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第9章 冬の……アナタ、どなた?

エピソード51-7

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膜張メッセ 偽装献血カー内 10:05時――

 開場の時間となり、正門から一般参加者が次々となだれ込んでくるのを、室内のモニターで見ているユズルたち。
 少し離れた所で、リリィと誰かが話しているが、上手く聞き取れない。

「ち、ちょっと待って下さいよ、先生!」
「そうやって隠そうとするって事は、やっぱり何かあるのね?」

 リリィの制止を振り切り、先生と呼ばれた者が、ユズルたちの所に辿り着いた。

「何? 誰か来たの? って、え?」
「ア、アナタ、何て格好してるの!?」

 薫子と忍は、目の前に現れた者の出で立ちに、度肝を抜かれた。
 度肝を抜かれていたのは、相手も同じだった。
 震える手でユズルを指さし、絞るような声をあげた。

「ア、アナタ……ジン様?」
「カ、カチュア先生!?」

「ジン様ぁぁぁ~♡♡♡」

 そう叫んだカチュアは両手を上げて、ユズルに突進して来た。

「う、うわぁぁ!」

 ユズルは危険を感じ、ソファーから立ち上がった瞬間、カチュアがユズルに飛び付き、自身の胸をユズルの顔に押し付けた。

「逃がすもんですかっ!」ガシッ
「ふぐぅっ」むにゅぅ

 一瞬の出来事で、周りの者も目の前の光景に目を疑っていた。

「……カチュア先生に、サラ?」
「へ? 真琴、さん?」

 先に我に返った真琴が、カチュアとサラの名を呼ぶ。
 サラはパジャマ姿で、ユズルに抱き付いているカチュアは、何とベビードール姿で、下はパンティ一丁であった。

「ジン様、お会いしとうございました……ハァハァ」 
「や、止めて下さい、僕……です」
「あぁ……思えば遠い昔、アナタのマネージャーに騙され、手術の成功報酬だったアナタとの叶わなかった謁見、やっと実現したのですね?……嬉しい♡♡」

 カチュアはユズルの声はガン無視で、自分の遠い記憶を思い起こし、涙を浮かべている。

「ユズル様、この方はもしや……」

 今のカチュアの呟きに、鳴海は反応した。

「この淫乱教師、ユズルから離れなさい!」
「ダメだ、完全にラリってる」

 薫子が怒鳴っても、カチュアは正気を失っていた。
 カチュアに物凄い力で抱きしめられているユズルは、何とか動かせる右腕をカチュアの後頭部に置き、魔力を流した。

「ごめんなさい先生、『気持ちよくなぁ~れ』」ポゥ

 ユズルの手に紫色の霧が掛かると、カチュアの様子に異変が起こった。


「あっ、ああっ、ジン、さまぁ♡♡ うぐっ、イ、イグゥゥゥ♡♡」シュゥゥゥ

 
 カチュアの身体が大きくのけ反り、両目がハートマークのまま意識を失い、ピクピクと痙攣している。
 ユズルがカチュアの腰を抱き、そっとソファーに寝かせた。

「ふぅ、危なかったぁ……」
「ユズル、大丈夫? 何もされてない?」
「う、うん、何とか」

 薫子が心配そうにユズルをチェックする。
 拘束から解き放たれ、首をコキコキと鳴らしたユズルに、サラが不安げに話しかけた。

「あの……静流様、ですよね?」
「サラ? あ、そうか、この格好だった」シュン

 サラを安心させる為、素に戻った静流。

「静流様ぁ。良かった。いなくなってしまったのかと思いました」
「事前に説明しておけば良かった。ゴメン」
「い、いえ。私と先生も、早めに乗り込んでサプライズを仕掛けるつもりだったので……」



              ◆ ◆ ◆ ◆



 気絶したカチュアは、リリィたちが担いで浴場に連行していった。
 浴場から帰って来たカチュアは、頭にバスタオルを巻き、バスローブ姿になっていた。
 ソファーにどかっと座り、アイスティーを飲みながら、一同に問うた。

「ふぅ。さっきは取り乱して悪かったわね。で、説明してもらってもイイかしら? 静流クゥ~ン?」
「はい。では、僕から説明します」

 一時的に素に戻っている静流は、主な経緯を説明した。 
 
  ・静流がシズムの兄『ユズル』として芸能事務所に所属している事
  ・その事務所の代表は、七本木ジンの元マネージャーの三船シレーヌだという事 
  ・事務所のオーダーで、ユズルの容姿が七本木ジンに酷似している事
  ・今回のイベントは、ユズルとして参加している事

「んもう、それならそうと言ってくれればイイじゃないの!」
「す、すいません、カチュア先生」

 静流の説明に、すんなり納得したカチュア。

「まぁイイわ。さっきイッたからかしら、身体の調子がすこぶるイイのよね~」
「は、はぁ」
「それで静流クン、私をイカせたの、どう言う術式なの?」
「手に魔力を流して念じるんです、『気持ちよくなぁれ』って……朔也さんが夢で教えてくれました」
「夢で会ったの? ジン様に?」
「ええ。どこかで生きてるのは、間違いありません」
「良かったわぁ。いつか本物に会わせてね? 静流クン」
「はい、お約束します」

 続いて睦美が、今回のオファーについて説明を始めた。

「すいませんでした先生。配慮が足りませんで」
「もうイイわよ。で、私の仕事は?」
「こちらで待機して頂き、急病人が出た際に対応して頂きたいのです」
「わかった。あ、そうそう。作って来たわよ? 例のブツ」
「ありがとうございます。助かります」

 仕事の打ち合わせを終えたカチュアに、鳴海が話しかけた。

「失礼ですが、如月ドクターは、伝説の闇医者『黒孔雀』なのですか?」
「ん? かなり前にそう名乗ってた事もあったけど?」
「では、代表、三船シレーヌを魔法で性転換させたのは……」
「私よ。報酬にジン様に会わせてくれるって言ったのに、バックレやがって……」
「代表に聞きました。その少しあとに行方不明になったと……」
「そうだったの……しかしあんにゃろめ、随分エラくなったのね」

 静流は続いて、サラとこの後について確認した。
 サラはカチュアがノビている間にパジャマから着替え、軽い朝食も済ませていた。

「サラ、このあとお昼まで、僕とブースを見て回る事になってるんだけど……」
「はい! 静流様、今日はよろしくお願いしますっ!」
「それで、行きたい所とか、見て回る所は決めてる?」
「はい! ええとですね……」ゴソゴソ
 
 サラはポシェットからコミマケのパンフレットを出した。

「商業ブースのココとココは外せません! あと個人ブースですと……」

 サラはパンフレットの、マーカーでグリグリに染まっている個所を一つ一つ説明した。
 いつものおどおどしている雰囲気は無く、充実感に溢れていた。

「フフフ。サラ、イキイキしてるね?」
「はぅっ!? 私、一方的にしゃべってますね……すいません」カァァァ
「いや、イイんじゃないかな? 僕に聞かれても、よくわからないし」

 直ぐに顔が赤くなるサラを、微笑ましく眺めている静流。
 二人のやり取りを見て、二ヤついた右京と左京が真琴に話しかけた。 

「あの二人、何かイイ雰囲気ですよね? 真琴さん?」
「サラ先生には刺激が必要です。これで創作意欲倍増、間違い無しですっ!」
「くっ、仕事の打ち合わせですよ。所詮」

 すると、お姉様たちがサラにちょっかいを出して来た。
 薫子たちが学園に短期留学している際、当時中等部にいたサラは、絵が上手だった事から薫子たちに気に入られ、可愛がられていた。

「久しぶりね? サラ」
「薫子、お姉様……」
「アナタの描いた絵、最高だった」
「忍お姉様……」

 サラは、お姉様たちの自分を見る目が、さしずめ【ギラ】を使った時の様な攻撃的な視線にひるんだ。
 
「で? 静流とこれからナニをしようって言うワケ?」ズイ
「返答次第では、妹同然のアナタでも許さない」ズイ
「え? ええと……怒ってます?」 

 サラとの距離を、じりじりと詰めて来るお姉様たち。

「まぁまぁ、そうとんがらずに……」

「「静流は黙ってて!」」

 たまらず口を挟んだ静流に、思わずシンクロしたお姉様たち。
 サラは少し黙っていたが、真剣な顔になって姉二人に告げた。

「今後の活動に必要な資料を集めるんです! 静流様にも手伝ってもらいたいんです!」 

 いつもおどおどしているサラとは違い、きっぱりと言い切ったサラに、普段のサラを知っている者は意表を突かれた。

「そ、そうなの? それは熱心ね」
「それだったら許す」

 サラから発したオーラの様なものを感じ取り、お姉様たちは簡単に引き下がった。
 今までのやり取りを見て、睦美がサラに話しかけた。

「サラ先生、お姉様たちの許可が降りたようだね。何よりだ」
「ありがとうございますGM、はい! これで大手を振って静流様と……はっ」

 うっかり口を滑らせ、口元を抑えるサラに、お姉様たちの視線が突き刺さる。
 すかさず睦美がフォローを入れた。
 
「お姉様方、先生の引き出しを増やす為です。なにとぞお目こぼしを……」
「わかってるわよ、もう」
「モチベーションの維持は大事」
「わかってくれましたか。恩に着ます」

 あっさりと引き下がった睦美は、胸を撫で下ろした。
 しかし、すかさず忍はポーズを決め、睦美に言い放った。

「ただし、条件がある!」ビシィ
「じ、条件、ですか?」

 忍が提示した条件は、至極真っ当な条件だった。
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