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第8章 冬が来る前に

エピソード46-4

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ワタルの塔 二階 応接室―― 夜

 夕食後、静流たちはお茶を飲みながら、郁やルリたちの昔話を聞いていた。

「あそこの三年間は、二人のお陰で充実していましたね」
「卒業後は三人とも士官学校に?」
「ええ。四年間通いました。ココナは主席、郁は次席でした。私は……ドベから数えた方が早いくらいの順位でした」
「順位など、そんなもんは役に立たんよ。 要は軍に入ってからの実績だからな」

 郁はさりげなくルリをフォローしたつもりだったが、あまり効果は無かった。

「二人は歩兵連隊志望、私は補給連隊志望でしたので、勤務地はバラバラになりました」
「私とココナが最初に配属されたのは、ソルティックだったな。三年間務めた後、私はアスガルドに移り、そこで新米だった仁奈たちと仕事をしたのだ」
「ココナは上層部にスカウトされて、技術本部付の試作M・Tモビル・トルーパーのテストパイロットになったのよね?」
「ああ……そうだな」

 ルリの問いに、郁は少しテンションが下がった様に見えた。

「『技本』って、エリート街道まっしぐらじゃないの?」

 ジェニーは感心しながら郁に言った。

「何がエリートだ。M・Tはな、敵陣に強襲を掛け、最速で陣営を確保する、昔で言う『陸戦隊』のような役割だぞ? しかもあの『鉄の棺桶』に乗る奴には、相当イカれた奴しかおらんわい」
「スカウトされたって事は、その辺りを評価されたんでしょう?」
「有事の際には最前線に立たなければならんのだ。エリートとは名ばかりで、いわば『危険手当』のようなものだ」

 郁は、『何にもわかっとらんクセに』と言わんばかりに、そちらの感覚がズレているジェニーを諭した。

「それで……ココナのその後なのですが……」
「もうイイだろう、静流。後は全快したあとに本人から聞け! 私は風呂に入る!」

 郁はルリの話を遮り、立ち上がった。

「そうですね。その方がイイと思います。面白い話ばかりではありませんので……」

 静流は郁たちの過去を聞いて、満足げに頷いた。

「はい。 貴重なお話が聞けて、良かったです」

 静流は郁たちの過去を聞いて、満足げに頷いた。
 するとルリは、一気にテンションを上げ、立ち上がった。 

「さぁ! 静流様の『熱き抱擁』を受けるからには、お風呂で身を清めないと」フー、フー
「激しく同意! 私も入る!」
「大きいお風呂かぁ、私も入ろーっと♪」

 女どもが浴場に向かう姿を見て、静流は後頭部を搔いた。

「そんなに気合入れなくても……参ったなぁ」




              ◆ ◆ ◆ ◆




 女どもが入浴中に、静流は真琴と念話を繋いだ。

〈真琴? 起きてる?〉
〈し、静流!? どうしたの? 何かあった?〉
〈特にコッチは何も。あの後美千留はまだイジけてたの?〉
〈ん? 特にそんな感じ、しなかったわよ?〉
〈そう。ならイイんだけど〉
〈それより静流、アンタの出品する作品、ヤバいらしいよ?〉
〈ヤバいって何が? あの学園の授業でやった、シズルカ像をスケッチしたものだぞ?〉
〈その出来がヤバいって土屋がわめいてるって、朋子から聞いたの。高額狙えるかもってね〉
〈達也が? 僕は聞いてないけど?〉 
〈しょうがないよ。直前まで秘密なんだから。裏情報よ〉
〈ふぅん。ま、ぬか喜びに終わる事もあるから、あまり期待しない事にするよ。以上通信終わり。おやすみ真琴〉
〈な、随分唐突ね……仕事、頑張ってよね? おやすみ静流〉ブチ

 真琴との念話が終わり、静流は溜息をつき、独り言を呟いた。

「高値が付くのはイイんだけど、あまり目立ちたくないな……」




              ◆ ◆ ◆ ◆



 女どもが風呂から帰って来た。
 ジェニーは腰に手をあて、フルーツ牛乳をぐいっとあおった。

「ぷっはぁー! スゴいねココ。フルーツ牛乳も完備してるなんて!」
「ココに来る人たちが、部屋の使用料代わりに差し入れを持って来てくれるんです」
「娯楽室って言うだけの事はあるわね。何でも揃ってるし」
「普段は私たちの誰かしらがココを使ってる」
「そうだな。息抜きにはもってこいの場所だ」
「何と! 実に、まっこと羨ましい限りです」フー、フー

 最早ココに来る事が当たり前の忍たちが、ルリには羨ましくて仕方なかった。
 そんなルリたちを見て、静流は聞いてみた。

「太刀川にも設置してもらいましょうか? 【ゲート】」
「うわぁ。イイのぉ? 本気にしちゃうよ?」
「アマンダさんの許可が下りれば、ですけどね」
「仮設住宅共々、是非お願いしたく思いますっ」ハァハァ

 そう言うと静流は、椅子から立ち上がった。

「よっこいしょ。じゃあ僕もお風呂を頂こうかな……」
「静流クン? キミ、本当に高校生?」
「あ、それ良く言われるんですよね。おっさんみたいって」

 そんな事を話していたら、エレベーターの駆動音が聞こえた。
 
 ウィーン

 扉が開くと、誰かがこちらの方に近付いて来る。

「誰か来たみたいですね? 誰だろう?」

 次第にシルエットがはっきりしてきた。

「こんばんはぁ、シズル様ぁん、ウフ♡」

 スケスケのベビードールを着た、人型状態のブラムであった。

「ブラム! 丁度イイ所に来た。お二人に紹介します」
「んもう、ちょっとはドギマギしなさいよね?」
 
 静流はブラムを二人の前に連れて来た。

「この子が、黒竜ブラムです」
「はぁーい! ウチが超プリチーセクシーなシズル様の従順なしもべ、ブラックドラゴンのブラムちゃんどえーっす」プリッ

 ブラムは精一杯のセクシーポーズを取った。

「この方が、伝説の暗黒竜?」
「思っていたのとは、真逆のベクトルね……」

 初対面の二人は、想像とあまりにもかけ離れているブラムに、困惑していた。

「ブラム、ドン引きされてる。ククク」
「やっぱ難しいな。シズル様を『悩殺』するって」

 ブラムはさらっとそう言ったのに対し、忍は敏感に反応した。

「ブラム、ソッチ方面は私がやる。アナタは自分の仕事に励みなさい」
「それはご主人様が決める事でしょう? そのうちウチが慰めてあげないとダメになっちゃうかも?」
「それは無い、と思う」

 今のブラムの物言いに、少し引っかかるところがあった忍は、強く否定出来なかった。

「私はこ奴がビースト化した姿を見ておる。脅威である事は間違いないぞ?」
「そうだぞぉ、怒らせるとコワいぞぉ?」

 ブラムは凄んでみせたが、この格好では全然怖くなかった。
 横で着替えをバッグから出している静流に気付くブラム。

「あ、シズル様、今からお風呂?」
「うん。これから入ろうかなって思った所」
「じゃあ、ウチと一緒に入ろっか? ンフ」

「「「「何ィィィ!?」」」」

 ブラムから、とんでもない発言が飛び出し、四人は飛び上がった。

「なぁに? ご主人様にご奉仕するのは、従者として当たり前でしょう? ンフゥ」
「しまった、自分の事ばかりで、静流をお風呂に誘うの、すっかり忘れてた……」
「忍さん? 静流様は、常にこの種の誘惑に晒されているのですか?」ハァハァ
 
 ルリの妄想が膨らみ始めた。

「ブラムさん、 お気持ちだけ受け取っておきます」
「ちぇー。お背中流してあげたかったのにぃ」

 ブラムは口をとんがらせて不貞腐れた。




              ◆ ◆ ◆ ◆




 静流が浴場から戻って来た。
 手ぬぐいを首にかけ、洗いっ放しの髪がボサボサになっている。

「ふぅ。スッキリしたぁ」
「あ、シズル様ぁ、お帰りぃ」
 
 女どもは、静流が持って来たトランプで遊んでいた。

「あ、大富豪やってる。誰がトップ?」
「当然、私。フッ」
「次は私ね。ツイてるわぁ」
「まだです。勝負はこれからです」

 忍、ジェニー、ルリの順だった。

「クックック、オチビ、弱ぁい」
「貴様! 人を見て物を言えよ?」

 ブービーはブラム、ドベは郁だった。

「そんなに熱くなって、何か賭けてるとか?」

 静流がそう言うと、忍が一瞬で静流にピタと貼り付き、耳元で言った。

「イイ匂い。お肌もスベスベ。何を賭けてるか? 当然静流よ。フゥー」
「ひゃあ、ちょっと寒気が……もう一度あったまって来ようかな……」

 忍に首筋に吐息を吹き掛けられ、風呂上がりの上気した顔が、一気に青くなった。

「ふぅん。普通にドギマギはするのね。単なる純情ボーイ、って認識でイイのかも」

 忍とのやり取りを見て、ジェニーは首を傾げた。

「私は、静流めは特殊な貞操観念を持ってはおるが、健全な高校生であると思うぞ?」
「そうだとイイんだけど。みんなが放っとけないのがわかる気がするわ」

 郁の分析に、ジェニーは大きく頷いた。 
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