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第一部
1-71「vs春日部共平(16)」
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――打てるわけないって!
見切ったと言うよりも、手が出なかったというべきだろうか。
二球目もストレートで、今度はスピードが少し遅め。その代わり、インコースの厳しいところにビタッと投げ込まれる。
もし練習試合で自分が主審だったら、ストライクを取っていただろうコースだ。
「助かった……」
思わず言葉が漏れ出してしまい、はハッと手で口元を隠す。その様子を見て、キャッチャーの海斗がにやりと笑っていることが、マスク越しでもはっきり分かった。
――悪かったな、腰抜けでよ。
文哉は、一度バッターボックスを外して海斗に睨み返してから、二塁ベースにいる彗を見た。体が冷え切らないよう、時折足踏みをして体を動かしている。
どこまでも余念のないその姿には、舌を巻くばかりだ。
――あんな風にはなれないな。
試合中でも、常に次のピッチングのことを考えている、正に野球星人。それくらい野球が好きじゃないと怪物とか呼ばれないんだろうな、なんてことを考えながら、文哉は再びバッターボックスに入った。
自分では、あの怪物や暴君みたいに、どっぷりと野球にのめり込むことはできない凡人だ。
でも、凡人でもできることはある。
――やっぱこれしかないよな。
三球目はチェンジアップ。
普通に待っているだけじゃ空振りしてるわ、と思うほどのキレキレのチェンジアップだ。
そんなウイニングショットを待っていた文哉は、投球動作が始まると同時に背中を丸めて、左足を引いてマウンドと相対するような体制にすると、バットの芯の部分からニ十センチ下を持って構えた。
監督のサインにはない、セーフティバントだ。
――これだけ遅けりゃ、バントくらい……!
アウトコースに沈んでいくチェンジアップを、両膝をクッションのように柔軟に使って追いかける。
先ほどの彗のヒットとは真逆の、コンッ、と小さい音が鳴った。
※
――セーフティバント⁉
咄嗟に文哉が取った行動に戸惑うも、一瞬で切り替えて彗はスタートダッシュを決めていた。
チェンジアップを捉え、ボールは勢いが殺され一塁方向へ。
予想だにしないバントに動揺してくれれば――なんて願望が通用するほど、春日部共平と言う強豪校は甘くない。
一塁手が、猛烈なダッシュで打球に追いつく。
視界の端に見えていたそのプレーを見て、彗の背筋に悪寒が走る。
――このタイミングじゃ……!
送球が逸れてくれでもしない限り、アウトになってしまうタイミング。
タッチプレーになるためほんの少し逸れるだけでその確率は上がるが、相手のミスを期待して手を抜くようじゃ、野球の神様は微笑まない。
やれることは、精一杯のプレーをするだけ――彗は全力で走り、三塁ベース付近まで行くと、高校球児よろしく頭から滑り込んだ。
普段は手を怪我する可能性があるため、ほとんどやらないヘッドスライディングだが、ベースを陥れる確率を上げようと出てしまった、無意識のプレーだった。
しかし、現実は無情。
三塁手のグローブは丁度、彗の真上を陣取っている。
もし送球が逸れているのだとしたら、その方向に動いているはず。
そうじゃないということは、ドンピシャの送球を一塁手が見せたようだ。
――クッソ……!
これは、アウトになる。
長い野球の経験からそのことを察した彗だが、もう飛んでしまった後。
もう今更、止まることはできねー……――と、諦めかけていた彗の頭を、強い衝撃が襲った。
「いてっ⁉」
ぽこん、と先ほどのバントの時になったような音を間近で聞いたかと思えば、先ほどまで余裕な表情だった三塁手が慌てて持ち場を離れる。
「なんだ⁉」
事態を把握できていない彗は、飛び込んだ勢いそのまま、ベースを抱え込むようにして勢いを止め、頭をさすっていると、背後にいた三塁コーチャーが「空野、ホームだ!」と声を荒げた。
何が起きているのか終始わからないまま、彗は再び立ち上がってホームを目指す。
三塁からホームまで半分来たところで、ようやく彗は今起きている現状を理解した。
さっきの頭の痛み、三塁手の動き、コーチャーの慌てよう――完璧だった送球が、自分に当たったのだ。
見切ったと言うよりも、手が出なかったというべきだろうか。
二球目もストレートで、今度はスピードが少し遅め。その代わり、インコースの厳しいところにビタッと投げ込まれる。
もし練習試合で自分が主審だったら、ストライクを取っていただろうコースだ。
「助かった……」
思わず言葉が漏れ出してしまい、はハッと手で口元を隠す。その様子を見て、キャッチャーの海斗がにやりと笑っていることが、マスク越しでもはっきり分かった。
――悪かったな、腰抜けでよ。
文哉は、一度バッターボックスを外して海斗に睨み返してから、二塁ベースにいる彗を見た。体が冷え切らないよう、時折足踏みをして体を動かしている。
どこまでも余念のないその姿には、舌を巻くばかりだ。
――あんな風にはなれないな。
試合中でも、常に次のピッチングのことを考えている、正に野球星人。それくらい野球が好きじゃないと怪物とか呼ばれないんだろうな、なんてことを考えながら、文哉は再びバッターボックスに入った。
自分では、あの怪物や暴君みたいに、どっぷりと野球にのめり込むことはできない凡人だ。
でも、凡人でもできることはある。
――やっぱこれしかないよな。
三球目はチェンジアップ。
普通に待っているだけじゃ空振りしてるわ、と思うほどのキレキレのチェンジアップだ。
そんなウイニングショットを待っていた文哉は、投球動作が始まると同時に背中を丸めて、左足を引いてマウンドと相対するような体制にすると、バットの芯の部分からニ十センチ下を持って構えた。
監督のサインにはない、セーフティバントだ。
――これだけ遅けりゃ、バントくらい……!
アウトコースに沈んでいくチェンジアップを、両膝をクッションのように柔軟に使って追いかける。
先ほどの彗のヒットとは真逆の、コンッ、と小さい音が鳴った。
※
――セーフティバント⁉
咄嗟に文哉が取った行動に戸惑うも、一瞬で切り替えて彗はスタートダッシュを決めていた。
チェンジアップを捉え、ボールは勢いが殺され一塁方向へ。
予想だにしないバントに動揺してくれれば――なんて願望が通用するほど、春日部共平と言う強豪校は甘くない。
一塁手が、猛烈なダッシュで打球に追いつく。
視界の端に見えていたそのプレーを見て、彗の背筋に悪寒が走る。
――このタイミングじゃ……!
送球が逸れてくれでもしない限り、アウトになってしまうタイミング。
タッチプレーになるためほんの少し逸れるだけでその確率は上がるが、相手のミスを期待して手を抜くようじゃ、野球の神様は微笑まない。
やれることは、精一杯のプレーをするだけ――彗は全力で走り、三塁ベース付近まで行くと、高校球児よろしく頭から滑り込んだ。
普段は手を怪我する可能性があるため、ほとんどやらないヘッドスライディングだが、ベースを陥れる確率を上げようと出てしまった、無意識のプレーだった。
しかし、現実は無情。
三塁手のグローブは丁度、彗の真上を陣取っている。
もし送球が逸れているのだとしたら、その方向に動いているはず。
そうじゃないということは、ドンピシャの送球を一塁手が見せたようだ。
――クッソ……!
これは、アウトになる。
長い野球の経験からそのことを察した彗だが、もう飛んでしまった後。
もう今更、止まることはできねー……――と、諦めかけていた彗の頭を、強い衝撃が襲った。
「いてっ⁉」
ぽこん、と先ほどのバントの時になったような音を間近で聞いたかと思えば、先ほどまで余裕な表情だった三塁手が慌てて持ち場を離れる。
「なんだ⁉」
事態を把握できていない彗は、飛び込んだ勢いそのまま、ベースを抱え込むようにして勢いを止め、頭をさすっていると、背後にいた三塁コーチャーが「空野、ホームだ!」と声を荒げた。
何が起きているのか終始わからないまま、彗は再び立ち上がってホームを目指す。
三塁からホームまで半分来たところで、ようやく彗は今起きている現状を理解した。
さっきの頭の痛み、三塁手の動き、コーチャーの慌てよう――完璧だった送球が、自分に当たったのだ。
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