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第9章 冬の……アナタ、どなた?
エピソード54-7
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柳生家 居間――
奥から料理をお盆に乗せた睦美が、意気揚々とやって来た。
「お待たせしました。 夕食の準備が出来ました!」
居間の長机にあれよあれよと料理が置かれて行く。
「有り合わせで済まないが、今日のは我ながら会心の出来だぞ?」
「スゴい。 僕たちがお風呂に入っている間に、ここまで準備出来るんですか?」
「まぁな! 解説しよう! 先ず前菜のこれだが――」
睦美が喜々として料理について説明を始めた。
並べられた料理は、
・クラゲの和え物
・鳥むね肉と根菜のテリーヌ
・ぶり大根
・ジャブロー産 オマール海老のコンソメゼリー寄せ
・ホイコーロー
・ザンジバル風 スズキのポアレ キシリア産レモンクリームソース
・肉じゃが
・バララント産ファッティー茸とクエント産カキのリゾットベルゼルガ風
・国産牛フィレ肉とブブゼラ産フォアグラのロースト
・ウド産コーヒーのシフォンケーキ
とバラエティーに富んだメニューであった。
「和食に中華、あとはフランス料理ですか? これを全部? スゴいなぁ……」
置かれた料理はどれも彩りが豊かで、素晴らしい出来映えだった。
目の前の光景に、静流は感嘆の溜息をついた。
「成程なぁ、 昨日からゴソゴソやっていたのは、これの――ぶごっ」
「――たまたま丁度イイ物が冷蔵庫にあったのでな。 つい作り過ぎたか?」
広海が何か言いかけたが、直ぐに睦美に遮られた。
睦美は席に着くと茶碗を取り、おひつからご飯をよそった。
「ほれ、親父殿」
「うむ」
広海はごく自然に睦美から茶碗を受け取った。
そのあと静流の前にご飯と豆腐の味噌汁が置かれた。
そしていつの間にか箸が置かれている事に気付いた。
「ご飯とお味噌汁……お箸ですか?」
「ん? ウチではこれがデフォルトだが?」
柳生家では当たり前なのかもしれないが、静流は目を疑った。
広海は静流の問いに首を傾げた。
「驚きました……僕はてっきりナイフとフォークで食べるのかと」
「ああ。 その事か。 それは確かに驚くな。 フフフ」
静流の指摘に、睦美は吹き出しそうになった。
「親父殿はそう言う格式ばったものが嫌いでね、 ウチでは無礼講上等なのだよ」
「そうだったんですね? 良かった……ふぅ」
それを聞いた静流は、安堵のため息をついた。
「どうしたのかね? 静流キュン?」
「あ、 並べられた料理が何かハードル高くって、 僕、からっきしなんですよね、 テーブルマナーが……」
そう言って少し恥じらいだ静流を、広海は可愛らしく感じた。
「なぁんだ。 そんな事か。 ウチがそう言うの関係ないって、 このシチュエーションでわかるだろう?」
広海に言われ、静流は部屋全体を見回した。
「畳の和室でフレンチなんて、 普通はありえないだろう?」
「確かにそうですね。 フフフ」
睦美はプレート皿を出し、メインの料理を切り分けて皿に盛っている。
広海はそれを見ながら、穏やかな口調で静流に言った。
「勿論、 当然そういうシチュエーションの時のマナーは心得ているよ。 もっとも、日本の一般家庭で本格的なフレンチを出すケースは極まれだとは思うがね」
「静流キュンは、フレンチが高級レストランでしか味わえないと思っている。 それが先入観というものだ」
プレート皿におかずを見栄え良く盛りつけた睦美が、そう言ってプレート皿を静流の前に置いた。
「そうか。 だからフランス料理ってハードルが高く感じるのか……」
「左様。 『マナーがわからない』そんな理由だけで好きなものを食べる事を諦めるなんて、 それこそナンセンスだろう?」
配膳が終わり、睦美が微笑みながら静流たちに言った。
「さぁ、 召し上がれ」
「「いただきます」」
静流たちは手を合わせてそう言い、箸を取った。
静流は先ず味噌汁を口に含んだ。
内心気が気でない睦美は、ソワソワしている自分を悟られまいと必死に平常を保っていた。
「うん……おいしい」
「そうか? お口に合ったなら幸いだ」
静流の一言が聞けて、睦美は内心で安堵した。
それから静流の食レポが始まった。
「うはぁ、 この魚、 ソースがクリーミーですごく美味しいです!」
「うんうん♪」
「うわぁ、 このエビ、 プリップリだぁ」
「うんうん♪」
「肉じゃがも最高です。 ご飯がすすみますね」
「そうだろう? おかわりもあるからな。 ほれ、ご飯粒が付いているぞ?」
「あ、ありがとうございます」
甲斐甲斐しく静流の世話を焼く睦美に、照れながらもそれに甘える静流。
二人のやり取りを見ていた広海は、嬉しそうにロックグラスを傾けた。
いつの間にかビールからブランデーをロックで飲んでいる広海だった。
「ミッション成功だな! おめでとうムーちゃん♪」
「なっ!? 何をトチ狂った事を?」
「ミッション? 何の事です? 睦美先輩?」
広海の言い草に首を傾げる静流。
睦美は両手を広海にかざし、小刻みに震わせた。
そして広海の様子がおかしい事に気付いた。
「む? 親父殿? いつの間にカミュにかえた?」
「そんな事イイだろ? なぁ良美?」
「母様!? いるのか? そこに……」
睦美は驚愕し、広海が見ている周辺を凝視した。
良美とは睦美が8歳の時死別した母親で、広海の妻である。
「照れるとオッサン口調になる所、 昔のお前にそっくりだな。 ハッハッハ」
にこやかに談笑しているが、広海の視線の先には誰もいない。
「いるのか母様! いるなら姿を見せてくれ!」
「睦美先輩! 落ち着いて下さい!」
睦美の様子がおかしくなった事に、静流は動揺を隠せなかった。
「お前もそう思うか? コイツが選んだ相手だ。 私も異論はないよ」
ロックグラスを片手に、隣の空間に話しかけている広海。
とうとう睦美は、父親の態度に怒りの感情をぶつけた。
「親父! 冗談にも程がある! 故人に失礼だろうが!?」
「待ってください! 何か感じませんか?」
掴みかかろうとした睦美を制したのは静流だった。
「む? 私は何も感じないが?」
「ちょっと待って下さい、 コレを使うか……」ピッ
静流は防護メガネのつるにあるボタンを操作し、赤外線モードに切り替えた。
「あっ! 睦美先輩、 あそこの辺りが異常に温度が低くなっています」
「何だと静流キュン!? では?」
睦美に緊張が走る。静流は目の前の状況を、冷静に言葉にした。
「何かいますね。 少なくとも先生はふざけてはいませんよ……」
「な、 何だと?」
奥から料理をお盆に乗せた睦美が、意気揚々とやって来た。
「お待たせしました。 夕食の準備が出来ました!」
居間の長机にあれよあれよと料理が置かれて行く。
「有り合わせで済まないが、今日のは我ながら会心の出来だぞ?」
「スゴい。 僕たちがお風呂に入っている間に、ここまで準備出来るんですか?」
「まぁな! 解説しよう! 先ず前菜のこれだが――」
睦美が喜々として料理について説明を始めた。
並べられた料理は、
・クラゲの和え物
・鳥むね肉と根菜のテリーヌ
・ぶり大根
・ジャブロー産 オマール海老のコンソメゼリー寄せ
・ホイコーロー
・ザンジバル風 スズキのポアレ キシリア産レモンクリームソース
・肉じゃが
・バララント産ファッティー茸とクエント産カキのリゾットベルゼルガ風
・国産牛フィレ肉とブブゼラ産フォアグラのロースト
・ウド産コーヒーのシフォンケーキ
とバラエティーに富んだメニューであった。
「和食に中華、あとはフランス料理ですか? これを全部? スゴいなぁ……」
置かれた料理はどれも彩りが豊かで、素晴らしい出来映えだった。
目の前の光景に、静流は感嘆の溜息をついた。
「成程なぁ、 昨日からゴソゴソやっていたのは、これの――ぶごっ」
「――たまたま丁度イイ物が冷蔵庫にあったのでな。 つい作り過ぎたか?」
広海が何か言いかけたが、直ぐに睦美に遮られた。
睦美は席に着くと茶碗を取り、おひつからご飯をよそった。
「ほれ、親父殿」
「うむ」
広海はごく自然に睦美から茶碗を受け取った。
そのあと静流の前にご飯と豆腐の味噌汁が置かれた。
そしていつの間にか箸が置かれている事に気付いた。
「ご飯とお味噌汁……お箸ですか?」
「ん? ウチではこれがデフォルトだが?」
柳生家では当たり前なのかもしれないが、静流は目を疑った。
広海は静流の問いに首を傾げた。
「驚きました……僕はてっきりナイフとフォークで食べるのかと」
「ああ。 その事か。 それは確かに驚くな。 フフフ」
静流の指摘に、睦美は吹き出しそうになった。
「親父殿はそう言う格式ばったものが嫌いでね、 ウチでは無礼講上等なのだよ」
「そうだったんですね? 良かった……ふぅ」
それを聞いた静流は、安堵のため息をついた。
「どうしたのかね? 静流キュン?」
「あ、 並べられた料理が何かハードル高くって、 僕、からっきしなんですよね、 テーブルマナーが……」
そう言って少し恥じらいだ静流を、広海は可愛らしく感じた。
「なぁんだ。 そんな事か。 ウチがそう言うの関係ないって、 このシチュエーションでわかるだろう?」
広海に言われ、静流は部屋全体を見回した。
「畳の和室でフレンチなんて、 普通はありえないだろう?」
「確かにそうですね。 フフフ」
睦美はプレート皿を出し、メインの料理を切り分けて皿に盛っている。
広海はそれを見ながら、穏やかな口調で静流に言った。
「勿論、 当然そういうシチュエーションの時のマナーは心得ているよ。 もっとも、日本の一般家庭で本格的なフレンチを出すケースは極まれだとは思うがね」
「静流キュンは、フレンチが高級レストランでしか味わえないと思っている。 それが先入観というものだ」
プレート皿におかずを見栄え良く盛りつけた睦美が、そう言ってプレート皿を静流の前に置いた。
「そうか。 だからフランス料理ってハードルが高く感じるのか……」
「左様。 『マナーがわからない』そんな理由だけで好きなものを食べる事を諦めるなんて、 それこそナンセンスだろう?」
配膳が終わり、睦美が微笑みながら静流たちに言った。
「さぁ、 召し上がれ」
「「いただきます」」
静流たちは手を合わせてそう言い、箸を取った。
静流は先ず味噌汁を口に含んだ。
内心気が気でない睦美は、ソワソワしている自分を悟られまいと必死に平常を保っていた。
「うん……おいしい」
「そうか? お口に合ったなら幸いだ」
静流の一言が聞けて、睦美は内心で安堵した。
それから静流の食レポが始まった。
「うはぁ、 この魚、 ソースがクリーミーですごく美味しいです!」
「うんうん♪」
「うわぁ、 このエビ、 プリップリだぁ」
「うんうん♪」
「肉じゃがも最高です。 ご飯がすすみますね」
「そうだろう? おかわりもあるからな。 ほれ、ご飯粒が付いているぞ?」
「あ、ありがとうございます」
甲斐甲斐しく静流の世話を焼く睦美に、照れながらもそれに甘える静流。
二人のやり取りを見ていた広海は、嬉しそうにロックグラスを傾けた。
いつの間にかビールからブランデーをロックで飲んでいる広海だった。
「ミッション成功だな! おめでとうムーちゃん♪」
「なっ!? 何をトチ狂った事を?」
「ミッション? 何の事です? 睦美先輩?」
広海の言い草に首を傾げる静流。
睦美は両手を広海にかざし、小刻みに震わせた。
そして広海の様子がおかしい事に気付いた。
「む? 親父殿? いつの間にカミュにかえた?」
「そんな事イイだろ? なぁ良美?」
「母様!? いるのか? そこに……」
睦美は驚愕し、広海が見ている周辺を凝視した。
良美とは睦美が8歳の時死別した母親で、広海の妻である。
「照れるとオッサン口調になる所、 昔のお前にそっくりだな。 ハッハッハ」
にこやかに談笑しているが、広海の視線の先には誰もいない。
「いるのか母様! いるなら姿を見せてくれ!」
「睦美先輩! 落ち着いて下さい!」
睦美の様子がおかしくなった事に、静流は動揺を隠せなかった。
「お前もそう思うか? コイツが選んだ相手だ。 私も異論はないよ」
ロックグラスを片手に、隣の空間に話しかけている広海。
とうとう睦美は、父親の態度に怒りの感情をぶつけた。
「親父! 冗談にも程がある! 故人に失礼だろうが!?」
「待ってください! 何か感じませんか?」
掴みかかろうとした睦美を制したのは静流だった。
「む? 私は何も感じないが?」
「ちょっと待って下さい、 コレを使うか……」ピッ
静流は防護メガネのつるにあるボタンを操作し、赤外線モードに切り替えた。
「あっ! 睦美先輩、 あそこの辺りが異常に温度が低くなっています」
「何だと静流キュン!? では?」
睦美に緊張が走る。静流は目の前の状況を、冷静に言葉にした。
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