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マルダリア王国の異変。

マルダリア王城の一夜。②

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金色の長い髪は横に1つに纏められて、その栗色の瞳は少し疲労の様相を浮かべていた。
渇いた唇を噛み締めるとゆっくりと顔を上げた。

「・・・カラルナ様、ただいま戻りました。」

深紅の絨毯が敷き詰められた部屋には、芳しい薔薇が咲き誇るプランターが並べられていた。

いつも鼻につく、薔薇の香りにミリアは一瞬だけ眉根を寄せた・・。

ミリアこと、ローゼングローリーのイヴは緊張の面持ちで
その部屋の絨毯の上に片方を立膝で座り低く頭を下げた。


「もう、夜も更けたがな??それにしても、遅かったな・・。
それよりも、お前はダラスに寝返ったのかと思っていたが。
流石は賢いイヴ・・。よく、私の所へ戻ってきた。」

長い栗色の髪をダルそうにかき上げたその女性は、蒼い瞳を細めると冷たい瞳で笑んだ。


「申し訳ございませんでした。長く使えてました主の命令を優先してしまいました・・。
ですので・・。どうか、あの薔薇を摘まないで下さい!!
私が、カラルナ様に最後までお使えいたします・・。お願いします!!」

「聞けぬな・・。ダラスは私を裏切ったのだぞ??
組織の忠誠を裏切った者には、死あるのみだとそなたも知っているはずであろうがっ!!」

キーーンと鳴り響く高い音が部屋に木霊していた。

その言葉と共に、大きな大理石のテーブルがガタガタと音を立てて揺れ出した。

「・・・くっ!!どうか、お止め下さい!!私の命を・・。
ダラス様の代わりに・・。貴方様に差し出しますから、どうかお許しくださいっ・・!!」

部屋の中で、巻き上がる振動に耐えるようにミリアは床にしがみ付いていた。


ぎゅうっと噛み締めた唇から鉄の味が染みてくる。

苦味に混じった痛みと共に歯を食いしばったままで首を垂れていた。

ガタガタ地響きを続けていた床の音が止み、一瞬の静寂が訪れた。
その言葉に、口をニッと綻ばせたカラルナは暗闇の中でイヴに手招きをした。

「命を差し出すと??では、お前は・・。あの裏切り者の為なら、何でもすると言うのか・・??
フフッ・・。おいで、愚かなイヴよ・・。」

深紅のドレスに身を包み、真っ赤な長い爪でイヴを手招きすると妖艶な笑みを浮かべて
恐る恐る側へとやって来たミリアの耳に小声で囁いた。

その言葉に、濃い栗色の瞳を大きく見開いたミリアは震える身体で
ゆっくりと考えるように顔を上げた。

「さぁ・・。どうする??ダラスの為に出来るのか?
その自己満足な愛と、見返りなど到底返って来ないと解っているはずの愚かな想いの為に・・。
今度こそ、組織に忠誠を誓い・・。その手で人を殺めることは出来るのか??」

言葉を失ったミリアは、数秒間の沈黙と視線を宙へと彷徨わせていた。

先ほど、耳打ちされた言葉が脳裏に再生されるとゾッと寒気が体中を駆け抜けて
足が竦んだ。

・・どうしたらいいの??

もうこれ以上、誰かを傷つけるのも・・。
誰かが傷つくのも見たくない!!

蒼い美しい瞳を細めてミリアを呼ぶアレクシアの姿が映し出されると、息が苦しくなった。

「ミリア・・。私、この国に来て良かった!!エーテルや、ミリアが居てくれて
とても助かっているのよ??いつも有難う・・!!」

楽しそうに発明した薬を持ってきては、その薬の説明をして笑っていた。

必要とされてこなかった私をいつも信頼してくれた初めての主・・。

アレクシア様・・。

ぎゅうっと目を瞑ると視界が涙で揺れていた。

また再び、アレクシア様を傷つけるの??
・・この私が??


「出来ません・・・。それだけは、嫌・・。」

ポツリと呟いたミリアの瞳には涙が溢れていた。

正面からカラルナを見据えたミリアにカラルナは表情を歪めて睨みを効かせた。

「・・・そなた?まさか迷っているのか??ダラスの命を救う為なら、自らの命を捧げると
まで言い放ったお前が!!?
そんな中途半端な気持ちでお前を再び信じろなどと・・。笑止!!」

大きなベルベッドで出来たソファーから立ち上がると、カラルナはプランターの前へと
歩を進めると1つの薔薇を手に取った。


その手には一凛の薔薇が収められていた。

大きな花びらがビッシリと詰まった珍しい深紅の薔薇を手にしていた。

ミリアは、立ち上がると驚愕の表情でその薔薇を見上げていた。

「カ・・カラルナ様!??・・・止めて!!
お止め下さいっ!!それだけは・・っ!!」

「馬鹿な娘だこと・・。
こんな使えない子を連れてくるなんて、見る目がない上に呆れたわ。
産まれた時から解っての。・・・だからあの子は要らないの。」

真っ赤な唇で口角を大きく上げると、手にした薔薇を摘み取りグシャッと握りつぶした。

「あ・・ああっ・・。ああああぁっ。いやぁぁぁっ!!!」

パラパラと大きな花弁が床に落ちていく・・。

その1枚1枚を見ながら、青ざめていくミリアは目に溜まった涙を零して大きな声で叫んでいた。

バラの花びらはスローモーションのように床へと吸い込まれていくように
ヒラヒラと舞っていた。

幼い頃、真冬の道端で汚れた衣服を身に纏った自分に現れた
一人の天使を思い出した。

目の前の光景は、雪の舞い散る寒い日を思い出させていた・・。

母が天族の男に孕まされて捨てられた後、酒に溺れた母は新しい男を作って
私を旅の大道芸人たちに売り払った。

母は、常日頃から何でも跳ね返すことの出来る私の神力を恐れて気味悪がっていた。

まだ11歳の頃だった。

酷使され、搾取を続ける団長の鞭を・・。

ある日神力で跳ね返した私は、大怪我をさせたまま
怖くなって逃走したのだった。


そこから数日、追っ手に怯えて隠れながらマルダリアの辺境の地へと
逃げて来た。

何も食べず、雪の中を一人で彷徨い歩き疲れ果てた私は降り積もった雪道に座り込んだ
まま動けなくなった。

その少年は、雪道に打ち捨てられた全身泥まみれで足の感覚さえも失っていた
凍死寸前の私をそっと抱き上げて馬車の中へと運んでくれた。

凍傷で感覚が麻痺した足にそっと触れて、息をふきかけてくれたミルクティ色の髪を持つ男の子。

自分よりも、4,5個は年上の少年は高貴な服を身に纏っていた。

意識が朦朧とした私は、夢を見ていると思っていた・・。


両親に捨てられ、誰からも愛され
ない人間だった私に女神は最後のご褒美をくれたのだと思ったのだった

「貴方、私を・・。迎えに来てくれた、天使・・??」

自分のコートを私に包ませると、その少年は哀しそうな顔で微笑んだ。

「天使じゃなくてごめん。
・・・僕は悪魔なんだ。母はいつも僕を見て、そう言う。」

そんなの信じられなかった・・。

だって、目の前で私を必死で介抱してくれている少年は
どう見ても天使のように美しく温かい。


死に行く私にとっては・・。神様に等しい存在だった。

「嘘よ・・。貴方、神様に似てるわ・・。女神レオノーラかと・・。思ったもの。
私ね、もう疲れたの・・。捨てられて、必要のない私に生きてる意味なんてない・・。」

その言葉に、その少年は驚いて目を見張った。

従者が持ってきた温かい飲み物をそっと私に手渡して、その少年が微笑んだ。

「僕には、君のほうが女神に見えた。その金色の髪、レオノーラみたいだよ。
僕の憧れで、僕が・・。生きる理由なんだ。」

ゴクリと飲んだ温かい飲み物が身体に染みてお腹が熱くなっていった。

「・・・さぁ、眠って。今
度君が目を開けたら君はもう自由・・。君は、どこでも行けるし、幸せになれるよ。」

眠気が襲ってきた私はウトウトと・・小さくなる瞳でその少年の蒼い瞳を意識を失うまで
見つめていた・・。

「ダラス様・・・。エヴァン・・・!!!」

初めてその名を呼び捨てたミリアは呼吸の仕方を忘れたように、口をパクパク動かしていた。

瞳に色が映らなくなったミリアは、ぐらりと揺れると
そのまま、深紅の絨毯の上にドサッと倒れこんだのだった。
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