上 下
481 / 587
第9章 冬の……アナタ、どなた?

エピソード56-39

しおりを挟む
保養施設内 露天風呂 女湯

 満点の星を眺めながら、岩風呂に浸かるエスメラルダとラチャナ。

「ふぅー。 ひと仕事終えたあとのお風呂は格別ねぇ~♪」 

 ラチャナは手ぬぐいを頭に乗せ、首までお湯に浸かっている。
 隣にいたエスメラルダが、そんなラチャナをジト目で見ながら言った。

「イイのかい? 最後の仕上げを若造に丸投げして?」
「大丈夫です♪ さっきまで式神に見張らせてました。 ちょっと危なかったけど、 無事にキャサリンの元に送り届けたみたいです♪」
「ほぉ、 そうかい……少しはやるもんだね」

 エスメラルダは星を眺めながら呟いた。

「……キャサリンか。 たくましい女だよ、 あの子は……」
「確かに。 お子さん何人でしたっけ?」 
「男9人の女7人、 16人さね」
「うひゃぁー! そりゃあ頑張ったね……」

 ラチャナは素直にキャサリンに尊敬の念を抱いた。

「一番下は確か、 静流と同い年だったな……ウチの学園に入れようと思ったらしいが、 失敗したようだ」
「へぇ。 あのキャサリンが子育てねぇ……想像がつかないわ……」
 
 ラチャナはそう言って苦笑いした。

「退役してもう40年くらいか……S級スナイパー『スティンガー・リンクス』がねぇ……」  
「狙撃の正確性はキャリーと良い勝負だった。 相性は最悪だったが……」
「そりゃあもうって……あり?」
  
 ラチャナは何か重大な事に気付いたようだ。

「……閣下、 少しマズい事になりませんかね?」
「どうしたんだい、 ラチャナ?」
「今夜、 この施設内にその二人がいるんですよ? 万が一、 鉢合うような事があったら……」
「ナヌ? あたしゃ面倒事は御免だね!」

 ラチャナが皆まで言う前に、エスメラルダは不機嫌そうにそう言った。

「監視に式神を付けますが、 何かあったら最悪の場合……」 

 そう言ってラチャナは、祈るようにエスメラルダを見た。

「ああもうわかった! 全くどいつもこいつも……」

 エスメラルダはブツブツ言いながら、首までお湯に浸かった。



              ◆ ◆ ◆ ◆



保養施設内 バー『ジャムル・フィン』

 シズルーに自分を呼んだ趣旨を聞かれ、返答に困っているキャリー。

「何を飲む? 当てようか?」

 強引に話題を変えるキャリー。

「そうね……バーボンかしら?」
「いや、アイスキャラメルマキアートを豆乳とディカフェに変更したものを中ジョッキでくれ」

 シズルーはスラスラと某有名コーヒーチェーン店のメニューにありそうなものを注文した。

「は? 何ソレ? お酒じゃないよね?」

 呆気にとられたキャリーが全力でツッコミを入れた。

「きゃあ♡ シズルー様ったら、 今どきのJKみたぁい♡」
「非番の時もアルコールは控えろと? 流石です大尉殿♡」

 部下の二人は既に両目がハートマークになっている。
 それを目障りに思ったのか、キャリーは二人に告げた。

「アンタたち? もう帰ってイイわよ?」シッシッ 

 そう言ってキャリーは、二人に向けて右手で追い払う仕草をした。

「え!? そんなぁ……」
「私たちがいたら、 何かマズい事でも?」

 二人は突然言い渡された命令に、不満たらたらだった。

(チャンス! この隙に帰るか……)

 その時、シズルーが動いた。

「そう言う事なら、私は帰らせて頂く」スッ

 おもむろに立ち上がったシズルーに、キャリーは慌てふためいた。

「ち、 ちょっと待ってぇん……わかったわ。 好きなだけいなさい」

「「わぁーい♡」」

 仕方なく部下たちをその場に留めたキャリーに、 部下たちの機嫌は瞬時に回復した。

「ささ、お飲み物が届きましたよ♡」
「ご着席下さい、 大尉殿♡」
「う、 うむ……」
(そう簡単に帰してくれないか……トホホ)

 二人の部下に、ほぼ強引に座らされるシズルー。
 キャリーは自分のターンといわんばかりに、質問を次々にシズルーにぶつけた。

「お住まいは?」
「……日本」
「お歳は?」
「……26歳」
「好きな食べ物は?」
「サッポロ二番カニ味噌味、 抹茶クリームぜんざい、 干しタガメ……」
「ご趣味は?」
「食虫植物の栽培、軍人将棋は嗜む程度に指す……」

 矢継ぎ早に質問を繰り出すキャリー。
 ジョアンヌは何故か必死にメモを取っている。
 質問責めのキャリーに、カミラは横やりを入れた。

「ちょっとママ! 聞いてばっかりじゃなくて、自分の事も話したら?」
「そ、そうね。 ちょっとがっつき過ぎたわね……」

 キャリーは自分の事を話し始めた。
 従軍した歳や、今までに勤務した駐屯地等をかなり端折りながら語った。

「『あの方』の部隊に所属していた頃が一番華やかだったわね。 その後は裏の仕事ばかりで今に至るって具合。 つまらない話だったでしょ?」
「『あの方』の部隊とは?」

 シズルーが質問すると、キャリーはドヤ顔で自慢した。

「聞いて驚くわよ? かのローレンツ閣下の部隊『ギャラクティカ・ファントムズ』の、サポート部隊のひとつ『セブン・リンクス』よ!」
「フム……名前は聞いた事があるな……」

 シズルーは素直に感心した。知っていたのは勿論前者であり、エスメラルダと三船一郎が使っていたチーム名であったからである。
 『リンクス』とは山猫の事で、恐らく諜報活動に特化した部隊だったと推測される。
 それを聞いて、ジョアンヌは自慢げにキャリーに言い返そうとした。

「それでしたら、シズルー様も負けていませんよ? 何と言ってもシズルー様の直属の……」モゴ

 シズルーは咄嗟に、ジョアンヌの口を二本の指で止めた。

「おしゃべりはそこまで、 だ!」
「ふぁ、 ふぁぃぃ♡」

 零距離で見つめられ、ジョアンヌは言われるがままに従った。

「何よ気になるわね……ま、イイわ。 興味があるなら、『ヴァルキリー年鑑』を御覧なさい?」

 さりげなく過去の栄光を自慢するキャリー。
 カミラは苦笑いしながら話題を変えようとした。

「そんな大昔の事より、最近のママはどうなの?」
「最近? もっとつまらないわよ? ここ数年不作でね……」
「フム……野菜でも栽培しているのか?」
「違うわよ! 誰が好き好んで野良仕事なんぞするか!」

 シズルーの問いに、大きく溜息をついたキャリー。
 そのあと、耳を疑う様な事をキャリーは口走った。

「決まってるでしょ? 男よ! オ・ト・コ♡」

 キャリーはそう言って親指を立てた。

「「マ、 ママ~!?」」

 部下二人が同時にツッコんだ。

「どいつもこいつも、 細っちいモヤシみたいな奴ばかりで、 狩る意欲も湧かないのよね……」 

 あまりにストレートな発言に、部下たちも戸惑っていた。

「ママ! いくら何でもド直球過ぎるよ!?」
「大尉が気分を悪くされる! こんな事になるってわかってたら、 ママに謁見させなかった!」

 部下がギャンギャン言い始めたので、キャリーは鬱陶しそうに言った。

「安心して? 私が求めるのは『初物』なの。 アナタを取って食ったりしないから」
「『初物』とは、 どう言う意味だ?」
「「えっ!?」」

 シズルーは持ち前の天然を発動した。
 驚いて同時にシズルーを見る部下たち。

「は? 何トボけてるの? 経験よ経験。 アナタなら恋人の二人や三人、いや十人? いたんでしょ?」

 キャリーは呆れ顔でシズルーに聞いた。

「恋人?……そんな奴は生まれて此の方、 いない」

 シズルーの返事に、ジョアンヌは慌てふためいた。

「ちち、 違うのよママ! 大尉殿は俗世に疎いというか…はっ」

 ジョアンヌがキャリーの異変に気付いた。
 カミラが恐る恐るキャリーに話しかけた。

「ママ?……ママ? おーい」
「恋人がいない? 今まで一度も? 26年間?」

 キャリーはだんだんと語気を強めながらシズルーに聞いた。

「ああ。 いないな……」
「まぁ!?」
「シ、 シズルー様っ!?」

 平然と答えるシズルーに、ジョアンヌは悲鳴に近い声を上げた。 
 暫くフリーズしていたキャリーが、ゆっくりと口を開いた。

「……いた。 26年物……フフ、 フフフフ」
「ママ? 何を考えてるの?」
「冗談……だよねママ?」

 驚愕の表情を浮かべる部下たちを無視し、シズルーに指鉄砲を向けるキャリー。

「ロック……オォォォーンッ!」

 先ほどまでの死んだ魚のようなキャリーの目に、眩しいほどの光が戻った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

処理中です...