彗星と遭う

皆川大輔

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第一部

1-27「怪物との遭遇(3)」

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 二人目の生徒の名前に引っかかっていた雄介は、こっそり携帯で名前を確認してみると、どうやら世界大会で彗と組んでいた日本代表のキャッチャーであると判明し、天を仰いだ。

 ――怪物に続き天才かよ……。

 落差の激しい現実に言葉を失う雄介は、自分を落ち着かせるという意味も込めて取り合えず怪物と天才に数学のコツを教えてみた。

 二人とも要領は良いのだろう。コツやポイント、方程式を使うタイミングなど教えると、スポンジが水を吸収するような勢いで成長をしていく二人に教え甲斐を覚えつつあった雄介は、問題を必死に解いている二人を見ながら〝金曜日に入部する〟という彗が発した言葉の意味を咀嚼していた。

 話を少しだけ聞いてみると、どうやらこのいかれたバッテリーは、二人とも仮入部期間最後の金曜日に入部をするらしい。

 この最終日以前にも入部届を出すことはできるが、多くの生徒はこの日に入部届を出す。いろいろな部活を見たい、練習をまだ始めたくないなど様々な理由があるが、野球部員の多くは早めに入部届を提出している。 というのも、野球部には〝一年生が早速公式戦に出場できるチャンスがある〟という理由があるからだ。

 高校野球には、大きく分けて三つの公式戦がある。

 三年生最後の公式戦で、優勝すれば甲子園に進める〝夏季大会〟。

 三年生が引退し、新しいチームで戦って春の甲子園に進む高校を選ぶ〝秋季大会〟。

 この二つは、甲子園と直結していることもあって注目されることが多い……が、それら二つの大会の陰に隠れて〝春季大会〟というものが存在している。

 どれだけ勝ち進んでも、各地区の試合までで終了する。
 埼玉で言えば、最高でも〝関東大会優勝校〟という称号が得られるだけの大会だ。もちろん、甲子園にも行けない。

 別に、勝ち続けることは悪いことではないが、夏の本番に向けて手の内を隠すという強豪校がいたりするなど、ある意味夏の大会に向けた〝前哨戦〟のような意味合いを持つこの大会。

 通常ならば、上級生を中心として戦い、冬の厳しい練習を乗り越えた部員たちの成長を測る場面としてはうってつけ。ある程度勝利を重ね、夏のシード権を獲得さえしてしまえば、後は作戦や打順など、戦略を隠して騙し合いをする――のが普通ではある。
 ただそれは、あくまで定石にしか過ぎない。
 夏の戦力になるのではないか、という一年生がいれば、その力を測るためにベンチ入りさせることがある。

 加えて、この彩星高校は夏の大会二年連続初戦敗退だが、監督が変わり秋季大会ではいい結果を出していた中堅校モドキ。甲子園を狙う――とまではいかないでも、使える一年生がいれば抜擢したいという意識は必ずあるはず。

 そのため、早く監督に認めてもらい、ベンチ入りするためにいち早く入部をしようと考えていたための決断が、早期入部だ。
 だから、遅く入部をしようと考えているやつは、野球部をエンジョイしたいと考えているか、その事実を知らないかのどちらか。

 金曜日に入部する、という結論の答えを二つに絞った雄介は、手が止まった瞬間を見計らって「なぁ、なんで入部しねぇの?」聞いてみた。

 フル回転させた頭がオーバーヒートでも起こしているのだろう。天井を見上げる彗が「あーそれね」と呟くと、一星が「僕ら最近まで野球できなかったからさ、感覚取り戻すために練習してんの」と答えた。

 ――後者だ。

 確信を持った雄介は「そうなんか」と留めて続く言葉を飲み込んだ。

 この二人が入部すれば、監督の信頼などは二の次。ほぼ間違いなく、ベンチ入りする。
 それは、限られた一年生の席が……雄介が座れるかもしれないという席が、更に減るという事実に直結していた。
 ――摘める芽は摘んでおく、ね。
 彗の発した言葉がそっくりそのまま雄介の頭の中を駆け巡った。


       ※


 ――今年は豊作だ!

 先日、マネージャーをやりたいと話しかけてきてくれた一年生が、おっとりとした友人を連れてきてくれた。
 鴨がネギを背負ってきたとは正にこのことだろう。

 心の中でガッツポーズをしながら「アタシは二年の立花由香。よろしくね」と由香は入部希望者二人に話しかけた。

 一人は、野球経験者で先週話しかけてきた、黒髪でショートカットの海瀬音葉。その友人である木原真奈美。

 二年生としては一人。日々の雑用はもちろん、先輩たちの使いっ走りからも卒業か、と感慨にふけっていると「よろしくお願いしまぁす」と気の抜けた言葉を真奈美が漏らした。

 音葉の方は恐らくスポーツでもやっていたのだろう。肝が据わっていて、足も太く即戦力に違いないという確信を持てる。

 しかし、その友人である真奈美は、どこかおっとりとした雰囲気とその話し方からお嬢様感を醸し出していて、大丈夫かな、という不安を覚えながら「はい、よろしくね!」と気丈に振舞ってみた。
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