美春・美咲物語

ぎらす屋ぎらす

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晴れた市場

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2016年。

朝もやの中、市場に最初の日差しが差し込んできた。まだ早い時間だというのに、すでに活気に満ちている。魚屋の前では、氷の上に並べられた新鮮な魚が朝日に輝き、八百屋では色とりどりの野菜が山のように積まれている。

「いらっしゃい!今日のサバは特別新鮮だよ!」

威勢のいい声を上げる魚屋の田中光春(たなか・みつはる)は、市場の顔役的存在だ。60歳を超えても、まだまだ若い店員たちに負けない元気ぶりを見せている。その隣では、息子の健一(けんいち)が手際よく魚を捌いている。

「ちょっとそこのお母さん、これ安いよ!」

買い物かごを手に、主婦たちが野菜の前で立ち止まる。「today's special」の札が立てられた大根の山の前には、すでに人だかりができていた。

そんな賑やかな光景を、じっと見つめる少女がいた。髪の毛を後ろで一つに束ねた、小学校高学年くらいの女の子だ。彼女の名前は飛松美咲(とびまつ・みさき)。
両親が共働きで、祖母の具合が悪くなってから、毎朝学校に行く前に買い物を任されるようになった。

最初は不安だった。でも、市場の人たちは皆、優しく声をかけてくれる。特に光春は、いつも美咲のために良い魚を選んでくれた。

「おや、美咲ちゃん。今日も早いねぇ」

光春が声をかける。美咲は小さく頭を下げた。

「はい。おばあちゃんの具合が良くなってきたので、お魚のお味噌汁を作りたいんです」

「そうかい!それは良かった。じゃあ、今日はイワシがお勧めだな。出汁が良く出るんだ」

光春は、新鮮なイワシを選び始めた。その時、美咲の目に、氷の上で輝く大きな魚が飛び込んできた。

「あの魚は何ですか?」

「ん?ああ、これは金目鯛だよ。高級魚でね。でも今日は特別安いんだ」

光春は説明しながら、その魚を手に取った。確かに、普段よりもかなり安い値段が付けられている。美咲は財布の中身を確認した。

「おばあちゃん、きっと喜ぶと思うんです」

美咲の決意を込めた声に、光春は優しく微笑んだ。

「そうだな。こういう時は、特別なものも大切だよ。おばあちゃんの笑顔が見られるもんね」

光春は、金目鯛を丁寧に包装しながら、さらに値引きしてくれた。美咲は両手で大切そうに包みを受け取った。

「ありがとうございます!」

帰り道、美咲は少し早足で歩いた。空には雲一つなく、まるで今日の出来事を祝福するかのように晴れ渡っている。

その日の夕方、おばあちゃんは久しぶりに元気な様子で台所に立っていた。金目鯛のお味噌汁の香りが、家中に広がっている。

「美咲、本当にありがとう。こんなに良い魚を選んでくれて」

おばあちゃんの目が潤んでいた。美咲は照れくさそうに頷いた。

「光春さんが、おすすめしてくれたの」

夕食の席には、久しぶりの笑顔が並んだ。仕事から帰ってきた両親も、おばあちゃんの元気な様子に安堵の表情を浮かべている。

窓の外では、夕陽が市場の方角に沈んでいく。明日もまた、市場は早朝から賑わうだろう。美咲は、明日の買い物リストを頭の中で考えながら、ほっと一息ついた。

市場には、単なる食材以上のものが並んでいる。人々の優しさや、思いやり、そして何より、家族の笑顔につながる大切な場所なのだ。美咲はそう感じながら、明日もまた市場に行くことを楽しみにしていた。

「明日は、どんな発見があるかな」

そう呟きながら、美咲は穏やかな夜の帳に包まれていく街を見つめた。市場で過ごす朝は、いつも新しい何かを教えてくれる。それは、食材のことだけではなく、人との繋がりや、家族の大切さ。そんな全てを包み込む、温かな場所なのだ。
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