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元婚約者からの結婚式の招待。

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私、アイリスは王城にある西棟の最上階にある特別室で暮らしていた。

17歳ので祖国を亡くし、婚約者にも捨てられた私は自国を征服したロンバビルス帝国に身柄を引き渡されることなく、2年間をこの塔の中で過ごしていた。

アメルディア王国の王城の一室で何の不自由もなく暮らし、高い西の塔の上からは王国の街並みが良く見える広い窓があった。

豪華なふかふかのベッドと、ソファセットや、ドレッサーが用意された、貴賓のための部屋のような豪華な空間に最初に部屋を踏み入れた時は驚いた。

ただし、窓には格子が嵌められ外には出られなかった。食事が部屋に運ばれ、本や新聞が差し入れられて快適に過ごすことが出来ていた。

かなり体の良い人質のような生活を送ること、半年ほど過ぎた頃に私の世話をする
新しい侍女のシェリルが入ってきた。
彼女は私よりも3つ年上で珍しい漆黒の髪と漆黒の瞳を持つ女性で
城下の話や、異国の話題・・。
ニュースには載っていないような王城のゴシップネタなど話題が豊富な闊達な女性だった。
私は彼女から、様々な国の情報を聞いていく内に本を読み、他国の政治や言語を勉強
するようになっていた。

週に2度ほどは幼馴染で元婚約者のシオフィンが特別室を訪ねて来た。
自国の話題についてや、民や両親の話を聞くと「全くわからないんだ」と何故か
非情に困ったような表情を浮かべて笑うフィンには次第にその話題を振らなくなっていった。

「ねぇ、アイリス。いつまでも、こんな所にいたくないだろう。僕と一緒に左翼にある王城の一室に部屋を持たないか??
君は、こんな辺鄙な所にいるべき人じゃない筈なんだ。
そしたら大きな宝石や、美しいドレスも沢山プレゼントしてあげる。
然るべき身分を持ってさ・・。」

両手を大げさに開いて、私を振りかえるシオフィンは青に金色の刺繍の入った
上品なフロックコートを身に着けて柔らかなアッシュブロンドの髪を揺らして微笑んでいた。

<然るべき身分=日陰の身。
要は、妾や愛人の類に私を落ち着かせて傍で侍らそうってことね。>
何度聞いても気分が悪くなる話が始まった。
と、ばかりに私はシオンに見えないように下を向いたままで小さなため息を吐き出した。

「あら・・、またそのお話しなの?
わたくしには、身分などなくて結構です。
何なら、今すぐにでも帝国に死体としてでも差し出してくれていいわ。
それに明日・・、
貴方はこの国の聖女となられたセアラ=パットナム様とご結婚されるんですよね。」

「・・えっ、何処でその話を聞いたの??」

思いがけないとばかりに、さっきまでの余裕は吹き飛んだ様子のシオフィンが
私の両肩を掴んで至近距離に入って私を覗き込むように見つめて来る。

「一昨日の新聞の記事で読みました。
聖女様の夫となって、この国を盛り立てていかれる王子様の妾だなんてご遠慮します。
・・恐れ多くて、罰でも当たりそうで怖いんですもの。」

肩を竦めて掴んだ手を払うと、私は困ったような表情でコホンと咳払いをした。
サーッと顔を青ざめたシオフィンは、苦しそうに青い瞳を細めて私の瞳を見つめた。

「僕は君が好きだよ。初めて会った5歳の時から・・。
だから、君が「うん」と言ってくれるまでここから出すことは出来ない。君は狙われているんだ。
色々な人間からね・・。僕が守ってあげるからね。」

そう言って、少し後ろに後ずさる私の腕を掴んで淡いエメラルドグリーン色の壁に
押し付けられて両腕の中に閉じ込められた。

強引な行動に初めて出したシオフィンに驚いた私はされるままアメジスト色の瞳を大きく見開いて見上げていた。

白く染み1つない美しいアッシュブロンドの清潔な髪と、私の瞳より少し小さいけれど大きなアーモンド形の美しい青い瞳で私を見つめていた。
王子様の容姿を持つ彼との出会いは、5歳の頃だった・・。

今は亡きセレンダート公国にアメルディア王国の国王の来訪に同行した彼と、もう一人の王族ゆかりの騎士家系の侯爵家の男の子・・。

美しいストレートのシルバーブロンドの髪を持つその子を思い出して、私は瞳を大きく左右に揺らして下を向いた。

「アイリス・・。今、君の脳裏に・・。
誰か別の人間を思い浮かべなかった?」

私を挟み込んだまま、真剣な表情で問いただすように見つめるシオフィンは、怒りを堪えるように唇を震わせていた。
下を向いた黙り込む私の顎を強引に掴んだシオフィンは、強引に私の顔を引き上げた。

「い、痛いっ・。フィン、痛いわ!!」

苦し気に顔を横に振る私を、苛立たし気に壁に縫い付けるとゆっくりと頬に口づけを落とした。

チュッ・・。
と左耳の近くの頬にわざと音を立てるように口づけて行く。耳をカリッと噛まれた私はカッと頬を染めて、恥ずかしさと嫌悪感から涙目でシオフィンを見上げて睨んだ。

「ここからは逃げられない・・。
世界で一番安全な鳥かごの中で一生君は僕に飼われるんだ。僕だけが君を守って、・・死ぬまで愛してあげるから。」

何故か、泣きそうな表情で笑うシオフィンは私の唇に口づけを落とした。重ねられた唇の熱さに驚きながらも、深まる口づけに困惑しながら頭が真っ白になって行く。
元婚約者であるシオフィンは、翌日に結婚式を控えている事実が翻弄されそうになっていた私の頭を冷やしてくれた。
ガリッとその温かい唇に噛みつくと、薄く鉄の味がした。右手で唇を拭うと私は鋭い視線を彼に向けた。

「・・狂っている。
私はここから出ていくつもり。
貴方に飼われるくらいならいっそ躯となって
亡国の姫として帝国の城壁に晒される方がマシ!!
お父様や、みんなの安否をいつまで経っても
教えてくれない貴方を信用なんかできないもの!!」

私は彼を突き飛ばしてバスルームに駆けこんで鍵をかけた。
何度もノックするシオフィンの呼びかけを両手で耳を塞いだまま冷たいタイルの上にしゃがみ込んだ。

「信用しなくてもいい!!
だけど、君は何があってもここから出ちゃ駄目だ・・。頼むから、それだけは約束してくれ。僕のアイリス・・。」

長い間、宥めるようにドアごしに声をかけ続けていたシオフィンは諦めたように、何度も振り返りながらも西の塔の部屋から出て行った。

私は彼の言葉に1つも返事をせずに、ただ涙を流していた。どうして私達はこんな関係になってしまったんだろう。

シオフィンは、聖女のセアラと式を挙げることは決まっていた。

帝国がセレンダートを滅ばしていなければ・・。
この未来は訪れなかった。
本当は2年前に彼と結婚して幸せになっていた??
だけど、何度想像したってそんな未来は浮かばなかった。

「アイリス、フィンと結婚するって決まったんだな。・・あいつなら、何があってもお前を守れると思うよ。」

銀色の長い髪を1つに束ねて、私と同じ色味は異なるアースアイを持ち、芸術品のような顔に柔らかい笑みを浮かべた。

翻した黒いマントは私を拒絶するように遠くなって行く。もう1人の幼馴染の最後の言葉を思い出していた。

ズキッと胸に痛みが走った。

<カイ・・。貴方は、今何処にいるの??>

真っ暗になった部屋にカーテンが引かれる音がして、バスルームから泣き腫らした目で出て行くと侍女のシェリルが心配そうに私を見つめた。
目が合った瞬間に安堵のあまりふらっと立ち眩みが襲った。

すぐに私の身体を支えてくれたシェリルは、ゆっくりソファへと運ぶ。
急いでティーセットを用意して温かいお茶を入れてくれた。

「アイリス様・・。
お顔色が悪いです。大丈夫ですか??」

「ええ・・。大丈夫よ。
貴方が入れてくれるお茶はいつも美味しいわね。」

カップの取っ手を持ちながら、シェリルに柔らかく微笑んだ。

「恐縮ですわ。
アイリス様のお好きなお菓子もご用意しておりましたよ。」

明るいシャンデリアが灯され、一瞬だけ穏やかな雰囲気が部屋を包んでいた。

次の瞬間、誰も訪れることのない特別室のオーク調の扉の外側からノックの音が聞こえた。
怪訝な表情を浮かべながらも、シェリルが首を傾げながらドアへと近づいて行った。

ドアの外からボソボソと話し声が聞こえてくる。
数秒後に、不穏な表情を浮かべたままのシェリルが
銀色のお盆の上に1通の白い手紙を乗せて持って来た。

「アイリス様、シオフィン王子殿下から
明日の殿下と聖女様のご結婚式の招待状が届いたようなんですが・・。」

あまりの出来事にカップを取り落としそうになった私にシェリルは立ち尽くしたままで黒曜石のような瞳を揺らして私を見つめた。
「フィンが?元婚約者の私に聖女との結婚式に招待って何故なのかしら・・。」

普通は元婚約者を、目出度い結婚式に招待するなんてあり得ない。
しかも、王族の結婚式で世間の注目も集まる場だ。

「混乱するのはごもっともです。
先ほど、いらした時には渡さず、わざわざ王宮の侍女を使って届けてくるなんて・・。」

考え込むように、黒い瞳を細めて考えるように思案しているシェリルの姿を私はただ茫然と見つめていた。

手元に受け取った招待状には、明日の結婚式にこの部屋に迎えの侍女を寄越すと書いてあった。
私の準備のために充てた貴賓用の控室の場所の記載がしてあった。
ご丁寧に招待状の最期には「君には僕の誓いを見届けて欲しい。一生のお願いだ。フィン」
と書かれてある。

「最低ね。何が一生のお願いよ・・。
一体、彼は何がしたいのよ!!」

私は、その招待状を読み終えるとテーブルへと放り投げた。無言のままで、シェリルはその招待状を拾って考えるような仕草をしていた。
その日の夜はベッドに潜り込んでもすぐに眠りに着くことは出来なかった。

招待状に掛かれた言葉と、シオンからのキスや彼の今までの言葉を思い出して混乱の中にいた。

ほとんど眠れなかった私は、頭が働かないままドアのノック音で目を覚ました。

ドアを開けると迎えに来たお仕着せを着た王宮勤めの侍女が深々と頭を下げてから、ゆっくりと顔をあげた。

「お迎えに参りました。。」

その侍女は、半月のような細い瞳で薄く微笑んでいた。
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