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ボルドー

二ー3 タイユブル要塞ー回想 1/2

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 サントンジュ地方の春は暖かく穏やかだ。
冬が終わり、待ちに待った春がやってきたというのに、杖を付いた老婆の見上げる曇なき晴れた空とは裏腹に、状況は暗雲を垂れ込めていた。
 サントンジュ地方のちょうど中心あたりにあるこのタイユブルは、常に戦いの渦中にある。
わずかに平和な日々があったのも数十年前。
 老婆はぼんやりと空を見上げながら思い出す。
それはそれは美しいアクテヌの姫と厳格なカペーの王子の婚姻後の寝所としてこのタイユブルが使われたのも、つい先日のように感じる。
 厳かな雰囲気の、優しい王子だった。
それが、いつの間にかアクテヌの姫がそのカペーの王を見限り、この土地の権利と共にピュルテジュネの物と変わった。
 そうしてこの土地は時代に翻弄され、幾度目かの戦乱にみまわれる。
家族はもう、すでに失った。
 老いぼれた体を再び折り曲げ、老婆は杖に身を預けながら、急き立てられながらも尚、石畳を一つ一つ数えながら歩く。

 物々しい出で立ちの屈強な男達に囲まれ、一箇所に集められた領民達は不安そうな顔をしていた。
いつもの戦闘とは明らかに違いを感じている。
 荒々しくなだれ込んできた侵略者は、家に入ってくると剣を突きつけ、殺すのではなく、外に誘導された。
不運にも剣の餌食になった者もいたが、獲物を食らった剣の持ち主は、赤いコートを羽織った男に、その場で粛清され、女の衣服を剥ぎ、乱暴しようとした者は同じく赤コートに完膚なきまでに殴り飛ばされていた。

 一人の年若い赤子を抱える母親も等しく、不安な表情であった。
肥沃だが、度々戦果に見舞われるこの土地は、けして暮らしやすいとは言い難かった。
戦火になれば、食料も奪われ、夫も兵卒としても使われる。
そして、何より女の身で戦場を過ごすという事は、屈辱を経験するという事だ。
 母親はギュッと布に包んだ小さな命を抱きしめた。
この命だけは、守らねばならない。
自分がどうなったとしても。
 力の入る肩に、ぽんと優しく、暖かな手が載せられた。
振り返るとそれは、穏やかな微笑みをたたえた、神父の手だった。
 彼はいつも自分たちの側にいて、支えるように祈ってくれる。
その穏やかさと、暖かな手の体温を感じ、少し安堵すると母親は愛しい我が娘に優しくキスをし、再びそっと抱きしめた。

 神父は人垣から進み出て、先頭に立つと、声高らかに叫ぶ。

「我々をどうしようと云うのか! 」

 彼は、神に身を捧げていた。
城の城壁から幾分も離れていない場所にある農地。
それらを耕す農夫達は、近年の人口増加に伴い、城壁から外での暮らしを強いられていた。
そんな農夫達のために、祈りを捧げる場所を提供し、施しを与えるのが、彼の仕事だ。
 彼の教会も城壁の外にある、小さな掘っ建て小屋だ。
城壁の中にはもちろん、立派な作りの大きな教会はある。
しかし彼は、私腹を肥やし、覇権を争うことにのみ留意する上層部に嫌気がさし、外に出ることを買って出た。
 ここ数年、天候にも恵まれ農作物の出来も良い状態が続いる。
外から訪れる人も増え、城内には様々な店も増えて、活気づいている。
 それらはこの農夫達の力があってこそであるという事を、城の中でのうのうと暮らす者たちはわかっているのだろうか。
わかっているとすれば、このように、彼らを締め出したまま、城門の扉を締めたりはしないだろう。

そう。彼は憤怒していた。
城壁の内に居る愚か者たちを。
そして、目の前の侵略者を。

「おう。勇ましい神父様だな。」

剣を構える男達の後ろから、低いが良く通る声が響く。
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