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第8章 冬が来る前に

エピソード46-5

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ワタルの塔 二階 仮眠室――

 それからしばらくして、就寝の時間となった。
 アマンダたちのいるアスガルドと日本では、日本の方が6時間進んでいる。
 日本と北アフリカのモロオカでは、日本の方が約8時間進んでいる。
 アマンダは、自分たちの標準時間をクライアントの所在地であるモロオカにセットする事とした。
 仮眠室には睡眠カプセルがずらっと30基あったが、前途の理由で今は29基である。
 忍がルリに聞いた。

「ルリは、どんな夢が見たいの?」
「ちなみに、どんな夢でも?」
「任せて。大体のシチュは網羅してる」

 忍は自信たっぷりにそう答えた。

「私自身がヒロインを演じられるんですよね?でしたら、アレはわかりますぅ?『わき拾』」

『わき拾』とは恐らく、ブラック企業の社畜OLが、家出をして路頭に迷っている男子高校生を、ワイセツな行為を対価に自宅に泊める、というストーリーである。

「当然。リアルに一番近いシチュをチョイスするとは、なかなか通ね」
「想像しただけで何かが……ムハァ、もう一度お風呂に入って来ようかしら……」
「それもイイけど、イチ押しは『出会って5秒で絶頂』だと思う」

 この作品は、解説するまでも無くタイトル通りであろう。

「え? 最新作じゃないですか? もう入手されたのですか?」
「特別なツテがある。私はプラチナ会員だから。フン」
「す、凄過ぎます! プラチナなんて、数人しかいないのでは? 私はゴールドですが……」

 忍たちが話しているのは、旧黒魔が運営していた静流のファンサイトの事で、無料の一般会員から、有料のブロンズ、シルバー、ゴールドがあり、その上であるプラチナ会員は、極少数らしい。

「年季が違う。私は静流の薄い本の黎明期から関わってる」
「何と言うレジェンド! 素晴らしい」
「もっと私を崇め奉るがよい。フフン」
「ははぁ、先駆者様。では、トッピングに私を椅子代わりに使うシチュを入れて頂きたい……です」ポォォ
「静流は変態じゃない! けど夢を見るのは自由。採用」
「本当ですか!? 素晴らしいです」

 ルリと忍がきゃいきゃいとはしゃいでいる姿を見て、静流は子供を見る親の様なまなざしを送っていた。

「仲イイな、二人共。出来れば声が聞こえないくらい遠くで見ていたい……」
「アナタも色々と苦労が絶えないわね。それで、アナタはどんな夢を選ぶの?」
「僕は、いつも大体同じような夢をリクエストしますね」
「やっぱ、好きなアイドルとかとイチャつくのとか? んもう、若いってイイわねぇ♪」

 ジェニーは両手を頬に当て、クネクネと揺れていた。

「そう言うのだったら、ウチにもワンチャンありそうなんだけどね……」
「あら、違うの? ブラムさん?」

 ブラムは苦笑いを浮かべて言った。

「だってぇ、ゾウリムシとかアメーバのエッチ動画だもんね……」
「何、ですって!?」

 今の発言に、ジェニーは驚愕した。
 静流は以前、アマンダに【転移】を発動する際に消費される『純度の高い魔素』を静流から抽出するにあたり、『ゾウリムシの有性生殖シーン』を見せた事があり、それからは深い眠りを必要とする際には、これを使用する事が多い。

「そんなの、健全な高校生が望む夢じゃない! おかしいわよ、静流クン?」
「それが、不思議な事にぐっすり眠れるんですよ。環境映像みたいなものです」
「そうは言っても、少しは興味あるでしょう? 女の子の身体に?」
「無いわけではありませんが、そう言った要素が絶対に必要かと聞かれると、どうなんでしょうね?」
「静流クンの思春期は、まだ先の様ね……自然に任せるしか、無いのかしら?」
 
 ジェニーは考え込んでいる。

「だからぁ、特殊なんだよシズル様は」
「リアルの静流はそれでイイ。鬼畜なのは二次元だけ」
「リアル……? そうか。これが本当の恋。『夢女子』から『リアコ』にスキルアップしたんですね?」ハァハァ
「静流クン自身が言ってたじゃない、平凡な暮らしがしてみたいって……」

 ジェニーは更に考え込み、一つの答えを導き出した。

「よし、こうなったら『女体の神秘』を私が率先してわからせるしか無さそうね……」ブツブツ

 ジェニーは静流を真っ直ぐに見た。

「静流クン? 睡眠学習で保健体育の授業、私としましょう!」ハァハァ

 「「「「「何ぃぃぃ!?」」」」」
 
 今のジェニーの発言に、全員がツッコミを入れた。

「だって、このままじゃ女の子の素晴らしさを知らないまま、歳をとってしまいかねないわ!」

 ジェニーの弁解に、忍たちが乗っかって来た。

「じゃあ一コマ目は私が先生をやる! フン」
「私は……二コマ目の実技を担当、したいですぅ。ポォォ」
「な! アナタたちは勝手に妄想の中で楽しみなさい。授業は私がやるわ!」

 三人がやいのやいのやっているのを見て、郁は溜息をつき、静流に聞いた。

「今更そんなもん、必要無いだろう? なぁ、静流?」

 郁の問いに、静流は顔を赤くして、小さめのトーンで言った。


「僕だって、子供の作り方くらい……わかりますよ」ポォォ


「「「「「あっひょーん♡」」」」」


 静流を除く全員が悶えながらのけ反った。

「んほおおおっ! 恥じらう静流様、愛おしい……」
「庇護欲? 母性本能? 何なの? この感情は……」
「私は待つ。静流が求めて来るまで……」

 ルリの興奮度は、既に臨界点を超えているようだ。
 他の二人は、自分の欲求を押さえるのに必死の様子だった。

「からかわないで下さい。人並みの知識くらい、僕にもあります」
「フム。本から得る知識もあるだろう。例えば、『薄い本』とか?」
「あれは有害図書です! 百害あって一利無しの!」

 郁に『薄い本』の事をイジられ、かっとなる静流。

「大体、最近見た薄い本の僕には、色情魔というか不埒なケダモノみたいに描かれているものがありましたよ!?」
「そ、それはあくまでも、ユーザーのニーズに沿った題材……なのです」ハァハァ
「何ですか? ニーズって……ちょっと前の『受け専』だった僕の方が、まだ増しですよ」

 かつて、静流の『薄い本』の傾向はBL志向が強く、しかも受け役がほとんどであったが、最近では攻め役やTL、果てはGLにまで及んでいる。
 作り手の趣向も、以前からの男性同士の絡みを俯瞰で見ている、『腐女子』の要素がある者に加え、自らを主人公の相手役に置き換える『夢女子』の要素や、女性同士の百合属性まで、『薄い本』を好むユーザーたちを虜にして止まない要素をほとんど網羅している。

「もういい加減、キャラ離れしてくれてもイイと思うんですけどね……」
「それはいけません! 静流様あっての五十嵐出版です!」フー、フー

 静流は自分以外のキャラを売りにした方が良いと言ったが、ルリに全力で否定されてしまった。

「ふぅん。そんなもんですかね……」
「色々思う所はあると思いますが、なにとぞ辛抱を……この私が慰めて差し上げますゆえ。ヌフゥ」

 そう言ってルリが流し目で静流を下から舐める様に見た。
 すると静流は、背筋に悪寒が走り、動揺している。

「わ、わかりましたっ、もうイイです! いつもこのパターンでお茶を濁されるんですよね……」
「そうですか? ご用の際はいつでもお呼び下さいね? ニュフフフ」

 顔を赤くして、照れている静流を見たルリは、緩みっぱなしの顔でそう言った。
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