172 / 179
第三章
3-16「○○○の彗くん(1)」
しおりを挟む
人数を絞った練習から数日後、日々殺気が増していく野球部に反して、校内はすっかり文化祭ムードに染め上がっていた。
地獄の朝練後にほんわかしたこの雰囲気は若干胃もたれするが、これくらいじゃないと気も休まらないか、と一星は苦笑いをしながら歩を進める。
現在向かっているのは、一年三組。
今朝、軽い事故があって文化祭の開始時間が少し変更される、と伝えるための来訪だ。
本来は文化祭実行委員が伝えるべきなのだが、実行委員の二人がステージ側に立つ予定となっており、設営係の役目を終えて手が空いた一星にその役目が回ってきたという次第だった。
――なんか騒がしいな。
一年三組の教室前に来ると、文化祭特有の賑やかさの中に混じり、なにやら物騒な会話が聞こえてきた。しかも、声の主は間違いなく彗と、同じ野球部の雄介だ。
「……ぶへっ!」
「……なんだよ」
「いや、あまりにもよ……」
「コノヤロ……ちょっと一発殴らせろ」
大会が控えている中で、殴る蹴るなんて暴力問題なんて起きたらたまったもんじゃない。ここで止めないと、と一星は腹を括って「ちょっと待った!」と扉を開いた。
「……え?」
そんな一星の視界に飛び込んできたのは、笑う雄介と、その胸ぐらを掴んでいる――筋骨隆々とした厳ついメイド、もとい、空野彗だった。
「あ、すみませんまだ時間前……って、武山か。どした?」
「あ、いや、近くで衝突事故があって混乱してるから、開始時間少し送らせるって」と、取りあえず自分の役目を果たしてから「えっと、これ、どういう……」と言葉を漏らす。
「あ、俺たちの出しモンはメイドカフェでな? 女子だけじゃ不公平だからってことで、男子もやることになった。その結果が、コイツ」
何も言うことなく、背中を向けたまま彗はぷるぷると震えていた。その様子をクラスメイトが見て更に笑いが増える。
「ははは、に、似合ってるよ」
「……こっち見んな」
「ご、ごめん」
「ったく……なんでこんな格好させられなきゃいけないんだ」
「そりゃ、お前が練習でロクに実行委員の仕事しなかったからだろ?」
「いや、だって部活が……」
「海瀬はお前の分の仕事もやりつつ実行委員もこなしてたからな。その海瀬様が見たいって言うんじゃ、俺らもサポートするしかないってもんだ」
「くっそ……」
「元はと言えば、お前が野球の練習っていってサボったのがわりぃんだ」
「なあ、なんかの聞き間違いだったりしねぇ? 野郎の女装なんて需要ないだろ」
そう口をしかめる彗だが、「私が確かにこの耳でしっかりと聞いたよ」と、真奈美が自慢げに会話に割り込み「帰り際、ぼそっとね。メイドの彗くん見たいなーって。間違いないよ」と胸を張った。
「だ、そうだ」
「アイツのせいか……」
「元はと言えば、お前が野球の練習でキツい、って逃げ回ってたせいだ。文句言わず、やれ」
雄介の意見はごもっとも。彗は何も言えず、ぐぬぬと唸っている。
「そういえば、その音葉は?」
「あ、今はコンビニ。氷買いに行ってるけど、もう直戻ってくるはず」
「よっしゃ、じゃあ練習しとこうぜ」
「れ、練習⁉」
「あぁ。メイドっつったらやることは決まってんだろ? ほら、ドア開けたら――」
※
――結構込んでたなー。
近くで誰か人が倒れ、救急車を待つために渋滞が発生していたらしい。
その影響で一時避難している人が多かったのか、普段は彩星学生しかいないコンビニが大盛況だった。予想外に時間がかかってしまい、文化祭が始まってしまう、と足早に戻る。
校門を潜り、教室に向かう途中で異変に気づいた。
まだ開門したばかりだからか、彩星高校の生徒以外の人は見受けられない。
――開始時間間違ってたのかな。
急いで損した、などといったことを考えながら、一年三組の扉を開いた。
「ごめん、遅く――」
そこまで言いかけて、音葉は口を噤んだ。
いや、呆気にとられたと言った方が正しいかもしれない。
静寂の中、メイドの姿に扮した彼が、静かに言う。
「お、お帰りなさいませ、ご主人様」
※
一般人の記事にアクセス数・コメント数で共に負け続きの森下咲良は、並々ならぬ気概を持って、彩星高校の門を潜った。
今日は、彩星高校の文化祭。一般公開もされており、出入りは自由となっている。
これは、将来のスター候補である空野彗・武山一星の彗星バッテリーの高校時代の写真を入手するチャンス、と上司に直談判をして出張してきた。
――ようやく……着いた。
ここまでの途方もない道のりを思い出しながら、森下は〝自分、頑張った〟と自らのご褒美として購入した天むすを、一気にかき込んだ。
今日は、人生でも稀に見るくらい困難の連続だった。
まず、東京本社から車で二時間。
ここでは特段問題はなく、学校近くのコインパーキングに停め、さあ取材だと意気込んでいた矢先、目の前で自転車とご老人が衝突したという事件が発生した。
老人は強く頭を打っていたため、近くの通行人を集って車の誘導をしてもらいながら、自分は119番に電話して救急隊からの指示を仰ぎ、救命活動。
ちょうど先日、救急現場で働く人の取材をしたという偶然得た知識と経験が功を奏し、特段焦ることなく処置をした結果、救急車が来るまでには意識が回復。
――取りあえず、無事でよかったー。
一応精密検査も受けるが、命に別状はないだろうということで、ようやく目的地である彩星高校へ戻れたという次第だった。
地獄の朝練後にほんわかしたこの雰囲気は若干胃もたれするが、これくらいじゃないと気も休まらないか、と一星は苦笑いをしながら歩を進める。
現在向かっているのは、一年三組。
今朝、軽い事故があって文化祭の開始時間が少し変更される、と伝えるための来訪だ。
本来は文化祭実行委員が伝えるべきなのだが、実行委員の二人がステージ側に立つ予定となっており、設営係の役目を終えて手が空いた一星にその役目が回ってきたという次第だった。
――なんか騒がしいな。
一年三組の教室前に来ると、文化祭特有の賑やかさの中に混じり、なにやら物騒な会話が聞こえてきた。しかも、声の主は間違いなく彗と、同じ野球部の雄介だ。
「……ぶへっ!」
「……なんだよ」
「いや、あまりにもよ……」
「コノヤロ……ちょっと一発殴らせろ」
大会が控えている中で、殴る蹴るなんて暴力問題なんて起きたらたまったもんじゃない。ここで止めないと、と一星は腹を括って「ちょっと待った!」と扉を開いた。
「……え?」
そんな一星の視界に飛び込んできたのは、笑う雄介と、その胸ぐらを掴んでいる――筋骨隆々とした厳ついメイド、もとい、空野彗だった。
「あ、すみませんまだ時間前……って、武山か。どした?」
「あ、いや、近くで衝突事故があって混乱してるから、開始時間少し送らせるって」と、取りあえず自分の役目を果たしてから「えっと、これ、どういう……」と言葉を漏らす。
「あ、俺たちの出しモンはメイドカフェでな? 女子だけじゃ不公平だからってことで、男子もやることになった。その結果が、コイツ」
何も言うことなく、背中を向けたまま彗はぷるぷると震えていた。その様子をクラスメイトが見て更に笑いが増える。
「ははは、に、似合ってるよ」
「……こっち見んな」
「ご、ごめん」
「ったく……なんでこんな格好させられなきゃいけないんだ」
「そりゃ、お前が練習でロクに実行委員の仕事しなかったからだろ?」
「いや、だって部活が……」
「海瀬はお前の分の仕事もやりつつ実行委員もこなしてたからな。その海瀬様が見たいって言うんじゃ、俺らもサポートするしかないってもんだ」
「くっそ……」
「元はと言えば、お前が野球の練習っていってサボったのがわりぃんだ」
「なあ、なんかの聞き間違いだったりしねぇ? 野郎の女装なんて需要ないだろ」
そう口をしかめる彗だが、「私が確かにこの耳でしっかりと聞いたよ」と、真奈美が自慢げに会話に割り込み「帰り際、ぼそっとね。メイドの彗くん見たいなーって。間違いないよ」と胸を張った。
「だ、そうだ」
「アイツのせいか……」
「元はと言えば、お前が野球の練習でキツい、って逃げ回ってたせいだ。文句言わず、やれ」
雄介の意見はごもっとも。彗は何も言えず、ぐぬぬと唸っている。
「そういえば、その音葉は?」
「あ、今はコンビニ。氷買いに行ってるけど、もう直戻ってくるはず」
「よっしゃ、じゃあ練習しとこうぜ」
「れ、練習⁉」
「あぁ。メイドっつったらやることは決まってんだろ? ほら、ドア開けたら――」
※
――結構込んでたなー。
近くで誰か人が倒れ、救急車を待つために渋滞が発生していたらしい。
その影響で一時避難している人が多かったのか、普段は彩星学生しかいないコンビニが大盛況だった。予想外に時間がかかってしまい、文化祭が始まってしまう、と足早に戻る。
校門を潜り、教室に向かう途中で異変に気づいた。
まだ開門したばかりだからか、彩星高校の生徒以外の人は見受けられない。
――開始時間間違ってたのかな。
急いで損した、などといったことを考えながら、一年三組の扉を開いた。
「ごめん、遅く――」
そこまで言いかけて、音葉は口を噤んだ。
いや、呆気にとられたと言った方が正しいかもしれない。
静寂の中、メイドの姿に扮した彼が、静かに言う。
「お、お帰りなさいませ、ご主人様」
※
一般人の記事にアクセス数・コメント数で共に負け続きの森下咲良は、並々ならぬ気概を持って、彩星高校の門を潜った。
今日は、彩星高校の文化祭。一般公開もされており、出入りは自由となっている。
これは、将来のスター候補である空野彗・武山一星の彗星バッテリーの高校時代の写真を入手するチャンス、と上司に直談判をして出張してきた。
――ようやく……着いた。
ここまでの途方もない道のりを思い出しながら、森下は〝自分、頑張った〟と自らのご褒美として購入した天むすを、一気にかき込んだ。
今日は、人生でも稀に見るくらい困難の連続だった。
まず、東京本社から車で二時間。
ここでは特段問題はなく、学校近くのコインパーキングに停め、さあ取材だと意気込んでいた矢先、目の前で自転車とご老人が衝突したという事件が発生した。
老人は強く頭を打っていたため、近くの通行人を集って車の誘導をしてもらいながら、自分は119番に電話して救急隊からの指示を仰ぎ、救命活動。
ちょうど先日、救急現場で働く人の取材をしたという偶然得た知識と経験が功を奏し、特段焦ることなく処置をした結果、救急車が来るまでには意識が回復。
――取りあえず、無事でよかったー。
一応精密検査も受けるが、命に別状はないだろうということで、ようやく目的地である彩星高校へ戻れたという次第だった。
0
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
先輩に振られた。でも、いとこと幼馴染が結婚したいという想いを伝えてくる。俺を振った先輩は、間に合わない。恋、デレデレ、甘々でラブラブな青春。
のんびりとゆっくり
青春
俺、海春夢海(うみはるゆめうみ)。俺は高校一年生の時、先輩に振られた。高校二年生の始業式の日、俺は、いとこの春島紗緒里(はるしまさおり)ちゃんと再会を果たす。彼女は、幼い頃もかわいかったが、より一層かわいくなっていた。彼女は、俺に恋している。そして、婚約して結婚したい、と言ってきている。戸惑いながらも、彼女の熱い想いに、次第に彼女に傾いていく俺の心。そして、かわいい子で幼馴染の夏森寿々子(なつもりすずこ)ちゃんも、俺と婚約して結婚してほしい、という気持ちを伝えてきた。先輩は、その後、付き合ってほしいと言ってきたが、間に合わない。俺のデレデレ、甘々でラブラブな青春が、今始まろうとしている。この作品は、「小説家になろう」様「カクヨム」様にも投稿しています。「小説家になろう」様「カクヨム」様への投稿は、「先輩に振られた俺。でも、その後、いとこと幼馴染が婚約して結婚したい、という想いを一生懸命伝えてくる。俺を振った先輩が付き合ってほしいと言ってきても、間に合わない。恋、デレデレ、甘々でラブラブな青春。」という題名でしています。
【R15】【第一作目完結】最強の妹・樹里の愛が僕に凄すぎる件
木村 サイダー
青春
中学時代のいじめをきっかけに非モテ・ボッチを決め込むようになった高校2年生・御堂雅樹。素人ながら地域や雑誌などを賑わすほどの美しさとスタイルを持ち、成績も優秀で運動神経も発達し、中でもケンカは負け知らずでめっぽう強く学内で男女問わずのモテモテの高校1年生の妹、御堂樹里。親元から離れ二人で学園の近くで同居・・・・というか樹里が雅樹をナチュラル召使的に扱っていたのだが、雅樹に好きな人が現れてから、樹里の心境に変化が起きて行く。雅樹の恋模様は?樹里とは本当に兄妹なのか?美しく解き放たれて、自由になれるというのは本当に良いことだけなのだろうか?
■場所 関西のとある地方都市
■登場人物
●御堂雅樹
本作の主人公。身長約百七十六センチと高めの細マッチョ。ボサボサ頭の目隠れ男子。趣味は釣りとエロゲー。スポーツは特にしないが妹と筋トレには励んでいる。
●御堂樹里
本作のヒロイン。身長百七十センチにIカップのバストを持ち、腹筋はエイトパックに分かれる絶世の美少女。芸能界からのスカウト多数。天性の格闘センスと身体能力でケンカ最強。強烈な人間不信&兄妹コンプレックス。素直ではなく、兄の前で自分はモテまくりアピールをしまくったり、わざと夜に出かけてヤキモチを焼かせている。今回新たな癖に目覚める。
●田中真理
雅樹の同級生で同じ特進科のクラス。肌質や髪の毛の性質のせいで不細工扱い。『オッペケペーズ』と呼ばれてスクールカースト最下層の女子三人組の一人。持っている素質は美人であると雅樹が見抜く。あまり思慮深くなく、先の先を読まないで行動してしまうところがある。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。
遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。
彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。
……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。
でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!?
もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー!
ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。)
略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる