拙さと、儚さと、喧しさと。~『桃髪家の一族』と呼ばれる家系で、知らない間に『薄っぺらい本』の主役級キャラにされている僕~

殿馬 莢

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第9章 冬の……アナタ、どなた?

エピソード57-3

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五十嵐家 静流の部屋――

 ついに沖田と『ヨンリオ・ビュートランド』に行く日となった。
 沖田から当日は朝7時に家まで車で迎えに来るとの事で、静流は目覚ましを3個仕掛けて寝ていた。

 ピーッ・ピーッ・ピーッ!
 
 ピピピピピピピピピピピ!

 ジリリリリリリリリリリ! 

 けたたましく鳴り始める目覚まし時計にも動じず、静流は熟睡していた。
 休止モードから回復したオシリスとロディが静流を起こしにかかった。

「静流! 起きなさい!」
「静流様! 起きて下さい!」

 オシリスたちに揺さぶられ、身をよじる静流。

「う、 うぅ~ん……」
「ロディちゃん、布団をめくっちゃって!」
「了解!」 

 豹モードのロディが口で器用に布団をめくり上げた。

「ふわぁ……もう6時なのぉ?……」

 布団をめくられた静流は、寒さからか身を丸くした。
 そんな静流に背後から手を回して密着している者がいた。
 
「メルク! アンタ何やってるの? しかもその恰好!?」
「何じゃオシリス? 決まっておろう、 添い寝じゃ♪」

 メルクは深夜、静流の布団に潜り込んだ様だ。
 煽情的な下着が透けて見える黒いベビードール姿だった。

「お見事です……私のセンサーには掛かりませんでした……」
「当然じゃ♪ どれ、 ログの確認をするかの」

 ロディに褒められたメルクは、喜々として自分の脳内をサーチし、昨夜の様子を脳内で再生した。 

「ふむ。 胸を2回程揉まれた後は特にいじられた形跡なしか……何じゃつまらん!」

 メルクは口をとんがらせて拗ねた。

「アンタねぇ……常時発情型アンドロイドにも困ったもんね……」

 オシリスは呆れ声でそう言った。
 静流は背後に気配を感じ、ゆっくりと身体を反転した。

「うん?……メ、メルク!? ひゃあ! 何て格好してるの!?」 

 メルクがあられもない姿で突然現れ、静流は飛び起きた。

「おはよう静流♪ 休みなのに早起きとは感心じゃな♪」
「いつから布団の中に? まさか……」
「おう。 勿論夜中からずっとじゃな♪」 
「オーマイガーッ!」

 無邪気に笑うメルクに、静流は頭を抱えてのけ反った。

「無意識に何かしてないだろうな……大丈夫だ。 そんな事僕はしない!」

 ブツブツと自分に言い聞かせる静流に、メルクが笑顔で言った。

「安心せい! 胸を2回程揉まれたが、 それ以上は何も無かったぞ!」 
「うわぁぁ、 やっちゃってる……」

 静流はまた頭を抱えてのけ反った。

「何かうわ言を言うておったぞ? 『あぁ、 ミリアさまぁ~』とか」
「え? そんな事言ってた? 全然覚えてないな……恥ずかしい!」

 顔を真っ赤にしてベッドに顔をうずめる静流。

「ミリアって女神様の?」
「そう。 多分ね……」

 ミリア様とは恐らく『地母神マキシ・ミリア』の事で、あの学園の礼拝堂にあった女神像である。

「女神が夢枕に立ったって言うの?」
「わからない……とにかくこの件は事故みたいなものだから、 ノーカンだよメルク?」
「まぁ、 ワシにとってはどうでもイイがな」

 メルクはつまらなそうにそう言った。



              ◆ ◆ ◆ ◆



五十嵐家 居間――

 洗面所で顔を洗い、静流は居間に行った。
 居間には食卓が用意され、美千留が朝食をとっていた。

「おはよ」
「おーす」

 軽く挨拶を交わした二人は、それ以降無言で黙々とご飯をかきこんでいた。 
 朝食のメニューはご飯とワカメのみそ汁、鮭の切り身と沢庵だった。

「静流? 早く起きてどこか行くの?」
「うん、 ちょっとね……」

 母親のミミに聞かれ、歯切れの悪い返事をする静流。

「そう言えば薫クン大きくなったわねぇ? 見違えちゃったわぁ♡」

 ミミは先日の忘年会で撮った記念写真を見て、嬉しそうに言った。

「モモ姉さんは相変わらず不愛想な顔してるけど、具合はどうだったの?」
「元気だったよ。 顔を出すように言ったんだけど、上手く避けられちゃったよ……」

 ミミの双子の姉であるモモは、エルフの里では双子は忌まわしい物とされ、双子である事を偽装していた事がバレてしまい、里を追放された上、謎の機関により『流刑ドーム』に長い間幽閉されていた。

「仕方ないわよ……でも、 もう少しの辛抱だから」

 そう言ったミミの顔は寂しげだった。

「しず兄、 わかってるよね?」

 突然美千留が仏頂面で話しかけて来た。

「わかってるって。 でも売り切れの時は勘弁してくれよな?」
「だから優先順位を付けたの。 特に限定品は要注意だよ?」

 美千留は指で静流を指しながら、上から目線で言った。

「何だか遊びに行くのにミッションみたいだな……」 

 静流は溜息混じりにぼやいた。
 そんな静流に、美千留は親指を立てて精一杯低い声で言い放った。

「貴君の健闘を祈る!」



              ◆ ◆ ◆ ◆



 七日市街道を走る一台のペパーミントグリーンの大型車。
 俗に言う『リムジン』と呼ばれる、ホイールベースが異常に長い車だった。
 外車の『ハマー』を改造したものと思われ、対向車がすれ違う際に避けてしまうほどであった。

「運転手、 到着は時間キッカリで頼むぞ?」

 社内は運転手側に長いソファーが、助手席側にはカクテルが作れるテーブルが設置されている。
 後部座席の部分は大人4人が余裕で座れるソファーとなっており、その中央にどかっとふんぞり返って座っている沖田がいた。

「はっ! かしこまりましたでありますっ!」

 沖田の横柄な言い回しに、運転手はぎこちなく答えた。
 運転席とは壁で仕切ってあり、のぞき窓が付いていた。
 沖田は運転手の声や口調に何か引っかかった。

「うん? どこかで会った事あったか?」
「いえ、 それは無いのあります。 今日が初仕事なのでありますから」

 上官と話す際に使う堅苦しい口調に、既視感の様なものを感じていた沖田。

「そうか。 気のせいだったか。 貴殿は従軍経験があるのか?」
「はい。 かつては戦闘ヘリやMT等の操縦を少々……」
「ほぅ。 それはスゴい。 精鋭だったんじゃないか?」  
「それ程でも。 まぁ、 昔の事でありますから……」

 そう言って謙遜している運転手の後頭部が覗き窓から見え、制帽からはみ出した綺麗なサファリオレンジの髪がチラと見えた。
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