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ボルドー

ニー5 帰還 1/2

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 ボルドーに帰還してからしばらく、執務処理に追われている。
リシャールの代筆をするようになってから数年、執務室は何故かおれの部屋の様になり、デスクにはすっかり私物が広げられ、部屋の主であるリシャールは、小さなローテーブルと長椅子が指定席となってしまっている。
本来の部屋の主が不在の今、正しくおれの部屋と化し、執事長のディーターの采配の元、山積みの仕事は随分と片付いていた。

「そろそろ帰ってもいい頃なのに、リシャール遅いな。絶対、リシャールのやつワザとゆっくり帰ってるんだろ。」

 ディーターにグチをこぼすと、無駄のない手つきで、休憩にどうぞ、とコリンヌ手製のお茶が出てきた。
お茶と言ってもコリンヌ手製の庭のハーブを煎じて入れられた物で、『ティザーヌ』とコリンヌは言っていた。
日本で言う茶葉ではなく、お湯にハーブの香りをつけた飲み物らしい。
おれはコレがお気に入りで、それがコリンヌも嬉しいらしく、コリンヌが留守のときでもお茶が入れられるようにしてくれているらしい。
 机にかがみ込んでカップに鼻を近づけながら冷めるのを待つ。
至福の一時だ。

「昔から、リシャール様はデスクワークは苦手でいらっしゃいますから。」

ディーターはドライフルーツを出しながら少し笑った。

「この様に餌で、何度釣ったことか。ジャン殿がいらっしゃってからは本当に助かってます。」
「ディーターはいつからリシャールの側につかえているの?」
「お小さい頃からずっとでございます。そう言えば、初めてお会いしたのは、ちょうど今のフィル様ぐらいでしたね。お懐かしいです。」
「ってことは、2歳位からリシャールの側にいるのか。・・・ディーターって何歳なの?」
「今年で32歳でございます。侍従になったのが12ですから、もう20年お仕えしております。」
「じゃ、ディーターもエレノア王妃の元で一緒に居たんだ。」
「ええ。その時はポール殿もロベール殿もいましたよ。まだ彼らも幼かったですけれども・・・。そう言えば、昔は二人ともしおらしくしていましてね。ふふふ。」
「えぇ、ロベールは真面目だからなんとなく想像着くけど、ポールも? 借りてきた猫みたいだったの? 」

ディーターはキョトンとした顔をして「 猫? 」と呟く。
ああ。そうか、今この世界にはそんなことわざは存在しない。
おれは、ここでは聞き慣れない地名の遠い場所に故郷がある、という事になっている。

「借りてきた猫とは、面白いですね。ジャン殿の故郷のことわざですか? 」
「そう、おれの故郷のことわざ。簡単に言うと、普段と違って大人しくしているっていう意味かな? 」
「確かに、そんな感じでしたね。でも、歳も近かったせいでもありすぐにリシャール様も馴染んで、あっという間に路頭を組んでしまいましてね。」

ディーターは思い出しながら困ったものでした。とため息を付いている。

「ショーン様がお生まれになってからは、ショーン様までお仲間入りされましてね。姫はあっという間に乗馬も剣技も身につけられて、小さいながらもリシャール様たちについて回って、リシャール様達も大変かわいがっておいででした。・・・姫なんですけれどもね。」

そう付け足すディーターの顔からは苦労が手に取るように感じられた。
 ショーン様といえば、シチリアに嫁入りのときに船で送ったという話を聞いたことのある妹姫のことだろう。
確か、当時12歳と言っていたので、今は15歳くらいか。
・・・こちらの結婚事情は、ほぼほぼ政略結婚なのだろうが、色々思うところがありすぎて、考えないようにすることにしている。
 どうすることも出来ない事を、いちいち気に病んでいては身が持たない。
兄弟揃って元気の有り余るタイプの子どもだったのだろうな、と、想像すると、本当にディーターが少し不憫になった。
 今でも抑えが聞かないところがあるのだ。きっと小さい頃は大変だったのだろう。
そう考えたらウィルは贔屓目を差し引いても、とてもいい子だ。
きっと性格はマグリット様に似たのであろう。

「ウィルもそろそろエレノア様のところに行くけど、ディーターみたいな侍従は誰が行くの? やっぱり、ディーターが選出するの?」
「それなのです。今最も私が頭を抱えているところでございます。ですから、ジャン殿がお帰りになって、リシャール様と一緒に休暇に行っていただけると、実は助かるのですよ。私はその仕事に専念出来ますからね。」
「まぁねぇ。リシャールが居るとアレしよう、コレはどうだとかって言い出すし、なんだか人も集まるもんねぇ。」
「ジャン殿のお陰で執務も大方滞りなく進んでおりますから、後はリシャール様の帰りを待つのみでございますね。」

そう言うとディーターはわかったような顔つきでお茶のおかわりを注いでくれる。

「いや、別に、待ってる訳じゃ無いけど・・・。」


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