彗星と遭う

皆川大輔

文字の大きさ
上 下
130 / 179
第二部

2-42「vs桜海大葉山(1)」

しおりを挟む
 うだるような暑さの中、ただひたすらピッチングを続けていた。一球、また一球と投げ込むごとに、パンッ、パンッと聞き慣れたキャッチング音が耳に届いてくれる。
 きれいな回転のストレートと、キャッチャーがミットの芯でキャッチングをし、ちょうどいいタイミングでミットを閉じなければ鳴らないこの音はまさに芸術そのもの。
 最近では奇麗な回転では〝動くボール〟が主流になっているため奇麗なストレートを投げるピッチャーは少ない。事実、中学生日本代表が集ったこのU-15の世界大会においても、自分以上のストレートを投げるピッチャーはいないな、と翼は自信をつけていた。
 そんな矢先。

 ――ドンッ。

 嫌に耳障りな音を立てる同級生が視界に入る。

「うっし」

 代表に召集されるも、寝違えや〝ミニ謹慎〟で登板機会がない、自称〝中学最速の男〟、空野彗。
 耳障りな、汚い音。

 ――所詮速さだけ。眼中にない。

 最終戦、対台湾。味方がリードしたタイミングで、エースの自分が登板する。そのための準備――のはずだった。

 ライトで三番として出場していた白銀拓斗しろがねたくとが出塁すると、四番の武山一星が勝ち越しタイムリー。
 意気揚々とブルペンでの投球にも気合が入る。
 ブルペンコーチが、電話を取る。

 監督から選ばれる、二番手ピッチャーの名前――もとい、世界大会へと導くためのピッチャーの名前。

 もちろんその役割は自分だろう、その確信を持ってグラウンドへ向かおうとする。

「次のピッチャーは――」

 ブルペンコーチから告げられたのは……。


       ◇


「――……い。おい!」

 肩をゆすられて、八神翼は目を覚ました。
 桜海大葉山にある野球部専用バスはの座席は、これでもかと言うくらいふかふかな素材で作られている。関東全域への遠征をすることを踏まえ、体への負担は少なくなるようにと言う配慮なのだが、流石に二時間弱の移動ともなるといくら若い体といってもダメージはある。事実、「……おはようございます」と機嫌悪そうに応えた翼の身体は、少し体を捻っただけでポキポキと悲鳴を上げた。

「ったく……」

「着きました?」

「もうすぐだ」

 心配そうな困り繭で覗いてくるのは、桜海大葉山二年生の小野泰明おのやすあきは、カーテンを開いて翼に外の景色を見せた。

 高速を降りて公道を走っているようで、翼は「思ってたよりも速かったですね」と呟く。

 額の汗を拭っていると、泰明はホッとした様子で「凄い顔してたが、大丈夫そうだな」と胸を撫で下ろす。

 一年生時からこの高校でスタメンを張っているのは伊達ではないようで、ぴんぴんとした様子の泰明に驚愕しながら翼は「すみません、嫌な夢を見てました」と外の景色に視線を落とした。

「嫌な夢?」

「……まあ、いいです。今日忘れる予定なんで」

「ふぅん。ま、大事無いならいいけどよ……。ただでさえ高校生活初先発で緊張するかもしれんが、せいぜい気楽にな」

「……はい」

 そう応えると、翼は手元の携帯を開いた。
 開くと、通知欄に未読のメッセージが一件と表示されている。
 普段ならどんなアプリからの通知でもまめに確認し、既読を付け、消すようにする翼だが、このメッセージだけはなかなか開くことができなかった。

 それを今、改めて決意を持ってメッセージを開く。

 表記されているのは、空野彗からの短い〝明日先発だ〟という素っ気ない文字だけ。

 ――ヤツらしいな。

 既読だけつけてから、翼は電源を落とした。
 すると、そのタイミングでバスが到着する。
 先輩たちが血気盛んに降りていく中で、最後尾の翼は一番最後にバスを降りた。
 今日の目的地である、彩星高校。
 その出迎えに、ヤツはいた。

「よー根暗。久しぶりだな」

 自信満々に、人をひたすら煽るような口上で登場したのは空野彗だ。

 あの時から何も変わっていないな、と感じながら「ギリギリ間に合ったみたいで良かった」と皮肉めいた返事をする。

「お陰様でな。そもそもお前がもっと早く――」

 そこまで突っかかってきたところで、武山一星が「はいはい、そこまで」と割って入った。

「久しぶりだな、武山」

「久しぶり。流石だね、葉山でもう番号貰ってるなんて」

「一番じゃないと意味無いさ。君ももう番号貰ってるんだろ?」

「ま、おこぼれみたいなもんだけどね」と一星はピースサインを見せてくる。

 世界大会の時、唯一話を合わせられた選手。なんでコイツとアイツが同じ高校で立ちはだかることになるんだろうな、と疑問に思いながら翼は「じゃあ、グラウンドで」と言い残してその場を後にした。


       ※


「相変わらず嫌なヤツだなー」

 桜海大葉山の選手たちを見送ると、彗は口を尖らせた。

「全く……試合前からスイッチ入ってるのはいいけどさ。面倒ごとは止めてよね」

「へいへい」

 いつものセリフで返事をすると、彗は踵を返す。

「彗、今日の献立は?」

「取りあえず一巡目は全部三振を狙う」

「いいね、了解」

「リードは任せていいか?」

「もちろん。夜なべして予習したからね」

「上等だ」

 簡単な会話を終えてから、二人はグラウンドへ向かった。

 いよいよ、新しい力――ライトボールのお披露目となる。

 少しくらい調子に乗ってもいいだろう、それくらいの腹積もりでいると幾分か体が軽くなったような気がして彗は「楽しみだな」と呟いていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

先輩に振られた。でも、いとこと幼馴染が結婚したいという想いを伝えてくる。俺を振った先輩は、間に合わない。恋、デレデレ、甘々でラブラブな青春。

のんびりとゆっくり
青春
俺、海春夢海(うみはるゆめうみ)。俺は高校一年生の時、先輩に振られた。高校二年生の始業式の日、俺は、いとこの春島紗緒里(はるしまさおり)ちゃんと再会を果たす。彼女は、幼い頃もかわいかったが、より一層かわいくなっていた。彼女は、俺に恋している。そして、婚約して結婚したい、と言ってきている。戸惑いながらも、彼女の熱い想いに、次第に彼女に傾いていく俺の心。そして、かわいい子で幼馴染の夏森寿々子(なつもりすずこ)ちゃんも、俺と婚約して結婚してほしい、という気持ちを伝えてきた。先輩は、その後、付き合ってほしいと言ってきたが、間に合わない。俺のデレデレ、甘々でラブラブな青春が、今始まろうとしている。この作品は、「小説家になろう」様「カクヨム」様にも投稿しています。「小説家になろう」様「カクヨム」様への投稿は、「先輩に振られた俺。でも、その後、いとこと幼馴染が婚約して結婚したい、という想いを一生懸命伝えてくる。俺を振った先輩が付き合ってほしいと言ってきても、間に合わない。恋、デレデレ、甘々でラブラブな青春。」という題名でしています。

【R15】【第一作目完結】最強の妹・樹里の愛が僕に凄すぎる件

木村 サイダー
青春
中学時代のいじめをきっかけに非モテ・ボッチを決め込むようになった高校2年生・御堂雅樹。素人ながら地域や雑誌などを賑わすほどの美しさとスタイルを持ち、成績も優秀で運動神経も発達し、中でもケンカは負け知らずでめっぽう強く学内で男女問わずのモテモテの高校1年生の妹、御堂樹里。親元から離れ二人で学園の近くで同居・・・・というか樹里が雅樹をナチュラル召使的に扱っていたのだが、雅樹に好きな人が現れてから、樹里の心境に変化が起きて行く。雅樹の恋模様は?樹里とは本当に兄妹なのか?美しく解き放たれて、自由になれるというのは本当に良いことだけなのだろうか? ■場所 関西のとある地方都市 ■登場人物 ●御堂雅樹 本作の主人公。身長約百七十六センチと高めの細マッチョ。ボサボサ頭の目隠れ男子。趣味は釣りとエロゲー。スポーツは特にしないが妹と筋トレには励んでいる。 ●御堂樹里 本作のヒロイン。身長百七十センチにIカップのバストを持ち、腹筋はエイトパックに分かれる絶世の美少女。芸能界からのスカウト多数。天性の格闘センスと身体能力でケンカ最強。強烈な人間不信&兄妹コンプレックス。素直ではなく、兄の前で自分はモテまくりアピールをしまくったり、わざと夜に出かけてヤキモチを焼かせている。今回新たな癖に目覚める。 ●田中真理 雅樹の同級生で同じ特進科のクラス。肌質や髪の毛の性質のせいで不細工扱い。『オッペケペーズ』と呼ばれてスクールカースト最下層の女子三人組の一人。持っている素質は美人であると雅樹が見抜く。あまり思慮深くなく、先の先を読まないで行動してしまうところがある。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。

遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。 彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。 ……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。 でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!? もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー! ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。) 略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...