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第8章 冬が来る前に

エピソード47-53

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ラプロス壱号機内――

 薄木航空基地を出発したラプロス壱号機は、東京、国分尼寺市の五十嵐家を目指していた。
 何だかんだやっていたら、午後9時過ぎになっていた。
 現在は光学迷彩を展開し、不可視化モードで飛行している。

「ココナさん、もっとスピード出しても大丈夫ですよ? この機体が優秀なのは、身をもって実感しましたから」
「イイじゃないか。そう急ぐものでもなかろう?」

 静流には、ココナの意図が読めなかったが、静流にとっても居心地の良い空間ではあったので、それ以上追及しなかった。

「こんな遅くまで付き合わせてしまって、すいません。あ、サンドイッチ、食べます?」

 静流は薄木で貰い、膝の上に置いていたサンドイッチをココナに渡そうとした。

「手が離せない、食べさせてはくれまいか?」
「え? だって、基本的に自動運転ですよね? って言うか、片手でも食べられますよね?」

 ココナの願望は、静流に全力で否定された。

「ちいとばかし図々しかったかな? しかしそこまで嫌がられると、私でも傷つくなぁ……」

 ココナは口をとんがらせて、不満そうにつぶやいた。
 そんなココナの振る舞いを見て、静流は溜息をついた。

「ふぅ。どうして僕の周りの人は、甘えんぼさんが多いんだろう……はい、あーんして下さい?」
「あーん」

 観念した静流は、ココナの口にサンドイッチを近付けた。
 ココナは嬉しそうにサンドイッチを口に含んだ。

「おいひいよ、静流殿、次を頼む」
「はい次です、あーん」

 このやり取りを2、3回やったあと、静流は缶コーヒーを出した。

「飲み物もありますよ? どうですか?」
「ま、まさか……口移しで飲ませてくてたり……しちゃったりして?」
「う……それは勘弁して下さい」

 ココナの申し出を、即座に断った静流。
 静流から缶コーヒーを普通に受け取り、飲み始めたココナ。

「ほら、やっぱり片手運転、出来るじゃないですか、もう……」
「何なら、両手放しでも大丈夫だぞ? ほれ♪」

 開き直ったココナは、静流におどけてみせた。
 するとリアが、呆れ気味にココナに話しかけた。

〔気楽なもんじゃな。緊張感の欠片も無いわい〕
「茶化すなリア。私は別の意味では緊張しっぱなしなのだからな?」
〔確かに、心拍数は上がったままじゃな〕

 少しの沈黙の後、静流はココナに話しかけた。

「ココナさん、あの絵、本当に買うんですか?」
「勿論だとも。 何故そのような事を聞くのだ?」
「落札金額が高額過ぎます。クーリングオフして、返品されたらどうです?」
「イイのだ! 私はあの絵が気に入ったのだ!」

 少しムキになっているココナに、静流が言った。

「絵を買ってくれたお礼がこれじゃ釣り合わないです。 って言うか僕の方が満足しちゃってるし……」
「私にとっては、それが何よりの報酬だ。私を救ってくれた恩人なのだからな。 フフフ」

 先ほどの緩みっぱなしの状態とは変わって、穏やかに微笑んだココナ。

「埋め合わせはいつか、必ず」
「その時を、楽しみにしているよ」

 そんなやり取りをしていると、前方に放送用の電波塔が小さく見えて来た。

「あ! 多無タワーだ。 もう直ぐ着きますね」
「そうか……もう、終わりなのか……」

 自宅が近付いて来たのか、見覚えのある風景が広がり、テンションが上がっている静流。

〔精一杯低速で飛んだつもりなのじゃがな〕
「メカに気を遣われるとはな。情けない」
「う~ん、あそこにある窪西公園なら降りられそうだな」
 
 五十嵐宅の近くにある、窪西公園を静流はチョイスした。
 壱号機は搭乗時モードに変形し、地面すれすれで静止した。

「リア、生命反応をサーチしろ」
〔うむ……人の反応がチラホラあるぞ〕
「仕方ない。警戒しつつ不可視化を維持」
〔了解した〕

 キャノピーが跳ね上がると、ココナは名残惜しそうに操縦席の幅を広げた。
 
「アジャスト」うぃぃん

 静流は眼鏡に搭載されている『光学迷彩キャンセラー』をONにした。
 拘束が解けた静流は、地面に降り立ち、軽く伸びをした。

「うぅ~ん。もうあとは徒歩で帰れますから。遅くまでありがとうございました」
「静流殿、此度はご苦労だったね。いろいろありがとう」

 ココナは操縦席から握手を求め、静流はココナの手を握った。

「シズルーとして、正式にやった仕事は今回が初めてだったんですけど、結果は上々みたいで良かったです」パァァ

「むっほぉぉん」

 カッコよく決めたかったココナだが、手を握られてのニパを食らい、大きくのけ反った。
 やがて、別れの時が来た。

「今日は本当にありがとうございました。帰り道、気を付けて下さいね?」
「なぁに問題無い。数分後には家でまったりしているだろう」

 ココナはそう言うと、親指を立てた。
 キャノピーが閉まり、壱号機の頭部がせり上がっていく。
 羽根を広げ、ゆっくりと高度を上げていき、空中で制止した。

「静流殿。近いうちに、また会おう!」

 ラプロス壱号機は次の瞬間、忽然と消えた。
 静流は、壱号機が消えた先を暫く眺め、また伸びをした。

「う、うぅ~ん。 さぁて、家に帰るか」



              ◆ ◆ ◆ ◆



ダーナ・オシー駐屯地内 第九格納庫――

 ココナたちを送り出し、ほっとしている面々。
 アマンダとココナの部下たちが、何やら話している。

「姫様、嬉しそうだったね?」
「全快して早々、はしゃぎまくって……大丈夫かしら?」

 ケイの呟きに、夏樹は心配そうに答えた。
 アマンダは顎に手をやり眉間にしわを寄せた。

「オチビの事だから、何か企んでるわよ?」
「まさか、オークションに参加するつもり……では?」
「フン。どうやらその線がカタいですね……」

 アマンダたちがそんな事を話していると、メカ担当の万里は、興奮気味に早口で言った。
 
「いやー、感動ッス! つい数日前は頭だけだったんスよ? それが完成して、空飛んで、おまけに【ワープ】と来たもんだ!」
「適材適所の人選が功を奏したわね。 選んだ私も、上手く行き過ぎて正直驚いてる」
「姫様の病気を治し、おまけに足まで復元。MT開発も完了……ですもんね」 
「みんな、ドラゴン型MTの件は口外無用よ。イイわね? 特に『宇宙用』って所は絶対に秘密!」
「それはもう。しかし、えらく警戒してるッスね?」
「『宇宙』が絡むと、面倒な事になるのよ。奴らには絶対知られない様にしないと……」
「ん? ああ、『宇宙開発局』ッスね?」

 アマンダが警戒しているのは、統合軍の地球外活動を目的とした部署の事である。

「奴らはやっと人を乗せたロケットを月に打ち上げた程度だから。オカルトとか全く無視。遺跡の調査なんて、目もくれない連中よ?」 
「今回のケース、もろにオカルトですもんね……」
「さぁ、帰る準備でもするか。みんな、中に入りましょう」

 アマンダがみんなを事務所に入るよう指示したその時、ケイが驚きの声を上げた。

「あれ? 姫様の機体が、浮いてる!」
「なぬ?」

 ケイが指した方向には、悠々と空中で静止している、ドラゴン型MTが一機確認出来た。

「姫様、もう帰って来たの?」
「いくらなんでも、早すぎない? しかも一機のみの帰還?」

 機体はゆっくりと高度を下げ、地面から数十センチの所で停まった。
 一同は吸い込まれるように機体に近付いて行った。

「駆動音とか、全く無いんですね? しかもわずかに浮いている……」

 瞳が機体を観察していると、頭部であるコクピットが降りていき、搭乗時モードに変形した。
 そしてキャノピーが跳ね上がり、ココナが顔を見せた。

「「「「姫様!?」」」」

「諸君、今戻った!」ビシッ

 部下たちに呼ばれ、ココナは操縦席から飛び降り、ポーズを決めた。

「いろいろ聞きたい事がある。中に入りましょう」

 余韻に浸っているココナに、アマンダは顔を引きつらせながらそう言った。
 事務所に入るなり、アマンダはココナに告げた。

「単刀直入に言うわ。 アナタたち、【ワープ】を使ったわね?」
「ああ、使ったとも。そうでなければ、ものの10分程度で戻っては来れんだろう? フフフ」

 アマンダたちの感覚では、ココナたちを送り出してから、その位しか経っていないのだ。

「オチビたちは薄木に? 静流クンには会えたの?」
「ああ。先ほどまで、静流殿と遊覧飛行を楽しんでいたよ。ハッハッハッハ」

 ココナはドヤ顔で、自慢たっぷりにそう言い、高笑いした。 
 すると万里がぐいっとココナの前に出て、興奮気味にココナに聞いた。

「姫様!さっき、全く無音だったッス! 行きはバーニア全開で派手に出てったのに」
「ああ。先ほどはその方が恰好がイイと郁が。実際バーニアは宇宙空間でしか使わんらしい。音は『サイレントモード』なら、ほぼ無音に出来る」
「うはぁ、最高ッス! メシウマ展開ッス!」

 万里がはしゃいでいるのを横目に、アマンダは肝心な事を聞いた。

「アナタ、静流クンの学校のオークションに、参加したの?」
「ああ参加した。そして……落札した!」ビシ

 ココナは親指を立て、ドヤ顔で肯定した。 

「ふぅ……全く、アナタたちってば、呆れてものも言えないわ……」

 アマンダは額に手をあて、困惑した表情を浮かべた。すると、テーブルに置いてあったノートPCにリアが映った。

〔少佐よ、そう責めるな。【ワープ】の試験運用は成功じゃったよ〕

 リアはアマンダに、機体に内蔵している『因果律』の調整機関の事を説明した。

「そんな、夢みたいな事が可能だと言うの?」
「実際に使ったのじゃから、可能なのじゃろう」
「……次から次に、全く……」ブツブツ

 アマンダは眉間にしわを寄せ、ココナに言い放った。

「竜崎大尉! 『テスター1号機』の私的利用は、今後制限します! イイわね?」

 そう言われたココナは、右手人差し指を左右に振り、アマンダに言い返した。

「チッチッチ、あの機体の正式名称は、『ラプロス壱号機』だ!」

 その後ココナは、アマンダにくどくどと小言を言われ、疲弊しきっていた。

「矛盾が……だから、頻繁に使う事には反対なの!」
「わかったわかった。以後気を付ける。これでイイか?」
「……わかればよろしい。フン」

 面倒になったココナが、話を切り上げ、アマンダもやっと大人しくなった。
 ココナはニヤリと笑みを浮かべ、わざとらしく付け加えた。

「あ、少佐殿、今夜、アスガルドの上空を眺めていると、イイものが見られるかも知れんぞ?」
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