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第1章 ハイスクールララバイ  静流の日常

エピソード3-2

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 静流達が通う『都立国分尼寺魔導高校』は、五十嵐家からバスで3、40分ほどの距離にある。
 最寄りのバス停から昨日の歩道橋を渡る。

「ねえねえ、後ろ歩いてるのって、例の子?」
「ムハァ、朝から眼福ゥ」

「さっきから生ぬるい視線を感じるんだけど」
 先程からやたらと粘着質な視線を感じ、悪寒を感じていた。

「そういえばさっき美千瑠ちゃんが言ってた『ラブレター』の件だけどさ」
 周囲の異変に気付きながらも、真琴は話題を振る。

「うっ忘れてた。昨日の明日って、今日じゃんか!ヤバイ、どうしよう……」
 桃髪をガシガシと搔く。

「なぁ、3-Bの石動さんって、どんな人?」

「さぁ、よく知らないわね」
(『静流派』の連中にはそんな人、いたっけな?)

「僕の事、『黄昏の君』って、間違いにしてもどうかしてるよ」

「ああ、その事?それはアンタの家系が桃髪だからよ。」

「それだけ?何だ、そっかぁ」

「漫画のキャラクターにそうゆう設定のがあるみたいなのよ」

「ああ、古典的なヤツか?ツンデレとかいう」

「まあ、そんなとこ」
(単純な奴で良かった。しかし桃髪こそレア中のレアっだってこと、分かってないんだからコイツは)

「とにかく放課後までに何とかしなくちゃな」

「3年生に相談に乗ってくれそうな人、いないの?」

「うーん、待てよ?あの人だったら……」
 正門に着くと、ちょっと先にある桜の木の脇で腰に手を当てている女生徒が目に入った。

「静流、あの人って柳生先輩だよね?噂をすれば影ってヤツ?」

「うん、あの人。あれ?なんか怒ってる?」
 軽く会釈をしてスルーしようと平静を装い昇降口へ行く。

 意外とあっさりスルー出来た。
(よかった、僕じゃなかった。ホッ)
 と思った瞬間、後ろから声がかかる。


「待ちたまえ、キミィ!」


 ビク。振り返る。
 ズカズカと足を鳴らし、近づいてくる女生徒。

「お、おはようございます、柳生先輩?」

「やあ、昨日は助かったよ、五十嵐静流君?」
 睦美は静流の両手を掴み、ブンブンと振り回す。

「とりあえずお礼が言いたかったんだ。あのあとすこぶる調子が良くってな、キミは回復系が使えるんだな?実に優秀だ。そうだ、何か困ったことがあったら、いつでも相談に乗るから生徒会室に来たまえ。美味い紅茶でもご馳走しよう。あ、それじゃあ、また。」スタスタスタ
言いたいことを言った睦美は足早にその場を去った。

「びっくりしたぁ、でも大丈夫みたいだね。」

「かなり興奮してたけどね?あの口調、どっかの大佐殿じゃあるまいし」
 (たしかあの先輩ってGL愛好家だったような。だったらセーフ?かな?)

 猛ダッシュで昇降口に入った睦美は、動揺を隠せない様子だった。

「な、なんだ?このプレッシャーとも違う感情は?(ドキドキ)」

 昨日見た静流のハニカミスマイルが脳裏に浮かぶ。

「エヘッ、エヘヘ~」
 顔が緩みっぱなしである。

「ハッ!いかん、トリップしていた」
 ブンブンと首を振る。

「何かが引っかかるんだ。匂い?ん~わからん」
 どっかの動物園にいたクマのように頭を抱え首をぶんぶん振っている。

「彼の事をもっと知りたい。知らなければなならんのだ!」
 睦美は赤面しながら足早に去った。


              ◆ ◆ ◆ ◆


 2年B組の教室に入る。

「おはよ。達也」「おはよう、朋子!」

 二人を迎えたのはクラスメートの土屋達也と同じく伊藤朋子だ。

 それぞれが朝の挨拶を済ませた。

「よう静流、相変わらずしけた面してんなぁ」
「五十嵐君、今朝は特にブルーみたいね」

 静流は席に着くなり机に突っ伏してうなっている。

「はぁ、どうすっぺかぁ~」

 静流は妙な訛りで今の心境を述べた。

「どこの方言だよ?」

「ねえアンタ、3-Bの石動さんって知ってる?」
 真琴が達也に訊いた。

「ああ、剣道部の主将か。その石動さんが何よ?」

「静流に『ラブレター』送ったみたい」

「ナヌ?おかしいだろ、それ」

「何がよ?」



「石動さんって、男だぞ?」



「何ですって!?」
「何だって!?」
 素っ頓狂な声を出す二人。


「あの文章だとてっきり女子かと思ったよ」
「で?どうすんのよ、静流?」

「どうって、正直に『そのケはありません』って言うしかないだろ?」
(女子に言い寄られるよりは増しか)
 静流は何故か安堵した。

「昼休みにあの人のとこ行ってくるよ。何か助言もらえるかも」
「柳生先輩のとこ?あたしも行くよ」



              ◆ ◆ ◆ ◆



 昼休み――
 
 静流と真琴は3-Aの柳生睦美を訪ねた。

 睦美は今朝の権幕からは想像できない落ち着いた様子だった。 

「やあ、よく来てくれたね。私に相談とは、何かな?」
 教室にいた睦美は、相談事と聞いて生徒会室を用意してくれた。

「柳生先輩って、生徒会長さんでしたっけ?」

「いやいや、私はそんな器じゃないよ。書記長をやっている」

「書記長って、ある国ではトップ張れる地位ですよね?」

「あれとは違うよ。学年ごとに書記がいて、三年の書記が書記長を務める事になっている」

「はあ。そうなんですか。大変ですね」
 どうでもいい世間話のあと、本題に入ろうとした。 

「ん?仁科君だったかな?案内役ご苦労だった。下がっていいよ」

「いえ、お構いなく」

 二人が睨み合っているのを横目に静流は話し出す。

「じつはかくかくしかじかで……」

「何ィィィ!!石動……だと?まさか、奴に遅れを取るとは……」
 バンッ!と机を叩いた。メガネが少しズレた。

「何ですって?(ジロ)」
 真琴が反応した。

「い、いやぁ、こちらの話だ。気にせんでくれたまえ」
 メガネを直しながら、静流の次の言葉を促した。

「それで、正直に『そのケはありません』って言おうと思うんですけど……」
 静流は下を見て手悪戯を始めた。

「つまり、私に仲介役を頼みたいということ、かな?」
 予想以上の回答に静流は睦美の顔を覗き込んだ。


「やってくれるんですか?ほんとに?」


「五十嵐君、顔、近いよ(ムハァ)」

「す、すいません」

「顔、赤いですよ、柳生先輩?(ジト)」
 すかさず真琴のフォローが入った。

「も、もちろんだとも。何せキミは、私の『命の恩人』なのだからね」

「そんな、大袈裟な」

「とにかく、この件は私に任せたまえ!」
(途中から【平常心】が破られるとは、私も修行が足りんな)



              ◆ ◆ ◆ ◆


 ついに放課後――
 
 体育館とは別に、柔道や剣道を行う場所として闘技場がある。静流と心配で付いてきた真琴は、緊張しながら闘技場に入った。

「うう、やだなぁ、帰ろっかな?」

「今更何よ!男らしくしなさいっ!」

「男らしいって言ってもよくわかんないよ」

「ああもう!いざという時は、朋子に記憶改竄させるから大丈夫よ」

 そうこうしているうちに、主役が到着した。

「待たせて済まなかったね。静流」

「いきなり呼び捨て、ですか?」

「お前がここに来たってことは、『肯定』でいいと受け取った」

「石動先輩、僕の話を聞いてください!」

「俺のことは『晶兄様』と呼んでくれていいんだよ」

「あなたとどうこうなる理由、無いんです。だって僕は『黄昏の君』では無いのですから!」
 静流は今日イチの勇気を振り絞った。

「今、何と言った?」

「ですから、僕は『黄昏の君』じゃ無いんです」

「違う?のか?しかし、この本によれば……」
 石動がごそっと出したものは、薄っぺらいA4サイズの本だった。

「この本が何?って、ん?うわ、ちょっとぉ、これって、僕?」

『BANANA WISH』というタイトルの本の表紙には男同士が見つめあっている。ガタイのいい黒髪男の首筋に中性的な桃髪男が口を付けている。
 いわゆる「同人誌」であった。


「しかし、お前を見ている時のこの湧き上がるリビドーは本物だ!」


「果たして、そうかな?」
 満を持して睦美が登場した。



「柳生先輩!来てくれたんですね!(パァァ)」
 静流は喚起された安堵感を表情に表した。


「クッ!もの凄い破壊力だ、五十嵐君、心が折れそうだ」

「折れないでください! まだ終わってませんよ!」

「ありがとう仁科君、うっかりトリップしてしまうところだったよ」

「柳生! 貴様、俺の静流への愛を疑うか!」

「お前の頭の中を覗かせてもらう。【真贋】」パァァ
 睦美の手に金色の霧がまとわりつく。石動にその手をかざした。

「何をした柳生!」
 石動の体が金色のオーラに包まれる。ほどなく金色から赤くなっていく。

「ククッそうか解った。石動、この茶番は全て、お前の『妄想』だ」

「『妄想』だと?何を根拠に?」

「石動、お前の五十嵐君への『愛』は本物だと言ったな?」

「もちろんだとも!俺は静流を全力で愛している!」


「否!! 貴様の愛は虚偽である!」


「だから何を根拠に!」

「根拠など必要無い。大体、お前は五十嵐君と初めて面と向かって話したのはつい先程だろう?」

「うむ?確かにそうだが」

「では、五十嵐君がいわゆる『そっちのケ』があるとは何を根拠に?」

「それはこの本にあったからで」

「貸してみろ」
 睦美は本を手に取った。

「ムムッ!こ、これは物凄い破壊力……だ(ンフゥ)」

「先輩、悶えてないで続きを」

「済まない仁科君。今、この本を【鑑定】してみたのだが」

「何があったんですか?」 

「【篭絡】が付与されている。【篭絡】が発動すれば読んだ対象を手なずけ、思い通りに操ることが出来る」

「つまり、俺は誰かに静流を愛す……襲うように仕向けられた……という事か?」

「そういう事だ。」

「石動、お前は今、【状態異常】を起こしている。直ぐに保健室に行け」

「俺に手に入らないものがあるとは……(ブツブツ)」
 石動はゴールを決めた時のビスマルクに似たポーズをとり、肩を震わせている。

「おい石動! 聞いているのか?」

「こうなったら力ずくでも静流の操を奪う!」
 石動はスクッと立ち上がり静流をグイッと引き寄せ、脇に抱えると、奥に走り去る。

「待て石動! ええい! 不覚!」
 石動は奥にある準備室に立てこもり、ナニかをするつもりみたいだ。

「僕は『そっちのケ』はありませんので諦めて下さい!」
 抱き抱えられながらも必死に振りほどこうとするが、逃げられない。

「しかし、晶は、諦めない!」
 偶然出来たダジャレはスルーされた。

「ですから、僕はそんな『趣味』無いんです」

「大人しくしろ、直ぐ済む」
 準備室に入ろうとしたその時、


「ハイ、おしま~い」


 木ノ実ネネが石動のおでこにアイアンクローをかました。ガシッ【状態異常回復】

「し、静流ゥ、俺は、お前を……」

 石動はドサッと前に倒れた。

「木ノ実先生!」
 遅れて駆けてきた睦美と真琴。

「全く、あなたたちってば、懲りないわねぇ」
 ため息交じりにネネは呟いた。

「助かりました。ありがとうございます!」

「で?一体これはどんな状況なのかしら?」
 睦美がネネの前に一歩進んだ。

「先生、事の説明は私が」

「お願いします」
 睦美は事の一部始終をネネに報告した。

「この本は先生が没収します。もちろん【解呪】しておきますが」

 ネネは本の裏にある出版元を見て、興味を示した。
(五十嵐出版て?まさか……)

「静流ゥ、静流ゥ」 
 石動はうなされながら、剣道部の部員に担がれて保健室に連れていかれる。

「石動君はこっちで引き取るから後はいいわ」

「でも、あの状態じゃ、また襲われるんじゃないかって……」

「大丈夫よ。【記憶操作】でこの一件は無かったことにするから」

「僕にも掛けてもらいたい位ですよ」

「消しちゃダメよ。あなたの場合、良い薬になったんじゃないかしら?」

「へ?何ですって?」

「モテるって、罪よねぇ~」
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