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第9章 冬の……アナタ、どなた?

エピソード57-1

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五十嵐家 静流の部屋

 保養所から帰って来た次の日、静流はベッドで寝転んで何をするでもなく天井を眺めていた。
 傍らにはロディが灰ヒョウモードで丸くなって寝ている。

「あのあと……色々あったなぁ……」

 そう呟くと、静流の回想が始まった。



              ◇ ◇ ◇ ◇



桃魔術研究会 第二部室 睦美のオフィス兼カナメのラボ 回想――

 二日後の静流との実質的デートに浮かれている沖田は、近くでわめいている忍を完全に無視していた。
 睦美が何とか言いくるめて忍を含む『流刑ドーム組』とブラムを【ゲート】で塔に送り、残るは睦美とカナメ、真琴、シズムとメルクとなった。
 緩みっぱなしの沖田に、睦美は苛立ちながら忠告した。

「沖田……お姉様たちを侮るなよ? 後々イタい目を見ても私は知らんからな?」
「わかっている。 敵に回すつもりは毛頭ない」

 沖田は静流に向き直った。

「それで、 明後日は8時30分開園であるから7時頃に車を向かわせる♪」
「え? そんなに早く?」

 静流は隣で様子を窺っていた真琴に顔を向けた。
 真琴は平静を装いながら静流の問いに答えた。

「そうらしいね。 8時頃にはもう行列が出来てるって朋子が言ってた……」 
「うひゃあ……苦手なんだよなぁ、 人ごみ……」

 静流のテンションが急降下していく。

「も、 問題無いぞ静流殿! 入場制限が設けてあるので混雑もそれほどではないと思うぞ?」
「そうですか? それならイイんですけど……」

 不安そうな静流を必死に説得する沖田に、静流は苦笑いで答えた。
 睦美は沖田に聞いた。

「何でもチケットを購入した上に『来場予約』とやらが必要らしいな? 当日は問題無いのか?」

 睦美の問いに、沖田は余裕の表情で答えた。

「フッフッフ……その点は問題ない。 何故なら吾輩は……『ヨンリオ』の株主だからなっ」ビシッ!


「「「ほぉ~っ?」」」 


 沖田がポーズを取ると、周囲から感嘆の声が上がった。

「そんで、 株主やとどんな特権があるんや?」
「カナメ、 聞いて驚けよ?」

 カナメの問いに、ドヤ顔の沖田が張りのある声で言い放った。

「株主優待でチケットの手配は勿論、 入場口が株主専用に用意してあるのだ! 従って行列は皆無!」


「「「おぉ~っ!」」」 


 静流のテンションが少し上がった。

「しかーも! 各アトラクションにも優先的に参加出来る上、 ランチも個室で愉しめるのだ!」


「「「おぉ~っ!」」」 


 静流の機嫌がみるみる良くなっていく。

「それはスゴい! 楽しみになってきたぞぉ♪」パァァァ

 テンションMAXの静流が、ついにニパを発動した。


「「「はっふぅぅん♡」」」


 ニパを浴びた三人が若干よろけた。

「うひょーっ! まるで株主無双やな? 一体どの位の株を所有してるん?」
「それは言えんよ。 もっとも貴様らに言ってもピンと来んだろうよ」

 カナメの問をやんわりとかわし、沖田はお茶を濁した。 

「とにかく! 当日は混雑等のストレスは感じさせないゆえ、存分に楽しめる一日になるだろう!」

 静流はビュートランドの小冊子をめくりながら、ポツリと呟いた。

「でも、 いろんなアトラクションがあるけど、どれを見たらイイんだろう?」
「なぁに、 吾輩に任せておけ! 周回スポットは頭に入っている♪」



              ◇ ◇ ◇ ◇



 回想が終わり、静流は深いため息を吐いた。

「楽しみではあるけど、 先生と二人っきりってのがなぁ……」

 静流はそう呟きながら横で寝ているロディを撫でていた。 

「お供しましょうか? 静流様?」
「大丈夫だよ。 イヤイヤ行くわけじゃないからね。 ただ……」

 いったん言葉を切った静流。

「間がもたない、 かなぁ……」

 かなり前から遠くで静流をずっと見守っていた沖田は別として、静流は沖田の事をあまり詳しく知らない。
 そんな事を考えていると、廊下の方で足音が次第に大きくなってきた。

 バァン!

 美千留は部屋に入って来るなり若干興奮気味に言った。

「しず兄! 明日『ヨンリオ』に行くってホント!?」
「行くけど? 何か?」
「誰と?」

 そっけない態度の静流に、眉間にしわを寄せる美千留。

「沖田先生。 お前も知ってるだろ?」
「ボスが相手? 予想外……」

 美千留にとって沖田は『良き協力者』である。
 美千留は学校や五十嵐家に【結界】を構築してもらう事の『報酬』として静流が身に着けていた物を渡していたのだ。
 『静流派』のメンバーとも面識があり、そのトップであった沖田を『ボス』と呼んでいた。

「ふぅん。 ボスなら無茶しないか。 それよりコレ、 明日買って来て!」パサッ

 美千留は静流の前にメモを放り投げた。
 そのメモを見た静流の目が大きく開いた。

「何だよ……え? これ全部?」
「そう。 全部」
「お金は? 僕の小遣いは期待しないでくれよ?」
「わかってる!」

 美千留は静流に小さい小銭入れを放り投げた。
 静流は小銭入れを開き、中を確認した。

「……確かに」
「お釣り、 誤魔化さないでよ?」

 突然隣の家の窓が開いた。
 そして屋根伝いにづかづかとやって来たのは真琴だった。

 ガラッ

「真琴? どうした?」
「コッチが聞きたいよ。 随分騒がしかったけど何かお困りかな?」
「何にも? しず兄に明日の買い物を指示してただけ」
「ふぅん……そっかぁ」
 
 静流は昨日から、真琴や睦美たちが妙に消極的な態度を取っている事が不気味だった。
 通常であれば、真琴などは当日の事をウザい位に根掘り葉掘り聞いて来る筈である。
 静流は眉間にしわを寄せて真琴に聞いた。

「真琴……明日って何か企んでないよね?」
「え? 何だろうその疑わしい目つき……何もないよ? あたしだってヒマじゃないし!」

 静流にジト目で見られ、しまいにはキレ気味に弁解する真琴。

「そうだよな。 疑って悪かったよ」
「フム。 わかればよろしい」

 静流に謝られ、苦笑いで返す真琴は何かぎこちなかった。
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