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第5章 夏の終わりのハーモニー
エピソード32-2
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ワタルの塔 二階 食堂――
落ち着いた睦美を食堂に案内し、年代物の紅茶をふるまった。
お茶請けに、静流の為に持って来た手焼きのクッキーを出した。
「これが1500年以上前の紅茶ですか? 美味いな」
「アナタが焼いたクッキーも、凄く美味しいわ」
「そうなんです! 睦美先輩のクッキー、僕の大好物なんですよ?」サク
「むぅ。睦美、今度焼き方、教えなさい」
「はあ。しかしお姉様方、二年間も異空間で過ごされたんですよね? さぞ辛かったでしょうに」
「私はほとんど寝ていたから。大変だったのはリナたちよ」
「そうでもねえぜ、アタイは少なくとも、有意義だった、と思うな」
「わたくしも、ですわ。だって、薫と会えたんですもの」
「薫さん、静流キュンの従兄の方ですね?」
「そう。アニキがいたから、何も怖く無かったぜ?」
「兄さんには私も感謝してるわ」
「それならば、私からは何もありません」
「睦美、あなたにも感謝しているわ」
「私に? ですか?」
「私は、異世界に連れ戻される時に、思念体と分離したの」
「思念体? 幽霊みたいなもの、でしょうか?」
「そうね。それで合ってる。その思念体が残っていられたのは、多分あなたが私を忘れなかったから」
睦美はふと思い出し、いつも持ち歩いている定期入れに入った一枚の写真を見る。
「あ、その写真って、うわ。ばっちり写ってる」
以前は顔が見えなかったが、今は確実に薫子と認識出来る。
「う、嬉しいです。お姉様とまた会えた」
「その写真ね、この間まで、顔の部分が無くなってたんだよ?」
「そうなの? ありがとう睦美。私を忘れないでいてくれて」
「いえ、こちらこそお礼が言いたいです。無事にいて下さって」
睦美はふるふると打ち震えている。
「で、睦美に確認するんだけど、静流とはどういう関係?」
先ほどの感動シーンとはまた違ったプレッシャーが、睦美に襲い掛かる。
「で、ですから、静流キュンと私は、先輩と後輩の間柄、ですよ」
「そうですよ。先輩はいろいろ僕に協力してくれました。あの学園に短期留学した時も、先輩の全面サポートがあればこそ、成功出来たんですから」
「えらく気に入られているようね、睦美?」
「そ、そう見えます? いやぁ、照れますなぁ」
「ま、イイわ。学校ではアナタが静流を守ってくれているのね?」
「まあ、私たち生徒会役員の他にも、真琴クンや木ノ実先生、あと黒魔どももいますから、その辺のガードは完璧、かと」
「わかったわ。忍、コレで安心ね?」
「ヤダ、私も学校に行く」
「でも忍? 私たちの学年は、もう卒業しちゃってるのよ? 諦めなさいな」
「行方不明だったんだから、二年生からやり直す。静流と一緒のクラスにねじ込む」
「【事象改変】ですか? 忍お姉様?」
「そんな高等な魔法、使えない。偽装でもなんでもする」
「忍? 聞き分けの無い子は、静流に嫌われるわよ?」
「クッ、ぬぬぬ」
忍は諦めてはいないようだ。
「忍お姉様は、かなり前から静流キュンをご存じなんですね?」
「……少し、昔の話をするわ」
忍は、静流たちに自分の過去を語ろうとしている。
「初めて静流を意識したのは、小学生の頃だった……」
◆ ◆ ◆ ◆
小学校の校庭の隅っこでしゃがんで顔を両手で隠している少年に、ひとりの少女が近づいて来た。幼き頃の真琴であった。
「しずクン、どうしたの?」
「あ、マコちゃん! それが、目に砂が入っちゃったんだよ」
「大変! すぐ保健室に行かなきゃ。立てる?」
「うん。でも周りに誰かいない?」
「大丈夫。誰もいないよ。あ、ちょっとここにいて!」
そう言うと真琴は、てててと駆けて行き、すぐに戻って来た。
「ハンカチ濡らしてきたから、コレで目を押さえて。やさしくね」
「ありがとう、マコちゃん」
真琴から濡らしたハンカチを借り、目をそれで押さえた。
「ほら、保健室、行くよ」
真琴は静流の手を取り、保健室へと導いていく。
保健室に行くと、先生はいないようで、代わりに保健委員の少女が待機していた。
「すいません! 先生いますか?」
真琴は保健室に自分から入ると、辺りを見回し、保健委員の少女に目が止まった。
「先生は、席を外してるの。何かあったの?」
「静流クンの目に砂が入っちゃったの。どうしよう」
「先ずは目を洗う。早くやらないと、炎症になる」
保健委員はそう言うと、静流の目に当てているハンカチを取ろうとした。
「あ、お姉さん、まずいよ」
「何がまずいの?」
「ボク、メガネしてないと、周りのみんなが変になっちゃうんだ」
「大丈夫。ワタシ、毒に耐性があるの」
「ちょっと待って、しずクンの【みりょう】は、毒じゃないかも。わたしは【まほうたいせい】があるから、大丈夫なんだけど」
「問題ない。ほら、こっちに来て」
そう言うと保健委員の少女は、ゆっくりとハンカチを取る。
「目は開けられる?」
「うん。大丈夫みたい」
「わかった。ちょっと待って」
保健委員の少女は、コップにきれいな水を入れ、静流に渡す。
「コップを目にあてて、水の中でパチパチするの」
「わかった。やってみる」
静流は、少女に言われるままコップの水で目を洗った。
「両方やるの。次はこのコップね」
反対の目を洗う時は、別に用意したコップで目を洗わせた。
「ザラザラしない?」
「大丈夫、みたい」
「じゃあ、目を開けてみて」
目を洗い終えた静流に、自分の前で目を開けと言う少女。
「お姉さん、本当に大丈夫なの?」
真琴は心配そうに少女に聞いた。
「大丈夫。さあ、こっちを見て」
静流はゆっくりとまぶたを開いた。
「くっ、ふぅ」
少女の顔がは少し歪んだ。
「お姉さん、大丈夫?」
真琴は心配そうに見守っている。
「大丈夫。うん、ちょっと赤いね。目薬さそうか?」
そうこうしていると、保健の先生が戻ってきた。
「シノブちゃん、ごめんなさいね、ちょっと長引いちゃって、あら?」
「先生! しずクンが!」
「あら? 五十嵐クン、メガネは?」
「まずい、離れて先生!」
「ふぁひぃぃぃ」
保健の先生は、迂闊にも静流の【魅了】を受け、【状態異常】を起こしている。
「フフゥ。五十嵐クゥン、ダメじゃなぁい、メガネ、外しちゃぁ♡」
【魅了】を受けてしまった保険の先生は、目がハートマークになっており、ジリジリと静流に近づいて来る。
「うわ、まずいな、どうしよう」
静流が対処に困っていると、保健の先生の前に、シノブと呼ばれた少女が立ちはだかった。
「大丈夫。【幻滅】」ポゥ
シノブは、手に黒い霧をまとわせると、先生のオデコにかざした。
「ふぁうぅぅん」
先生はよろけながら、備え付けのベッドに倒れ込んだ。
「ちょっとの間、寝ててください【スリープ】」ポゥ
次にシノブは先生にスリープを掛けた。
「先生、大丈夫かなぁ」
「問題ない。キミの【魅了】は、ワタシが掛けた【幻滅】で中和したから」
「スゴいや、お姉さん」ズイッ
先ほどの無駄のない対処を見た静流は、シノブが頼もしく思えた。
「ち、ちょっと、近い。さあ、早く目薬を」
若干顔が赤い忍が静流の頭を強制的に上向きに固定し、目薬を左右の目に一滴ずつ垂らした。
「キミ、メガネを!」
真琴に手に持っているメガネを、静流に掛けさせるよう指示した。
「しずクン、メガネ!」
はっと気付き、すかさずメガネを渡す真琴。
「ふう。助かった。ありがとう、お姉さん!」ニパァ
「クッ!」
静流の笑顔を見て、忍は稲妻に打たれたような衝撃を覚え、右目を押さえている。
「お姉さん! 大丈夫?」
静流は忍の顔を覗き込む。
「だ、大丈夫。さあ、休み時間、終わっちゃうよ?」
「いけない、戻らなきゃ。しずクン、急いで」
「わかったよ、じゃあね」
早足で保健室を出た二人の背面に忍は立ち、魔法を使った。
「ごめんなさい、【忘却】」パシィ
忍の手に水色の霧がまとわりついている。
「あれぇ? 今、何があったの?」
「わからないわよ、それより早く教室に戻らないと」
二人の記憶を消した忍は、自分に起きた出来事に動揺している。
「誰なの? 『わたる』って」
これをきっかけに、忍の脳裏に前世の記憶が戻り始めた。
落ち着いた睦美を食堂に案内し、年代物の紅茶をふるまった。
お茶請けに、静流の為に持って来た手焼きのクッキーを出した。
「これが1500年以上前の紅茶ですか? 美味いな」
「アナタが焼いたクッキーも、凄く美味しいわ」
「そうなんです! 睦美先輩のクッキー、僕の大好物なんですよ?」サク
「むぅ。睦美、今度焼き方、教えなさい」
「はあ。しかしお姉様方、二年間も異空間で過ごされたんですよね? さぞ辛かったでしょうに」
「私はほとんど寝ていたから。大変だったのはリナたちよ」
「そうでもねえぜ、アタイは少なくとも、有意義だった、と思うな」
「わたくしも、ですわ。だって、薫と会えたんですもの」
「薫さん、静流キュンの従兄の方ですね?」
「そう。アニキがいたから、何も怖く無かったぜ?」
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「睦美、あなたにも感謝しているわ」
「私に? ですか?」
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「そうね。それで合ってる。その思念体が残っていられたのは、多分あなたが私を忘れなかったから」
睦美はふと思い出し、いつも持ち歩いている定期入れに入った一枚の写真を見る。
「あ、その写真って、うわ。ばっちり写ってる」
以前は顔が見えなかったが、今は確実に薫子と認識出来る。
「う、嬉しいです。お姉様とまた会えた」
「その写真ね、この間まで、顔の部分が無くなってたんだよ?」
「そうなの? ありがとう睦美。私を忘れないでいてくれて」
「いえ、こちらこそお礼が言いたいです。無事にいて下さって」
睦美はふるふると打ち震えている。
「で、睦美に確認するんだけど、静流とはどういう関係?」
先ほどの感動シーンとはまた違ったプレッシャーが、睦美に襲い掛かる。
「で、ですから、静流キュンと私は、先輩と後輩の間柄、ですよ」
「そうですよ。先輩はいろいろ僕に協力してくれました。あの学園に短期留学した時も、先輩の全面サポートがあればこそ、成功出来たんですから」
「えらく気に入られているようね、睦美?」
「そ、そう見えます? いやぁ、照れますなぁ」
「ま、イイわ。学校ではアナタが静流を守ってくれているのね?」
「まあ、私たち生徒会役員の他にも、真琴クンや木ノ実先生、あと黒魔どももいますから、その辺のガードは完璧、かと」
「わかったわ。忍、コレで安心ね?」
「ヤダ、私も学校に行く」
「でも忍? 私たちの学年は、もう卒業しちゃってるのよ? 諦めなさいな」
「行方不明だったんだから、二年生からやり直す。静流と一緒のクラスにねじ込む」
「【事象改変】ですか? 忍お姉様?」
「そんな高等な魔法、使えない。偽装でもなんでもする」
「忍? 聞き分けの無い子は、静流に嫌われるわよ?」
「クッ、ぬぬぬ」
忍は諦めてはいないようだ。
「忍お姉様は、かなり前から静流キュンをご存じなんですね?」
「……少し、昔の話をするわ」
忍は、静流たちに自分の過去を語ろうとしている。
「初めて静流を意識したのは、小学生の頃だった……」
◆ ◆ ◆ ◆
小学校の校庭の隅っこでしゃがんで顔を両手で隠している少年に、ひとりの少女が近づいて来た。幼き頃の真琴であった。
「しずクン、どうしたの?」
「あ、マコちゃん! それが、目に砂が入っちゃったんだよ」
「大変! すぐ保健室に行かなきゃ。立てる?」
「うん。でも周りに誰かいない?」
「大丈夫。誰もいないよ。あ、ちょっとここにいて!」
そう言うと真琴は、てててと駆けて行き、すぐに戻って来た。
「ハンカチ濡らしてきたから、コレで目を押さえて。やさしくね」
「ありがとう、マコちゃん」
真琴から濡らしたハンカチを借り、目をそれで押さえた。
「ほら、保健室、行くよ」
真琴は静流の手を取り、保健室へと導いていく。
保健室に行くと、先生はいないようで、代わりに保健委員の少女が待機していた。
「すいません! 先生いますか?」
真琴は保健室に自分から入ると、辺りを見回し、保健委員の少女に目が止まった。
「先生は、席を外してるの。何かあったの?」
「静流クンの目に砂が入っちゃったの。どうしよう」
「先ずは目を洗う。早くやらないと、炎症になる」
保健委員はそう言うと、静流の目に当てているハンカチを取ろうとした。
「あ、お姉さん、まずいよ」
「何がまずいの?」
「ボク、メガネしてないと、周りのみんなが変になっちゃうんだ」
「大丈夫。ワタシ、毒に耐性があるの」
「ちょっと待って、しずクンの【みりょう】は、毒じゃないかも。わたしは【まほうたいせい】があるから、大丈夫なんだけど」
「問題ない。ほら、こっちに来て」
そう言うと保健委員の少女は、ゆっくりとハンカチを取る。
「目は開けられる?」
「うん。大丈夫みたい」
「わかった。ちょっと待って」
保健委員の少女は、コップにきれいな水を入れ、静流に渡す。
「コップを目にあてて、水の中でパチパチするの」
「わかった。やってみる」
静流は、少女に言われるままコップの水で目を洗った。
「両方やるの。次はこのコップね」
反対の目を洗う時は、別に用意したコップで目を洗わせた。
「ザラザラしない?」
「大丈夫、みたい」
「じゃあ、目を開けてみて」
目を洗い終えた静流に、自分の前で目を開けと言う少女。
「お姉さん、本当に大丈夫なの?」
真琴は心配そうに少女に聞いた。
「大丈夫。さあ、こっちを見て」
静流はゆっくりとまぶたを開いた。
「くっ、ふぅ」
少女の顔がは少し歪んだ。
「お姉さん、大丈夫?」
真琴は心配そうに見守っている。
「大丈夫。うん、ちょっと赤いね。目薬さそうか?」
そうこうしていると、保健の先生が戻ってきた。
「シノブちゃん、ごめんなさいね、ちょっと長引いちゃって、あら?」
「先生! しずクンが!」
「あら? 五十嵐クン、メガネは?」
「まずい、離れて先生!」
「ふぁひぃぃぃ」
保健の先生は、迂闊にも静流の【魅了】を受け、【状態異常】を起こしている。
「フフゥ。五十嵐クゥン、ダメじゃなぁい、メガネ、外しちゃぁ♡」
【魅了】を受けてしまった保険の先生は、目がハートマークになっており、ジリジリと静流に近づいて来る。
「うわ、まずいな、どうしよう」
静流が対処に困っていると、保健の先生の前に、シノブと呼ばれた少女が立ちはだかった。
「大丈夫。【幻滅】」ポゥ
シノブは、手に黒い霧をまとわせると、先生のオデコにかざした。
「ふぁうぅぅん」
先生はよろけながら、備え付けのベッドに倒れ込んだ。
「ちょっとの間、寝ててください【スリープ】」ポゥ
次にシノブは先生にスリープを掛けた。
「先生、大丈夫かなぁ」
「問題ない。キミの【魅了】は、ワタシが掛けた【幻滅】で中和したから」
「スゴいや、お姉さん」ズイッ
先ほどの無駄のない対処を見た静流は、シノブが頼もしく思えた。
「ち、ちょっと、近い。さあ、早く目薬を」
若干顔が赤い忍が静流の頭を強制的に上向きに固定し、目薬を左右の目に一滴ずつ垂らした。
「キミ、メガネを!」
真琴に手に持っているメガネを、静流に掛けさせるよう指示した。
「しずクン、メガネ!」
はっと気付き、すかさずメガネを渡す真琴。
「ふう。助かった。ありがとう、お姉さん!」ニパァ
「クッ!」
静流の笑顔を見て、忍は稲妻に打たれたような衝撃を覚え、右目を押さえている。
「お姉さん! 大丈夫?」
静流は忍の顔を覗き込む。
「だ、大丈夫。さあ、休み時間、終わっちゃうよ?」
「いけない、戻らなきゃ。しずクン、急いで」
「わかったよ、じゃあね」
早足で保健室を出た二人の背面に忍は立ち、魔法を使った。
「ごめんなさい、【忘却】」パシィ
忍の手に水色の霧がまとわりついている。
「あれぇ? 今、何があったの?」
「わからないわよ、それより早く教室に戻らないと」
二人の記憶を消した忍は、自分に起きた出来事に動揺している。
「誰なの? 『わたる』って」
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