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第8章 冬が来る前に

エピソード47-43

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国分尼寺魔導高校 闘技場 オークション特設ステージ――

 オークションは順調に進行しているようだ。

「はい! 盛り上がってまいりました! 次の商品は、ロットナンバー12、井川シズム作 『ドルガーバの塔』です!」 

 睦美が紹介すると、黒子がステージに絵を運んで来た。

「えー井川シズムさんは、知る人ぞ知る、只今赤丸急上昇の高校生タレントです!」
「ワァァァ!」

 シズムが描いた絵は、天にも届きそうな、バロック様式の超高層の塔であった。
 流石はシズム。精密機械が描いた様に、細部まで鮮明に描かれている。


「彼女が描いたこの絵。実に緻密な書き込みです。よぉーく見ると、ほんの米粒位の人の顔に、何と表情がうかがえます。 ご覧ください!」

 睦美がカメラを誘導し、指定した所をどアップで映し出す。

「おぉ、これはスゴい技術だ。まるでレーザープリンターで印刷したかの様だ!」

 客から感嘆の声が漏れている。

「将来的に有望株であるシズムさんの絵、今後プレミアが付く事も視野に入れて、10万円からスタート!」

「20!」
 「30!」 
「50!」

 「……85!」

 数秒間の沈黙があり、睦美は煽った。

「85万、もうありませんか?……では85万で39番様、落札ですっ!」コーンッ

「ワァァー!!」

 シズムの絵は85万円で落札された。

「フッ、やるわねシズム。 さすが静流の下僕」
「私の【鑑定】した結果とほぼ同じね。 まぁ妥当な額ね」

 忍と雪乃は、シズムの絵の評価に概ね満足している様だ。
 会場が沸き立っている中、睦美は真剣な顔になり、語り出した。

「えー、盛り上がっている所に申し訳ありませんが、お伝えしなくてはならない事があります」

「ん? 何かしら?」ざわ…
「アレよアレ、多分アノ絵の事よ……」ざわざわ… 

「パンフレットに記載されております次のロットナンバー13、『アーネスト・ボーグナインJr.作 メテオ・ブリージング』は、出品取止めとなりました……」

「え? えぇぇぇ!?」ざわ…
「そ、そんなぁ……この絵目当てで来たと言うのに?」ざわざわ…

 事情を知らなかった客たちが動揺している。

「通達等でご存じの方もおられるかと思いますが、今回、最も購入希望者が多かったこの絵画ですが、作品の素晴らしさや有用性を評価され、この度、文科省で行う『国宝審査会』にかけられる事になりました!」

「何ですってぇぇ!?」ざわ…
「お、おぉぉぉぉ……」ざわざわ…

 観客からは、称賛の声に混じり、落胆の声も聞こえた。

「従って、該当作品については、オークションには出す事が出来ない事をご了承ください」

「ふむ。国が相手では、太刀打ちできませんな?」ざわ…
「おい、文科省に知り合いがいたな? 貸与出来るか交渉の席を用意したまえ」ざわ…

 画商や美術館の関係者たちがざわめいている。
 深く頭を下げた睦美は、打って変わってとびっきり明るく振舞った。

「さて皆さん! 気を取り直して次の品をご紹介いたします! この作品は二番目に人気があったもので、特に女性票がそのほとんどを占めていた作品、ロットナンバー14、五十嵐静流作、『自画像』です!」

「きゃぁぁぁぁ!」

 睦美の紹介で、黒子が静流の絵をステージに置いた。
 その瞬間、観客席から悩まし気な歓声が上がった。


「むっほぉぉぉん♡」 


 『自画像』は、メガネを外した静流が、上半身裸で蠱惑的な笑みを浮かべている、見る人次第では失神してしまう程のインパクトであった。
 睦美は中央に行き、絵の横に立った。

「実はこの絵、他の楽しみ方もあるのです! ちょっと、黒子!」

 睦美は素提示に寝そべると、黒子に指示を出した。 

「ええと、その位かな? と、このように斜めに固定し、対面に寝そべると……まるで、彼が『添い寝』をしてくれている様ではありませんか?」

 この状況をカメラが捉え、スクリーンに映し出す。 

「あっぴょ~ん♡」

 再び観客席から悩まし気な歓声が上がった。

「実に煽情的で、肉感的で、官能的な……ぬっふぅん……おっといけない! 危うくアチラの世界にトリップしてしまう所でした。 おい!元に戻せ!」

 黒子に絵を定位置に戻させ、睦美は立ちあがった。

「ふう。 このように、自分の世界に浸りたい方には、うってつけの逸品です!」
「きゃぁぁぁ♡」

 客席の、主に女性からの奇声が上がった。

「眩しい! 目が! 目が焼けるぅぅぅ!」
「こ、この絵を待っていたのよ……はうぁ、実質添い寝じゃないの!?」
「この波動、エモエモの、エモォ~♡♡」
「ふがぁ……これをオカズにご飯三杯はイケますね。 ムフゥ」
「す、素敵♡ まるで……若き日の『ジン様』みたぁい♡」
「おお、私のシズベール!」
「今月の給料、全額下ろして来たであります!」
「そのお姿、お寒いでしょうに……すぐに暖かい私のお部屋に連れてって差し上げます……くふぅ」

 即座に反応したのは、いわゆるアッチの人たちであった。
 その中に、いくつか聞き慣れた声が混じっていたのは、気のせいだろうか……?
 これらの引いてしまうような女性たちの奇声に混じり、男性たちからも意外な声が漏れていた。

「何だろう? この吸い込まれるような感覚は……」
「なんと妖艶な少年だろう……実にけしからん!」
「おい、俺って、『ソノ気』があったのか? あの絵見てると何かコーフンするんだけど?」

 忍たちの反応はと言うと……。

「コレ、コレなの! むはぁ、やっぱり直接は効くわぁ……」ポォォォ
「愛おしい、ああ、静流、ダメ、変になっちゃう……」ポォォォ

 絵を見た瞬間から、忍と薫子は、異常なまでに悶え始めた。
 そんな二人を見て、リナが雪乃に聞いた。

「おいズラ? どう言うこった? こいつら急にラリ始めやがった」
「【鑑定】の結果、この絵は微細ですが、【魅了】の魔法が付与されています」
「何だとぉ? でもよ、薫子は同族だから、【魅了】は効かないんだろ? 忍だって【毒耐性】があるんだし……つうかアタイには何も感じないぞ?」

 リナは腕を組み、首を傾げながら雪乃に聞いた。

「実は私も、アノ絵の静流さんが、少し愛おしく見えているんです……ち、違うの薫、これは魔法のせい。許してぇ」
「おいズラ! だから、どうしてアタイには効かないんだ?」

 雪乃は何とか平静を保っていたが、とうとう魔法に侵されてしまう寸前、でリナに揺り起こされた。  

「うくっ、 恐らくこの微弱な【魅了】、本人を知れば知る程、つまり、『静流さんスキスキ星人』には、ダイレクトに響く……のではないかと思います」
「アタイだって、静坊の事は好きだぞ? 薫のアニキには遠く及ばないけどな」
「わ、私は、薫に操を立てると……誓ったんですのよ!」くわっ

 雪乃は、絵から発する【魅了】を、精神力で何とかはじき返した。

「リナ、アナタは静流さんの事を、弟くらいにしか見ていないのでしょう」
「そうかもな。 ズラ、 お前だって、そうなんじゃないのか?」
「私の場合、少し違うの。私は、勿論薫を愛している。でも、静流さんには薫とは違う、言うなれば『母性』を感じているわ」
「いわゆる『バブみ』ってヤツか?」
「ええ。あの子ったら、無防備過ぎる所、あるでしょう?」
「確かに、危なっかしい所はあるよな」
 
 睦美は、離れた所で客たちのリアクションを見て、大いに満足していた。

(フフ。雪乃お姉様は気付かれたようだ。この絵の価値を)
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