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第9章 冬の……アナタ、どなた?

エピソード49-2

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小泉撮影所 Cスタジオ――

 駐車場でシズムたちと別れ、ユズルは右京とCスタに向かった。
 小松右京は映像制作会社の『株式会社ナマジカ』に所属する映像スタッフであり、以前リリィが『サムライレンジャー』のPV制作等で協力してもらった経緯がある。
 また、『薄い本』に関してはかなりのヘビーユーザーであり、白黒ミサも一目置いている逸材でもある。

「また、お会い出来た……ムフ、ムフフフ」
「右京さん、今日呼ばれたのって具体的に僕は何をすれば……右京さん?」

 並んで歩きながら右京に話しかけるも、右京の反応がおかしいのに気付くユズル。

「右京さん!」
「は、はひぃ! ち、近いです! え、と、何の話でしたっけ?」
「今日の、僕の仕事の事ですよ」

 ぼーっとしていた右京は、ぶんぶんと左右に首を振り、正気を取り戻した。

「ああ、すいません。 それが、新ライダーの企画がイマイチらしいんです」
「制作委員会の方々と、製作スタッフも揃ってて、ですか?」
「面目ない、って私はそんな立場じゃないんですけど、そう言うと思います」

 Cスタジオの中に入り、二階の会議室に行く。
 右京がドアをノックした。コンコンッ

「右京です! 井川ユズル様、お見えです!」カチャ

 右京がドアを開け、ユズルを先に通し、中に入る。

「おおユズル君、待ってたよ?」
「どうも下屋敷P。この度オファーを頂き、ありがとうございます」ペコリ

 そう言って深めに頭を下げ、戻す際にセミロングの髪がふわっとなびいた。 

「むっふぅ、超イケメンじゃないの右京ちゃん? 紹介して♡」

 女性の制作スタッフが、鼻息を荒くして右京に聞いた。

「えーこの方は、『ミフネ・エンタープライゼス』の最終兵器、井川ユズル様です!」

 若干興奮気味の右京に紹介されたユズルは、後頭部を搔きながら、照れ気味に自己紹介を始めた。

「井川ユズルです。『最終兵器』かどうかは置いといて、新人で素人同然の青二才ですので、遠慮なくご指導願います」パチパチパチパチ

 あくまで低姿勢で臨むユズルに、周りから自然に拍手が起こった。
 下屋敷Pは立ち上がり、ユズルの肩を叩いた。

「みんな、彼はな、あの特番での『影の立役者』なんだぞ?」
「ああ、あの時の。その節は助かったよ」
「ダッシュ7のコスプレを披露してくれた子よね? イカすわぁ」

 あの特番とは、歴代ライダーが総登場する『無免ライダー・レジェンド』の事だ。
 白黒ミサとシズムのオーディションの付き添いに来た際に、その特番の撮影を見学していた時に、歴代ライダーの変身ポーズのチェックを頼まれたりした経緯があった。



              ◆ ◆ ◆ ◆



「こいつはまだ準備稿なんだけどさ……」

 ユズルたちが席に着くと、二人の前に企画書が配られた。
 企画書のタイトルは、

 『新番組 無免ライダー タンク(仮)』

 であった。

 企画書をめくると、主役のライダーである、ティーガーⅠに加え、数種のデザイン案が入っていた。

「ふむふむ。モチーフは旧ドイツ軍の戦車ですか」 
「おお、鋭いね! そうなんだ。今度は戦車にスポットを当てようと思うんだ」

 デザイン案を眺めながら、ユズルは思ったことをそのまま口に出していた。

「成程。ティーガー戦車なら、派生型とか種類が豊富ですよね。追加装甲とかもあるし」
「そう!正にそこなんだ。 玩具メーカーもこれならと太鼓判を貰った、所までは良かったんだがな……」

 そこまで自慢げに解説していた下屋敷Pであったが、その後が続かなかった。

「ふむ。要するに、戦車を無理矢理二足歩行にする需要があるのか……って事ですよね?」ブツブツ

 右京がそんな事を呟くと、一同が同時に右京を見た。

「ひゃ。す、すいません、出しゃばりました……」
「いや、イイんだ。そう言った外の声を大事にしたい。どうかね? ユズル君の意見、聞かせてもらおうか?」

 下屋敷Pが話題をユズルに振った。
 ユズルは少し考えたあと、ゆっくりと口を開いた。

「一言で言わせてもらうと、従来のライダーっぽくないですね」
「ふむ。その心は?」
「先ず、ライダーには欠かせない、バイクです。戦車がバイクに乗るとなると、ちょっとスピード感が薄れそうで……」
「ふむふむ。それで?」
「ライダーと言うか、どっちかと言いますと『戦隊もの』の方が合っていると思いますね?」
「理由を聞こう」
「例えば、ティーガーを数種と、あと対空用のゲパルトとか、小回りの利く軽戦車とかを仲間にして、合体するとマウス級のデカい戦車になったり……」

 イメージが徐々に膨れ上がり、早口でまくし立てている自分に気付いたユズル。
 周囲のスタッフが、渋い顔をしている。 

「あ……すいません、取り乱しました」
「いや……キミの言う事もわかるんだ。戦車と言う物は、往々にして鈍重であるイメージが強い」

 ユズルの率直な意見を聞き、他のスタッフも感心していた。

「凄い想像力だ……数枚のラフを見ただけで、ここまでの発想が浮かぶとは……」

 初期プロットを見たユズルは、下屋敷Pに聞いた。

「この設定ですと、主人公は特に体を改造されるわけでは無いようですね?」
「いかにも。パワード・スーツ的な、『着る装甲』のイメージだね」
「昔あった『宇宙警部補シリーズ』、メタルヒーローに近いですね?」
「あ! それって、ユズル様がお好きなジャンルですね?」

 スタッフの一人が、ユズルの指摘に対して、ぼそっと呟いた。

「『チャバン』に『サリバン』か……懐かしいな……」

 下屋敷Pが話を進める。

「今、彼が言ったように、今回のライダーは生身の人間。つまり『人間臭さ』を前面に出したいのだ!」
「「おお~」」

 今まで難しい顔をしていたスタッフたちも、次第に意見を交わすところまでテンションを上げて来た。
 企画書を見つめていたユズルが、またぼそっと自分の意見を述べた。

「大昔の大戦時にパイロット候補だった主人公が、コールドスリープから目覚めて悪の組織と戦う、と言う設定なら、辻褄が合いそうですね……」
「ん? イイねそれ! 採用。 おい、メモ取ってるか?」
「勿論ッス!」
 
 あらかた設定が決まったので、下屋敷Pは本題に入った。

「初期プロットはイイな? あとはそうだな……変身ポーズの件なんだが……」

 中屋敷Pが言うには、特撮ヒーローものには欠かせない変身ポーズだが、数百本ものタイトルが出そろっている昨今、どれも似通ったものだったり、複雑にし過ぎて子供たちに受け入れられないとの問題が発生していると言うのだ。

「確かに、大体出尽くしてますね。人の身体なんて、決まった動作しか出来ないんですから」
「では、キミならどう考える?」
「う~ん、戦車が変身して戦うとすれば、『エンジン、スタート』みたいな、シンプルでイイんじゃないでしょうか?」
「レトロチックなのも、逆に斬新かも知れないな……」

「エンジン点火、『イグニッション・オン!』みたいな感じ、ではどうでしょう?」

 ユズルは立ち上がり、思い浮かべた掛け声とポーズを取って見せた。

「お、おお……イイんじゃないか? それ!」
「相変わらず綺麗なフォームだわ。素敵♡ まるで、アノ方の生き写しね……ムフ」

 ユズルのジェスチャー付きの熱弁に、周りのスタッフたちも顔を見合わせ、何度も頷いていた。
 女性スタッフは頬に手をやり、うっとりとユズルを見ていた。

「シンプルだが、それがかえってイイのかもな……」
「成程。それは盲点だった!」

 大体案が出そろった所で、下屋敷Pは会議の締めに入った。

「前作よりも上を目指す事ばかり考えているから、肝心な所を見失うんだ。みんな、今の感じで進めてくれ」 
「「「はいっ!」」」

 会議が終わり、スタッフは片付けを始めた。
 下屋敷Pがユズルたちに声をかけた。

「お疲れ。いやぁ助かった。正直どの方向で進めればイイのか、悩んでたんだ」
「随分強引な設定のようにも見えましたが?」
「実はね、玩具メーカーからプッシュされた企画なんだよ。デザイン先行だから、イメージが追い付かなくてね……」
「ぶっちゃけ、スポンサーあっての、ですもんね?」
「まぁ、仕事ってのは、往々にしてままならないもんだよ。ハハハ」
 
 メーカーと制作との板挟みになり、苦悩するプロデューサーの一面を垣間見たユズルたちであった。
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