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第二部
2-60「vs桜海大葉山(19)」
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矢沢の追いかけに直ぐさま反応し、凜はスコアブックを確認して「全部で七十二球です」と答えた。
「七十二球か……結構多いな。イニングごとでどれくらいだ?」
「初回が十二、二回が二十一、三回が二十八、四回が十一です」
「なるほど。四回以外は回を増すごとに球数かかってるな」
「粘られているってワケじゃないんですけどね」
「そうだったっけか。ちょっと貸してみ?」
真田は凜からスコアブックを受け取り、ファールの数を確認すると、確かに凜の言うとおりファールの数は六つ。しかも浅いカウントでのものがほとんどで、粘られたと言うよりも打ち損じた、もしくはバットに偶然当たったというケースのみ。追い込んでからは、ヒットか空振りか前に飛ばしてアウトになったのどれかだ。
「……こうしてみると随分と極端だな」
「球数が少ない初回も、運良くストライクになってたところに、相手さんのじっくり見ていく作戦に助けられた感じだな。まあ及第点ってところだろう」
横でスコアブックをのぞき込んでいた矢沢がしみじみ呟く。
「おっ、鬼軍曹とも呼ばれてた男が随分と甘いな。謹慎期間で少し丸くなったか?」
矢沢は自分の腹をさすりながら「丸くなったのは体型だけだ」と渋い顔をしながら話を続ける。
「球数はコントロール無視で腕を振ることメインで行けって指示した結果だし、初めての球種を未完成のフォームで投げてるんだ。その分コントロールがおざなりになるのは織り込み済みだよ。具体的な数値を言えば、八十球が及第点のボーダーラインだった」
「四回で八十球がボーダーライン? 随分と甘い及第点なこって」
「自分が投げるボールの特徴に気づけているって前提の元、な。もし気づけてなかったらゼロに抑えてたって五十球で投げきってたって落第だよ」
そう語る矢沢の目は、ギラギラとしていた。
学生時代、野心にまみれていて夢を恥ずかしげも無く語っていた若い頃を思い出させるような、そんな熱い目。
いよいよコーチとしての本領を発揮してくれそうな矢沢に「頼むぜ、相棒」とだけ言ってから、真田は身を乗り出す。
「俺はこっちをなんとかしないとな」
投手のことは全て任せた。その分、集中して野手を育成することとなる。
つまりは、点が取れなければ自分の責任。
「さあて、どうやってひっくり返すか」
斜めに被っていた帽子をきゅっとかぶり直すと、真剣な眼差しで真田はグラウンドに視線を落とした。
※
五番の新太が粘って十球目にライト前へ打球を放った。二塁ランナーの一星が快足を飛ばしてホームインすると、ワンアウトランナー一塁の場面で、彗の代打に三年生の浩平が出て行く。
新聞記者二人にお茶を出し終え、彗のピッチングをゆっくり見ようとしていた音葉は「え、代打?」と目を丸くした。怪我かとも思ったが、「高山先輩! ファイト!」とベンチ内で声を出している姿に憂いはない。
どうしてだろうと疑問に思っていると、代打の浩平が初球を強く叩いた。
火の出るような鋭い当たり。
また一点追加――と彩星ベンチが盛り上がりかけたが、再びショートの泰明が野性的な反応を見せて打球に追いつき、セカンドへ転送。なまじいい当たりだったため、一塁もアウトとなり、ゲッツーが成立。
彩星高校の反撃は二点で留まった。
「あー……惜しい」
ショートに飛んだらノーチャンスだな、と音葉はため息を溢すが、牙城を崩せたことで彩星ベンチは大盛り上がり。タイムリーを打った新太、強烈な打球を放った浩平を「ナイスバッティング!」とベンチにいた選手達が手荒い祝福をしている。
この回代打を出され、降板することになった彗も二人とハイタッチをすると、ベンチ裏へ――音葉の下へ近寄ってきた。
――なんで……⁉
マネージャーとしての仕事は落ち着いているが、はたから見ればサボっている一年生。誤解されるのはいやだ、何か仕事は、と頭がフル回転する。
パッと目に入ったタオルを手に取ると「あ、えっと、お疲れ様」とぎこちなく彗に手渡した。
「サンキュ」
「ナイスピッチ」
「四点打たれて、そりゃねぇよ」
彗は、汗を拭いながらいら立ちを顕わにする。若干慌てていると、彗はベンチ裏に設置してある椅子に座ると、タオルを頭から被って「ダメダメのピッチングだ」と追い打ちをかけた。
悔しさと、情けなさと、惨めさ。
スポーツをやっていれば誰もが直面する無力さを痛感する瞬間。
――……らしくないな。
弱気な姿を見せる彗に「私、今日はマネの仕事ついでに見ててさ」と音葉は語り始める。
「あん?」
「三回だけ見れてないんだ。だから、海瀬音葉がみた空野彗は、三イニングで九個の三振とったナイスピッチングだよ」
「……都合の悪いとには目を瞑れってか?」
「自分自身を褒めたらってことだよ」
「褒める、ねぇ」
立った三つの言葉を噛みしめるように呟くと、彗は「そういや、最近しばらく褒めてねーわ」と顔を上げた。
「それは酷い! 自分で自分を褒めてあげないと。一番の味方なんだからさ」
「はっ……違いない」
ようやく顔を上げた彗は、若干だが頬が和らいでいた。
「なあ、音葉さ。今、手ぇ空いてる?」
「七十二球か……結構多いな。イニングごとでどれくらいだ?」
「初回が十二、二回が二十一、三回が二十八、四回が十一です」
「なるほど。四回以外は回を増すごとに球数かかってるな」
「粘られているってワケじゃないんですけどね」
「そうだったっけか。ちょっと貸してみ?」
真田は凜からスコアブックを受け取り、ファールの数を確認すると、確かに凜の言うとおりファールの数は六つ。しかも浅いカウントでのものがほとんどで、粘られたと言うよりも打ち損じた、もしくはバットに偶然当たったというケースのみ。追い込んでからは、ヒットか空振りか前に飛ばしてアウトになったのどれかだ。
「……こうしてみると随分と極端だな」
「球数が少ない初回も、運良くストライクになってたところに、相手さんのじっくり見ていく作戦に助けられた感じだな。まあ及第点ってところだろう」
横でスコアブックをのぞき込んでいた矢沢がしみじみ呟く。
「おっ、鬼軍曹とも呼ばれてた男が随分と甘いな。謹慎期間で少し丸くなったか?」
矢沢は自分の腹をさすりながら「丸くなったのは体型だけだ」と渋い顔をしながら話を続ける。
「球数はコントロール無視で腕を振ることメインで行けって指示した結果だし、初めての球種を未完成のフォームで投げてるんだ。その分コントロールがおざなりになるのは織り込み済みだよ。具体的な数値を言えば、八十球が及第点のボーダーラインだった」
「四回で八十球がボーダーライン? 随分と甘い及第点なこって」
「自分が投げるボールの特徴に気づけているって前提の元、な。もし気づけてなかったらゼロに抑えてたって五十球で投げきってたって落第だよ」
そう語る矢沢の目は、ギラギラとしていた。
学生時代、野心にまみれていて夢を恥ずかしげも無く語っていた若い頃を思い出させるような、そんな熱い目。
いよいよコーチとしての本領を発揮してくれそうな矢沢に「頼むぜ、相棒」とだけ言ってから、真田は身を乗り出す。
「俺はこっちをなんとかしないとな」
投手のことは全て任せた。その分、集中して野手を育成することとなる。
つまりは、点が取れなければ自分の責任。
「さあて、どうやってひっくり返すか」
斜めに被っていた帽子をきゅっとかぶり直すと、真剣な眼差しで真田はグラウンドに視線を落とした。
※
五番の新太が粘って十球目にライト前へ打球を放った。二塁ランナーの一星が快足を飛ばしてホームインすると、ワンアウトランナー一塁の場面で、彗の代打に三年生の浩平が出て行く。
新聞記者二人にお茶を出し終え、彗のピッチングをゆっくり見ようとしていた音葉は「え、代打?」と目を丸くした。怪我かとも思ったが、「高山先輩! ファイト!」とベンチ内で声を出している姿に憂いはない。
どうしてだろうと疑問に思っていると、代打の浩平が初球を強く叩いた。
火の出るような鋭い当たり。
また一点追加――と彩星ベンチが盛り上がりかけたが、再びショートの泰明が野性的な反応を見せて打球に追いつき、セカンドへ転送。なまじいい当たりだったため、一塁もアウトとなり、ゲッツーが成立。
彩星高校の反撃は二点で留まった。
「あー……惜しい」
ショートに飛んだらノーチャンスだな、と音葉はため息を溢すが、牙城を崩せたことで彩星ベンチは大盛り上がり。タイムリーを打った新太、強烈な打球を放った浩平を「ナイスバッティング!」とベンチにいた選手達が手荒い祝福をしている。
この回代打を出され、降板することになった彗も二人とハイタッチをすると、ベンチ裏へ――音葉の下へ近寄ってきた。
――なんで……⁉
マネージャーとしての仕事は落ち着いているが、はたから見ればサボっている一年生。誤解されるのはいやだ、何か仕事は、と頭がフル回転する。
パッと目に入ったタオルを手に取ると「あ、えっと、お疲れ様」とぎこちなく彗に手渡した。
「サンキュ」
「ナイスピッチ」
「四点打たれて、そりゃねぇよ」
彗は、汗を拭いながらいら立ちを顕わにする。若干慌てていると、彗はベンチ裏に設置してある椅子に座ると、タオルを頭から被って「ダメダメのピッチングだ」と追い打ちをかけた。
悔しさと、情けなさと、惨めさ。
スポーツをやっていれば誰もが直面する無力さを痛感する瞬間。
――……らしくないな。
弱気な姿を見せる彗に「私、今日はマネの仕事ついでに見ててさ」と音葉は語り始める。
「あん?」
「三回だけ見れてないんだ。だから、海瀬音葉がみた空野彗は、三イニングで九個の三振とったナイスピッチングだよ」
「……都合の悪いとには目を瞑れってか?」
「自分自身を褒めたらってことだよ」
「褒める、ねぇ」
立った三つの言葉を噛みしめるように呟くと、彗は「そういや、最近しばらく褒めてねーわ」と顔を上げた。
「それは酷い! 自分で自分を褒めてあげないと。一番の味方なんだからさ」
「はっ……違いない」
ようやく顔を上げた彗は、若干だが頬が和らいでいた。
「なあ、音葉さ。今、手ぇ空いてる?」
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