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第9章 冬の……アナタ、どなた?

エピソード51-2

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国分尼寺魔導高校 桃魔術研究会 第一部室 08:30時――

「静流キュンは、『井川ユズル』として我がサークルのゲストと言う立場だからね?」
「おっと、そうでした」シュン

 睦美にそう言われ、静流は操作パネルをいじり、ユズルに変身する。
 服装は自分が今着て来たパーカーの色を、白から黒に変えた位であった。

「むほぉ、素の静流様も素敵ですが、ユズル様も捨て難いですねぇ……ムフ」
「結局、『僕』にコスプレするんで、わけわかんなくなってますよ……」

 と、複雑な気持ちを吐露する静流。

「私たちには極上フルコースで御飯何杯でもイケます!」フー、フー
「そのフレーズは、ルリさんも使うなぁ……僕をオカズにするって、一体……」

 ユズルの顔が若干青みがかった所で、右京はある事に気付いた。

「そう言えば、同朋たちの姿が見えませんが、 現地集合なのですか?」
「同朋? レヴィさん達ですか? 特に誘ってないから、来ないんじゃないですかね? 遠いし」

 ユズルがそんな事を言うので、右京は興奮気味に食い下がった。

「そんなワケありませんよ! 絶対来ますって!」フー、フー
「まぁまぁ、落ち着いて」
 
 興奮している右京をなだめ、睦美がフォローを入れた。

「恐らく一般参加者として来るつもりなのだろう。キミに悟られぬように、ね」
「僕に? 何でですか?」
「キミが『薄い本』に嫌悪感を抱いているから、だろうね」
「それは……そうですけど」
「あの方たちは、放置されている事も『ご褒美』なのだから、気付いても気付いていないフリをしてあげる方が喜ぶと思うね」
「ホントにもう、面倒な方たちだな……」

 【ゲート】の前に立ち、睦美が一同に告げた。

「それでは行きましょう、いざ、膜張へ、ゴー!」



              ◆ ◆ ◆ ◆



膜張メッセ 08:35時――

 第一部室に設置された【ゲート】をくぐると、そこは広大なホールであった。
 ブースの設営に、スタッフたちがせわしなく動いている。
 いきなり広がった空間に圧倒されるユズルたち。

「ほえ? 一瞬で着いちゃった……」
「右京姉さん、口が開いたまま。よだれ、よだれ」
「う、うん。やっぱ便利だよね?【ゲート】って」
「ええ。遠くから来て、早朝から並んでいる参加者様の事を考えると、申し訳ない気がしますね……」

 左京は、自分の周囲がかなり恵まれた環境にある事を実感した。

「うわぁ、広いなぁ。僕、現場には初めて来たんですよ」
「ユズル様の……初めて? ふぐぅっ! 差し込みが……」

 右京は突然右胸を押さえ、前かがみになった。

「右京さん?」
「大丈夫ですよ。ほら、しっかりして! この位でダメージ受けていたら、後が大変ですよ?」
「おっふぅ……失礼、取り乱しました」

 ユズルが心配そうにして見ているので、左京が声をかけると右京は直ぐに立ち上がった。

「うわぁ、コレ全部『薄い本』を売る人たち? 予想以上の規模ね?」

 キョロキョロと辺りを見渡している真琴に、睦美が言った。

「真琴クン、少なくともココでは『売る』のではなく、あくまでも仲間に本を配る時に印刷代をもらう、という体裁で『頒布』と呼んでいるのだよ」
「ちなみに真琴ちゃん、ココでは『お客様』の事を、親しみを込めて『参加者』と呼ぶのです!」ビシィ

 睦美の説明に、左京が付け加えた。

「そこ、こだわる所ですか?」
「勿論だとも」

 真琴の疑問に、睦美はそう答えた。

「そうです! ココで手に入れるのと、マロンブックスで手に入れるのとではワケが違うのです!」ハァハァ
「当然ココでしか買えない装丁だったりはするがね。 苦労して手に入れたものほど、愛着がわくと言うものだよ」
「はぁ、そんなもんですかね……」
 
 右京が言う事に、真琴は今一つ理解に欠けていた。

「ウチのブースはコッチだ。来たまえ」

 個人サークルのブースを見回しながら、睦美に付いて行くユズルたち。
 ユズルの腕には、いつの間にかシズムがべったりと抱き付いていた。

「ちょっとシズムちゃん!? 周りの目もあるんだから、わきまえなさい」
「イイじゃん、兄妹なんだから♪」
「こらこら」

 真琴が周りを見渡すと、さっきまで作業していたスタッフたちが手を止め、ユズルたちに注目している。

「ちょっとアレ、噂の?」ざわ…
「うわぁ、シズムンよ、カワイー」ざわ…

 すれ違う度に二度見される噂の兄妹。

「むほぉ。宣伝効果は抜群だ!」
「効果あり過ぎです! GM、これでは行く先々でもみくちゃにされてしまうのでは?」
「大丈夫だ。策は練ってある。おっと、ココだ。皆の者、ご苦労!」

「「「お疲れ様です! GM!!」」」

 桃魔のブースに辿り着くと、部員たちが一斉に挨拶した。
 長机4本を並べ、頒布品が見栄えよく陳列されている。

「ふむ。流石『五十嵐出版』ですね。常にシャッター前を確保している」

 特に人気のある個人サークルは、ホールの壁側を占拠する傾向があり、さらに出入口の前は、購入者の列をホールの外に作る事が出来る為、大手のサークルが利用する。

「そう言えば右京氏は、常連様でしたね?」
「ええ。陳列方法も洗練されていて、非の打ち所がありませんよ」

 右京の評価に満足した睦美が付け加えた。

「今年の五十嵐出版は、ひと味違いますのでお楽しみに」ニタァ
「くわぁぁ……仕事を忘れて凸してしまいそうです、ムフゥ」
「右京氏には特別に、『お取り置き』がありますから、ご安心を」
「ぐふぅ、かたじけない」

 そんなやり取りをしていると、奥からコツコツとヒールを鳴らしながら、スーツ姿の女性がこちらに向かって来た。

「お疲れ様です。皆様」チャ
「鳴海さん! お疲れ様です!」
「鳴海マネ、乙です!」

 その女性は、シズムたちのマネージャー、鳴海ショウコであった。
 鳴海はユズルに、今朝の騒動を詫びた。

「ユズル様、今朝は失礼致しました」
「いえいえ、こうして時間通りに来られたんですから、結果オーライですよ」

 鳴海は今朝四時ごろ、何を勘違いしたのか、鬼気迫る勢いでロディに連絡を入れた。
 その結果、静流が二度寝して目が覚めた時間が丁度良かったのだ。

「でも、あれって作戦だったんですよね?」
「いえ……単純に寝ぼけていました」ポォ

 鳴海は、自分の失敗に頬を赤くした。

「え? そうだったんだ……」
「なるちゃん、ドンマイ♪」
「コホン。よろしいですか? お二人共」チャ

 鳴海は気を取り直してメガネの位置を直した。

「今回のお二人の仕事は、この会場をランダムに周り、お楽しみの所を小松様に映像に残して頂きます」チャ
「そんなのでイイんですか? 仕事ですよね?」
「イイのです。この祭典は今や、世界中の人が注目しているのです!」チャ

 そこまで言い切った鳴海に、右京が付け加えた。 

「編集後は同時翻訳で『ニャンニャン動画』に公式で配信するんですよぉ~!」
「え? これって海外でも注目されてるの?」
「勿論だとも。 全世界が注目しているよ」

 驚いているユズルに、睦美は大きく頷いた。
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