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1章 ロンテーヌ兄妹

日記 リットの1日

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あの事件から2ヶ月が経った。お嬢は領に帰るや否や、スルーボードで毎日毎日広場を駆け回っている。

俺は、お嬢の笑顔が戻ったのが単純にうれしい。あんな事があったのが嘘の様に、領での時間は穏やかに流れている。

俺が任されている領騎士団もほぼ編成が終わった。王都で募集広告をまいたらすぐに人は集まった。元騎士に現役騎士、平民のギルド出身者の傭兵などだ。王都屋敷に騎士20名、領に騎士10名と騎士見習いが30名揃った。魔法使いも3名スカウトして来て、今はランドの下についている。

一気に増えた騎士達は、西の森寄りの空き地にカイ様が駐屯所を建ててくれたので、そこを拠点に領内の警備に当たっている。今の所は怪しい者はいない。ちらほら余所者が目につくが、役場に連れて行けば身元が判明するので、尋問などの手間が省けて助かっている。この領民登録は、本当に治安維持にとても役立つ。さすが俺のお嬢だ。

「お嬢、そろそろ行こうか?今日はここまでだ」
広場でグルグル回っているお嬢に声をかける。

「え~。もうちょっとだけ。。。ダメ?」

お嬢の周りには、竹製のスルーボードを持った子供達で溢れている。まだ、領内の道路整備が行われていない為、遊ぶ所はこの広場になっている。商業地区の子供達がお嬢の遊ぶ姿を見て、おもちゃとして早速買ってもらったみたいだ。いや~しかし浸透が早い。この分じゃ、道路ができたら農村地区の領民もすぐに買うだろう。

「明日の準備があるからな。。。時間を押したらケイトに怒られるぞ」

「げっ。そうだった。。。じゃぁ、みんなまたね」
と、お嬢は平民の子供に手を振る。

「「「おじょう、またね~」」」
子供達は、俺が『お嬢』と言ってるのを真似している。今では、お嬢は『お嬢』の名で領民達に親しまれている。

「また、子供が増えてないか?お嬢は誰でも仲良くなるのが早いな」

「えぇ?そうかな?みんな元気よね。そうそう、この春から売り出した新商品がバカ売れしているらしいわよ。冬の間に領民達も工場で一稼ぎしたじゃない?歯磨き棒とオランジュ、スルーボードが飛ぶ様に売れているらしいわよ。さっき、サムに会ったのよ。竹が足りないかも~って笑ってたわ。ふふふ。あとね、テーヌ服を来ている人を4人も見かけたわ。ふふふ。私と一緒でスカーフをしていたの」
お嬢はキャッキャとはしゃぎながら、領民から聞いた今日の出来事を色々話してくれる。いつも城への道中は、お嬢が一方的に話すばかりで、俺は聞いているだけなんだけど、デートの様で俺は気に入っている。

「明日は、朝一に出るからな。平民用のワンピースで行くぞ」

「わかってる。何度も言わないで。明日はプリストン公爵領よね。確か、大山の麓に『神の家』と呼ばれる教会があるんだっけ?」

「そうだ。教会の本部みたいなもんだ。王都の大聖堂は、教会の王都支部だな。神の家には特化の『光』と『闇』を使う者が多く居る。祈るふりして接触するのにちょうどいいんだ」

「そうなのね。その特化って結構居たりするの?」

「あぁ。特化の中じゃ一番メジャーだな。その二つはただ光を調整する特化だしな」

「何それ?」

「あっ、そっか。。。学校で特化を習う際に例としてよく出される。『光』は周囲を目が開けられないほど明るくする事ができる。逆に『闇』は前が見えないほど暗くするんだ」

お嬢の眉間にシワがよる。『それって意味あるのか?』と言いたげだ。

「へ~。あぁ、目くらましにはいいのか。。。逃げる時役立つね」

「そうだな」

そんな話をしていたらもう城に着いてしまった。玄関でケイトが仁王立ちしている。。。これは、怒られるパターンか?10分ほど遅れただけじゃないか。

「ケイト、出迎えご苦労」

「ご苦労じゃありません!リット様!今日は明日の準備もありますが、お嬢様はロダン様とお話をすると言っていたでしょう?」
『あぁ、そうだった』とお嬢は舌を出して謝っている。反省してないな。ははは。

「じゃぁ、話している間は俺は外れるから。アークは居るか?」

「アークは外出中です。ランド様も居ませんよ」

「わかった。若い奴を一人お嬢に付けるよ」

「かしこまりました」
と、ケイトはお嬢の後について歩いて行った。

「お嬢、またな」
笑顔で手を振って別れ、駐屯地へ向かう。


駐屯地ではガヤガヤと騒ぎが起きていた。

「団長!魔獣です!魔獣が出ました!中型のガルン一頭です。先鋒3名が対戦中との事です」
若い騎士が俺を見つけると慌てた形相で報告してくる。他の皆もガヤガヤしている。

それにしても。。。時々出没すると聞いていたが。。。中型だろ?しかも1体。なんでこんなに騒ぐんだ?
「わかった。今騎士は何人常駐して居る?」

「はっ。騎士7名。見習い24名です」

「騎士7名全員を連れて行く。見習い24名は3カ所に分ける。駐屯地の周辺と、街の警備、あと2名をお嬢様の所で警護させろ。10分後に裏庭に集合だ」

「はっ!」
と、一礼して若い騎士は走って行った。

ガルンか。確か、角が頭から背中まであるイノシシ型の魔獣だったような。。。中型と言ってたから全長3mぐらいか。斧を一つ持って行くか。

俺は騎士用の鎧に着替え、自分と同じぐらいの大きさの大斧を持って裏庭に出る。

「これより、魔獣を狩に行く。経験者はいるか?」
2、3人が手を挙げる。

あぁ。経験者が少ないからみんな騒いでるんだな。

「経験者は前衛に。この斧が持てる者はいるか?」

「はい。私の得物は斧ですので」
縦にも横にも大きいジェットが手を挙げた。

「よし。ジェットはこれを持って俺の後ろにいろ。今回の魔獣は全長3m前後の中型ガルンだ。とにかく前足を止めれば退治は簡単だ。経験者3名は左前足を狙え。水魔法が出来る奴は水を手に待機させておけ。奴は水を嫌うから、街へ行かぬよう進行方向を変えろ」

「「「「はっ!」」」」

馬で駐屯地から北西に15分。魔獣と対峙する3人の騎士を見つける。

「おい!後ろへ下がれ。よく踏ん張った。交代だ」
負傷しながらも魔獣を留めた騎士達を労う。パッと見、傷はあるが浅いようだ。よかった。

「前衛、左足を狙え。水魔法用意。後衛、負傷者を馬に乗せろ!行くぞ!」

俺は双剣を抜き、走りながら風魔法で土埃を出す。魔獣が怯んでいる隙に、右足の腱を切りつける。左側もジェットの斧と他の騎士のアシストのおかげで腱が切れていた。魔獣は前のめりになってその場に崩れた。

ここまで来れば後は簡単だ。合計8名いる俺たちでトドメを刺して終わり。

「よし。終わったな。素材を確保したら処理をする。火魔法が使える奴はいるか?」

「はっ!いません」

面倒だな。。。
「では、埋める。土魔法で穴を掘れ」

王都から来た騎士に指示を出す。こいつは土魔法が得意だ。土を掘って残骸を埋めた。

「団長は魔獣に詳しいのですね?ご経験が?」
領民出身のキットが目を輝かせながら聞いてくる。

「あぁ。。。昔な。テュリガー領に居たんだよ」

「あぁ~、それで。あそこは専門のギルドがあるぐらいですしね。なるほど~。今日は大変勉強になりました。俺は初めての討伐だったので、少し不安だったのです。。。こんなにもあっさりやっつけられたので、正直、魔獣はそんなに怖くないのかな~なんて思いました」

「ばか。今日は8人がかりで、しかも中の下レベル程度が1体だけだったからだ。魔獣との対戦が命がけなのは変わりない。この程度でいい気になるな。いつか命を落とすぞ」

「。。。はい」
シュンとうなだれるキット。でも、ちゃんと始めの内に釘をささないと、こういう奴は一番に死ぬからな。

「分かればいいんだ」
と、頭をぐしゃぐしゃになでてやる。

「では、てっしゅ。。。」
撤収と言おうとした時、街の方角からドドドドド~と早馬が単体でやって来る。

誰だ?

「リットーーーーーー!」
大声で叫びながら手を振っている、馬の主人は。。。剣を腰にぶら下げたカイ様だった。

「。。。」
張り切ってんな。。。

馬から降りたカイ様は顔がツヤツヤ笑顔だ。
「はぁ、はぁ。魔獣はどこだ?」

俺は無言で魔獣の血溜まり跡を指す。

「えーーーー!もう終わったのか?」

「はい。中型1体でしたので。解体して素材を抜き、残りはもう埋めました。」

カイ様は『は~。。。』とガクンと膝をついてショボくれている。
「俺は。。。俺は。。。楽しみにしていたのに。。。」

「ま~、ま~。またその内現れますよ!」
カイ様を慰めるが、ものすごい目で睨まれた。

「いや!次は2年後か3年後だ!こちらの森は隣の領からはぐれた魔獣しか来ないんだ!リットのアホーーーーー!」

「えぇぇぇぇ。俺?」

「呼んでくれって言ってたのに!」

「えっ、でもあれは。。。カイ様がまだ領主になっていない時で。。。今はお忙しいでしょう?」

「忙しい!が忙しくない!毎日毎日机に向かっている俺のささやかな夢だったのに。魔獣狩りをしたかった。。。リットのバカヤロウ!」

あぁぁ。あんな中型でもカイ様にとっては初めての獲物か。。。これは、マズイ事をしたな。

「すみません。そんなに?魔獣が好きとは。。。今度、カイ様が納得するまで手合わせするんで、許して下さい。」

「。。。あぁ。絶対だからな」
終始睨まれたままだったが、カイ様は渋々納得してくれた。

ははは。カイ様も領主の仕事がんばってるんだな。休みの日にでもティリガー領に連れて行ってやりたいが。。。領主だからな。色々難しいか。てか、無理だな。

カイ様の肩をポンポンと叩いて労う。

さぁ、帰ったらお嬢の所へ行こう。魔獣の話をしたら面白がるだろうな~。

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