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第9章 冬の……アナタ、どなた?

エピソード54-5

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柳生家 居間――

 来年早々に静流の絵が国宝に指定されるか否かを協議する『国宝審査会』が行われ、その際にゲソリック総本山の使者が出席するとの情報を得た。
 国宝審議会のメンバーである広海が、かつて『流刑ドーム』に追放されたモモたち一家を救出すべく一肌脱ぐ事を約束してくれた。

「イイぞぉ! これでお姉様たちはコチラに大手を振って戻って来て下さる!」
「ホントに、 何てお礼を言ってイイのやら……」


「「ありがとうございます」」

 
 睦美と静流は、広海に向かい、正座して頭を下げた。

「おいおい早合点するな! あくまでも仮説でまだそうと決まったわけでは無いのだぞ?」

 広海は手をブンブンと振り、急にかしこまった二人を制した。  

「親父殿の仮説と私たちが掴んだ情報が異常なほどに合致するのだ。 つまり、 説得力MAXなのだよ」
「まるで全てのパズルのピースが、 ぴったりとハマった時みたいな感覚ですね」

 そう言った二人の顔は、実に清々しい顔だった。 
 そんな二人を見て、広海は言葉を選びながら慎重に発言した。

「静流クン、 今のキミには酷かもしれんが、 一つ忠告しておく」
「何でしょう? 広海先生?」

 いつの間にか先生呼ばわりされている広海だったが、ツッコミは我慢した。
 
「趣味レベルで作り出した女神像が、 偶然にも本当の女神に気に入られ、その姿で顕現された事、 それは想像を遥かに上回る出来事だ」

 そこで言葉を切り、二人の顔を交互に見た広海。

「わかっているさ。 なぁ静流キュン?」
「はぁ。 この件が相当バチ当たりだったって事は、 僕なりに痛感しています……」

 悪びれた様子もない睦美に対し、事の重大さを感じ、小さくなっている静流。

「起こってしまった事は仕方ない。 ただ、 今後の振る舞いに気を付けるんだ、 静流クン」
「と、 言いますと?」
 
 広海の言った事に対し、キョトンとしている静流。

「簡単に言うと、現在キミは疑似的にではあるが女神シズルカの『創造主』となっているわけだ!」
「そ、創造主? そんな大袈裟な……」

 広海にそう言われ、ますます小さくなる静流。

「成程。 って事は、 創造主の権限で女神を使役する事が可能となるかも知れんな? ウホー!」
「可能性は大いにあるだろう。 だがしかし!」

 浮かれている睦美を一喝した広海。

「いち高校生がそんな『権能』を取得したとなれば、 各機関が放って置かないだろう……」
「それはマズい。 これ以上政府に目を付けられては、 静流キュンの自由が奪われてしまう! ならん! 絶対にならん!」

 広海のひと言で睦美の緩んでいた顔が一瞬で険しい顔に変わった。

「拉致・研究施設行き・実験・解剖・薬品漬け……そんなのイヤです!」

 静流の顔がみるみる青くなり、睦美は慌てて静流を介抱した。

「落ち着くんだ静流キュン! おい親父! 表現がストレート過ぎるぞ!?」
「済まん、 だがこれだけは肝に命じておいてくれ」
 
 睦美に睨まれながら、広海は声を低くして静流に言った。 

「この状況、 絶対に他言無用だぞ? イイな?」
「わ、わかりました、 先生」
「うむ。 わかればよろしい」

 静流の返事を聞き、大きく頷いた広海は、手をポンと叩いて睦美に声をかけた。

「そうと決まれば睦美! 宴の準備だ!!」

 いきなりそう言われ、睦美はキョトンとした顔で広海に聞いた。

「は? 親父殿、 何故に『宴』なのだ?」
「私と静流クンのお近づきの宴だ! 静流クン、 まだイイだろう? ウチで夕食を摂りなさい」
「え? でも……」

 広海にせっつかれ、静流は頼りない視線で睦美を見た。
 睦美は静流にデレデレになっている父親に、深いため息をついた。

「私に息子が出来た様な気分なのだ! そうだ! 一緒に風呂でもどうかね?」
「え? ええ~!?」

 グイグイ来る広海に、静流はたじろいだ。
 睦美は困った顔で静流に言った。

「静流キュンが許すのなら、 親父殿の願い、 叶えてやってはくれまいか?」
「許すも何も……では、 お言葉に甘えて」

 静流のOKが出るなり、広海の顔がパァーッと明るくなった。

「そう来なくちゃな! 睦美、 とっておきの酒も出そう♪」
「はいはい。 仰せのままに」

 上機嫌な広海に、睦美はまた溜息をついた。



              ◆ ◆ ◆ ◆


柳生家 浴室――

 夕食を睦美が用意している間に、結局広海と風呂に入る事となった静流。
 脱衣所で生まれたままの姿となり、手ぬぐいを腰に巻いた静流は、浴室のドアを開けた。

「うわぁ……広いな」 

 一般の風呂場とは違い、民宿の大浴場程の大きさだった。
 詰めれば大人が十人は入れるサイズの湯船に、広海が先に浸かっていた。

「どうだい? ちょっとしたもんだろう? ココは男湯で、隣に小さい女湯があるんだ」
「スゴいですね? 旅行に来たみたいです!」

 軽く体を洗い、湯船に浸かる静流。

「ふぅ。 丁度イイ湯加減です……」
「久々に湯をMAXで張ったよ。 いつもは睦美と二人暮らしだから、小さい方の女湯を使ってるからね」
「えっ?」

 驚いた静流は、次の言葉が出なかった。

「二人暮らし? では、 お母さんは……」
「元々病弱だった妻は、 睦美が8歳の頃死んだよ……」
「そうだったんですか……」
「丁度その頃、【真贋】の能力が発現したんだ」

 広海は天井の方を眺めながらそう言った。

「あの時、私の書斎にうっかり『黙示録』のオリジナルを置いていて、小さかった睦美がそれを手にした時、それは起こったんだ」
「黙示録って、『審判の日』とか『この世の終末』とかの、 ですか?」
「左様。 私の長年にわたる研究テーマだよ」

 広海は自論を展開した。

「何度となく回避して来た人類の滅亡だが、 統合軍が依然幅を利かせている以上、 脅威は無くなってはいないと思うのだよ」
「そう言えば、 軍の方が『来るべき終焉の時』の為の備えとして統合軍が存在しているって言ってました」

 空気が重く感じた広海は、にこやかに静流に言った。

「辛気臭い話は止めだ。 よし、 背中を流してやろう♪」
「あ、 いえ、 僕がお背中を流しますよ」
「そうかい? 悪いねぇ」
 
 湯船を出た静流は、洗い場で手ぬぐいを石鹸で泡立て、広海の背中を洗った。

「いやぁ、気持ちイイもんだな。 睦美とは小学校上がる前まで一緒に入っていたんだが」
「僕も、なんか久しぶりの感覚です。 父さんがウチに帰って来た時は、 こうして背中を流したのを覚えてます」

 そのあと、交代して広海が静流の背中を洗った。

「私に息子がいたら、こんな感じだったのかな?」
「いえいえ、 僕なんかよりもっと頼りがいのある、 睦美先輩みたいな方ですよ」
「うむ? それはつまり、 睦美が男勝りと言う事かい?」

 静流の言い草に、広海は困惑した。

「気を悪くされたらすいません。 でも、 睦美先輩は僕にとってはお姉さんでもあり、お兄さんでもある? みたいな、 常に有利な方向に僕の手を引いてくれる、 そんな方です」
「つまり、 睦美はキミにとっての『導き手』という事かい?」
「ある意味、 そうだと思います」

 広海の問いに肯定を示した静流の背中を見て、広海は大きく頷いた。

「そうかそうか。 私は嬉しいぞ」
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