?」
井上という翁が、刀の柄に手を置いたまま聞いてきた。
目を見てしまった。
全身から汗が吹き出る。
これは、殺気だ。
軽蔑とも、冷笑とも似つかわない圧倒的な不快感。恐怖。
奥歯がカタカタとなり、言葉が出ない。
「山崎さん、どうしますかね」
山崎と呼ばれたざんぎり頭の男を見る。
山崎は穴が開くほどこちらを見ている。
観察、そう、観察されている。
「顔付きからすると、土佐モンのようにも見えますね。君。喋らないと頭と身体が今生の別れになるよ。どうする?」
くそっ、噂の新撰組、こんなに血の気が多いのか。
人殺しをなんとも思っていない。
怒りが、恐怖を和らげた。
「いや、どうもすんません。オタクさん方が怖すぎて喋れませんでした。うちらも、幕府に呼ばれたもんです」
胸元から、任命状を出す。
京都守護 羽毛隊
山蔦安吾、笹釜
この者らを羽毛組に任命す。
伊予松山藩主
山崎は任命状の朱印を指先で丁寧になぞり、匂いを嗅いだ。
「京都守護、私たちと同じですね」
山崎が井上に言う。
井上は、はて、と
「旗本は京都見廻隊、私たち町民農民上がり浪士は新撰組。あんたらはどちらにも属さないんですかい?」
もっともな疑問だ。だが、嫌な質問だ。
「うちらは人に非らず、です」
あぁ、と山崎が納得する。
「ま、こんな時代です。身分なんてクソ喰らえですよ。生きていたらまた会うこともあるでしょう。ではまた」
そう言い残し、二人は宿屋へ歩いていく。
「あの、宿屋の中には長州8人、土佐4人です」
山崎も井上も振り返らない。
一歩進むごとに、覇気が増していく。
「へえ、ま、話半分に聞いときます。それ信じて倍いたら、気が滅入りますからね」
「ふふふ、何人居ても斬りますがね」
俺は二人が宿屋に入るのを見届けると、道に投げられた銭を拾い集め、一目散に逃げ出した。
暗がりのなか、端の部屋だけ爛々と輝いている。
「ふん、維新だ維新だと騒ぐ輩は、質素倹約を忘れていやがる。やな奴らだぜ、なぁおい」
道ゆく者は少ないが、万が一誰が通っても聞こえないよう胸元で囁く。
こちらはかれこれ三時間も、暗がりの冷える夜道で張っているのに、あちらさんは酒でも呑んでいるのだろう。
時折、ガハハと笑う声が街に響く。
京の都がきな臭くなったのはここ三ヶ月ほどであろうか。
維新を企てる薩摩長州、そして土佐の人間がやたら出入りするようになった。
彼らはそこかしこで集まり、何やら企て、ついぞ幕府の要人を暗殺してまわる有様だ。
幕府は、彼らに対抗すべく、江戸から新撰組をはじめとして、いくつかの機構を京都へ持ち込んだ。
我々も、幕府の命を受け伊代松山から遥々やってきたが、呑んだ騒いだを繰り返す維新側に対し、幕府側は侘しいものだ。
今日の飯は、玄米一合に梅干し三つの配給しかない。
仕方がないから、川で魚を釣ったら、通りすがりの侍にカツアゲされて、残ったのは小魚3匹。
一体これで、誰が命懸けで働こうと言うのだ。
「お腹空いてるだけじゃんね。そんなカリカリしてっと、大事なもん見落としちゃうよ」
胸元の御守りから愚痴に返事がきた。
「そうかもな。俺は笹釜と違って身体がデカい。握り飯二つじゃ腹は膨れないってもんよ」
胸元の御守りは、狸である。
もう少し丁寧に言うと、御守りに化けた狸である。小さい頃からずっと一緒に生きてきた相棒だ。
我が山蔦家は、縁あって狸と共生してきた一族だ。歴史を紐解けば、共に悪政を敷いた松山藩の家老を討ち倒したらしいが、現在はその家老が実権を握り直し、我々は針のむしろだ。
苗字こそ残されたものの、身分は人に非ず、というやつだ。
やれやれ、やっと立身出世し、まともな飯にありつけると思ったら、質素な食事と使いっ走りだ。
その使いっ走りが、命懸けの仕事であるにも関わらず。
「何者ぞ」
背中に刀の柄を当てられている。
振り向こうとすると、膝裏を蹴られ蹲ってしまう。
「見るな。見たら、斬る。ふん、よく見たらガキではないか。よいよい、腹が減って客からおこぼれをもらおうというのだろう。これで何か食え」
目の前に、小銭がじゃらんと投げられた。
「動いちゃダメ」
胸元から声がする。
確かに、今動いて顔を見たら斬られるかもしれない。
「お侍さん、ご慈悲をありがとうございます。このまま伏せっておりますので、どうぞ命だけは、、、」
「ふん、少しは頭が回るようだな。大きくなれよ」
振り返り、ツカと歩き始めたであろうその瞬間
「ぐっ、貴様ら、新撰組かっ、、、ゲェぅ」
ザンッと音がし、目の前に侍の頭が転がってきた。
暗がりでよく見えないが、まだ子供の面影が残る顔だ。目は見開かれ、口から血が垂れている。
ドッと、首から血が溢れた。
急に鼻腔が鉄の匂いに包まれる。
「御用改めである。って、斬る前に言うんでしたっけ?」
青い羽織を纏った、老齢の農民のような佇まいの男が、刀を紙で拭き取る。
目先に落ちてきた紙には、血はほとんど付いていない。
恐ろしいほどの剣速、これが新撰組か。
「そうですよ。井上さん、優しい顔して容赦ないっすよね」
声を聞くまでどこにいたか全くわからなかった。
急に背後に立たれた、いや、最初から居たのか?
横目で見る。
若い男だ。髷もなく、ざんぎり頭で商人のように見える。
「で、お前さんは誰だい?幕府のことどう思う?」
井上という翁が、刀の柄に手を置いたまま聞いてきた。
目を見てしまった。
全身から汗が吹き出る。
これは、殺気だ。
軽蔑とも、冷笑とも似つかわない圧倒的な不快感。恐怖。
奥歯がカタカタとなり、言葉が出ない。
「山崎さん、どうしますかね」
山崎と呼ばれたざんぎり頭の男を見る。
山崎は穴が開くほどこちらを見ている。
観察、そう、観察されている。
「顔付きからすると、土佐モンのようにも見えますね。君。喋らないと頭と身体が今生の別れになるよ。どうする?」
くそっ、噂の新撰組、こんなに血の気が多いのか。
人殺しをなんとも思っていない。
怒りが、恐怖を和らげた。
「いや、どうもすんません。オタクさん方が怖すぎて喋れませんでした。うちらも、幕府に呼ばれたもんです」
胸元から、任命状を出す。
京都守護 羽毛隊
山蔦安吾、笹釜
この者らを羽毛組に任命す。
伊予松山藩主
山崎は任命状の朱印を指先で丁寧になぞり、匂いを嗅いだ。
「京都守護、私たちと同じですね」
山崎が井上に言う。
井上は、はて、と
「旗本は京都見廻隊、私たち町民農民上がり浪士は新撰組。あんたらはどちらにも属さないんですかい?」
もっともな疑問だ。だが、嫌な質問だ。
「うちらは人に非らず、です」
あぁ、と山崎が納得する。
「ま、こんな時代です。身分なんてクソ喰らえですよ。生きていたらまた会うこともあるでしょう。ではまた」
そう言い残し、二人は宿屋へ歩いていく。
「あの、宿屋の中には長州8人、土佐4人です」
山崎も井上も振り返らない。
一歩進むごとに、覇気が増していく。
「へえ、ま、話半分に聞いときます。それ信じて倍いたら、気が滅入りますからね」
「ふふふ、何人居ても斬りますがね」
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