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第8章 冬が来る前に

エピソード44-1

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アスガルド駐屯地 魔導研究所内――

 シズルー関連で、各駐屯地の高官宛てに例の資料を配布し、順調に依頼本数を減らしていた。
 そんな中、気になるものを発見し、リリィはアマンダに声を掛けた。

「少佐殿、オファーの中に、ガチマジな依頼が入ってるみたいなんですけど」
「何それ? 講義とかじゃないの?」

 そんなやり取りを聞いていた仁奈とレヴィもリリィのデスクに寄って来た。

「どこの依頼? ん? ダーナ・オシー駐屯地って、まさか……」
「ええ。『ドラゴン・フライ』が所属する部隊『カラミティ・ロージーズ』がある基地ですね」
「内容は、回復に関わる実験の補助、か。 詳細については契約締結後に説明? つまりこれ以上は極秘って事?」
「コレ、正式な手順を踏んでますよ? 裏情報だと、予算はそれほど高くは無いですけど」
「そう来たか。こちらも正攻法で行きましょう。よし、札を入れて。金額を目いっぱい吊り上げて頂戴」
「了解」

 アマンダたちが入札して数時間後、状況が一変した。

「少佐殿、マズいですよ……他の業者が、一斉に辞退して来ました」
「何ですって? それじゃあ最安の業者に落札させられないじゃない!? 他は何社残ってるの?」
「それが、ウチだけ……です」
「一杯食わされた……他の業者は、ハナからデコイだった可能性もあるわね」
「このあと、直接交渉に入りますが?」
「提示額を上げなさい。発注元が諦めてくれればイイんだけど」

 アマンダ達は、色々な手を打ったが、先方は折れなかった。

「言い値で修正されていますよ? ウチも辞退しますか?」
「引くつもりは、無いみたいね」
「少佐殿、受けてみてはどうでしょう? 『別件』でいずれは会う事になるわけですし」

 ここの駐屯地には、『元老院』の手がかりを握っている者がいるとの情報があり、近いうちに接触を図る予定であった。

「ココで恩を売っておくのもアリ、か」

 アマンダは顎に手をやり、ブツブツと呟いて、

「よし、交渉を進めなさい。落札後にいっぺん会ってみましょう」
「お、その気になりましたか?」
「タダでは会わない。内容を吟味して、場合によっては辞退して不調に持ち込むわ」
「落札後ですか? ペナルティ覚悟で? そこまでやります?」
「静流クンの為よ。 ロディちゃんを呼びましょう!」




              ◆ ◆ ◆ ◆




国分尼寺魔導高校 2-B教室 放課後

 授業が終わり、帰る支度をする静流。
 今日はシズムが、ミフネの仕事をする日だった。
 
「シズム、今日は向こうでドラマの撮りがあるんだっけ?」
「うん。ちょっと遅くなるかも」

 静流がシズムにこの後の予定を確認していると、横からクラスの子が声を掛けてきた。

「シズムちゃん、スゴいよね。いきなりドラマのセリフ付の役貰えるなんてね?」
「へへ。でもチョイ役だよ? 大した事ないよ」
「またぁ、謙遜しちゃって」

 そんな話をしていると、シズムがプルル、と震えた。

「シズム? どうした?」
「アマ姉から念話が来たの。何か呼ばれてるみたい」

 アマ姉とは言わずと知れた、アマンダである。
 静流は廊下に出て、シズムに言った。

「アマンダさん、また何か企んでるな? 何て言ってる?」
「シズルーの件でちょっと頼みがあるって」
「どうするか、困ったな……」
「大丈夫だよ。分身作るから」
「さいですか。器用な奴だよ、シズムは」

 静流はシズムの頭を、ヨシヨシと撫でてやった。

「へへへ。照れますなぁ」

 昇降口で靴を履き替え、静流や真琴たちと共にシズムが正門に向かうと、黒いワゴンが止まっていた。 
 その周りを生徒が数人とりまいている。

「きゃあ、シズムちゃんよぉ♡」
「天使だ……。天使が舞い降りた」

 ワゴンのスライドドアが開き、中からスーツ姿の女性が顔を出した。

「シズムちゃん、行きますよ、さ、乗って下さい」
「ちょっとぉ、騒ぎになるから、ココに来ちゃダメって言ったでしょう?」ぷぅ
「すねてないで早く、急いでるんですから」

 車の中の女性に、静流は声を掛けた。

「鳴海さぁん、どうも、お疲れ様です」
「こ、これは静流様。シズムちゃんは私が責任をもって仕事場に連れて行きますので、ご安心下さい!」
「じゃあ、シズムをよろしくお願いしますね?」
「かしこまりました。ユズル様にもよろしくお伝えください」パチ

 そう言ってウインクをした鳴海ショウコは、シズムとユズルのマネージャーである。
 先日五十嵐家を訪ねて来たようで、自己紹介等は済んでおり、ほとんどの事情は説明済みである。
 車に乗ったシズムが、車の中から手を振っている。

「いってらっしゃい、シズム」
「マコちゃん、行って来まぁーす」

 シズムを見送った静流は、腕を組み、ため息をついた。

「さぁて、どうしたもんか、な?」
「どうしようもないじゃない、さ、帰ろう?」
「う、う~ん」

 真琴に手を引かれ、バス停の方に歩いて行く静流。
 足元を見ると、ロシアンブル―系の猫が付いて来ていた。

「静流様、私は少佐殿の方に行ってまいります」
「頼んだよロディ。今回はちゃんと報告してよね?」
「仰せのままに」シュン

 ロディは飛び上がって一回転すると、インベントリに自ら入って行った。

「上手いもんだね。キャット空中一回転」
「ああやってインベントリから【ゲート】を使うの?」
「そうみたい。器用過ぎるのも考えもんだよな?」
「何贅沢言ってるの? 使えるものは何でも使わないと損でしょ?」

 やがて静流たちは、バス停の方に消えていった。




              ◆ ◆ ◆ ◆




アスガルド駐屯地 魔導研究所内―― ブリーフィングルーム

 程なくロディは、ブリーフィングルームにある【ゲート】から現れた。

「御機嫌よう、皆様」
「お、来たな。仕事熱心で結構」
「お呼びですか? 少佐殿」
「急に呼び出して、済まないわね?」
「いえ。ただ、今回は静流様も承知されていますので、随時報告させて頂きますが」
「それで構わない。静流クンにも関わる事だしね」
「また、分身を芸能チームに置いて来ましたので、アップデート時に数秒フリーズする場合があります」
「そう。何とか乗り切るしかないか」

 リリィが段取りを説明する。

「いい? ロディちゃんは『あの方』に変身してもらう。それで、いくつかのパターンを用意しておいたから、それにならって会話してもらいたいの」
「お安いご用です。最近の芸能活動で、経験値は豊富ですから」
「イレギュラーな回答は、私が念話で伝えます」
「承知しました。少佐殿」

 リリィは、ロディのハイスペックさに、改めて関心した。

「この間の動画も、スゴかったよね? 一人で何役やったんだっけ?」
「モブは20人で、セリフありは同時に5役でしたか。半径20m以内であれば、もっと増やせますよ?」
「それは頼もしいね。今後も大いに役立ってもらわないと」
「勿論です。静流様の為であれば」

 アマンダは、ロディに概要を説明した。

「つまり、相手の出方を探る、と言う事ですね?」
「そう。この仕事が、果たして静流クンにふさわしいかを見定めるの」
「クライアントのダーナ・オシー駐屯地への移動は、どうされますか?」
「そこなのよね、ネックは。ブラムちゃんは相変わらずダンジョン攻略?」
「そうらしいです」
「あとは……ふむ。あの子に頼んでみるか」

 アマンダは顎に手をやり、呟いた。

「それって、薫子ちゃんの事ですか?」
「あの子も作れるでしょ? 【ゲート】」
「ダーナ・オシーって、そんなに遠いですか? 飛行機で半日もあれば着くんじゃないかと……」

 仁奈はアマンダに、思っている事をストレートに聞いた。

「さては少佐殿?【ゲート】の使い過ぎでマヒしてるんじゃないすか?」
「そうかも知れないわね。でも移動時間は最短で済ませたいじゃない?」
「そりゃあそうっすよね? なんせ地球から何万光年離れてる辺境の惑星に、一瞬で行けるんですから」
「わかったら連絡取って頂戴」

 リリィはPCを起動し、メールソフトを立ち上げる。
 仁奈はその様子を後ろから眺めている。

「じゃあ、ゆきのんにメールしとこ」
「リリィ? いつから仲良くなったの? 雪乃さんと」
「まぁね。静流クンの先輩に、いろいろと経営方針でアドバイスしてたら、意気投合しちゃったの」
「つまり、ビジネスパートナー、って事?」
「そうゆう事♪」
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