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第一部
1-09「決意の夜に(1)」
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彗と別れ、自宅に帰ると音葉は誰とも話すことなく自分のベッドへ飛び込んだ。
自分の枕に顔を付け「あー、もう!」と感情を爆発させてみたが、気分が晴れることはなかった。
事情も聴かず付きまとい、彗の気分を害してしまった申し訳なさ。意図していないとは言え、何かしらの傷を負っている一星と彗を引き合わせてしまった後悔。そして、もう一度あの怪物の野球が見られるという高揚感。
三つの異なる感情が混ざり合い、心の中はもうぐちゃぐちゃだった。
一言では言い表せられない。きっと、鏡で見たら、半分だけ笑っていてもう半分は落ち込んでいて、お母さんに見られたら〝えっ、どうしたの?〟と聞かれてしまうほど複雑な表情をしていることだろう。
「……やっちゃったなぁ」
もうしばらくこの感情がすっきりすることはないだろう。あとは未来の自分に任せて、と音葉は携帯を開いて動画サイトを開いた。
気晴らしに、何か見ようと思ってだったが、そこは流石大手配信サイト。普段見ている動画の傾向から出すおすすめの動画欄は、野球の動画ばかり。
その中から一つ、〝怪物・空野彗の全投球〟というタイトルの動画を開いた。
一瞬、社会現象にさえなったほどの注目に後押しされてできた中学世界野球の公式チャンネルで公開されているその動画は、再生回数四〇〇万回を超えていた。高評価も万を超えている。
「なんで今、おすすめに持ってくるかなぁ……」
愚痴を零しながらも、指が勝手に動いてその動画を再生した。
何度も何度も見たその動画。
世界が違いすぎて、空想の人物じゃないかとさえ思っていた空野彗。そんな怪物を一番近いところから見ることができる。イチ野球ファンとしては、最高な観客席に座ることができる。
もっと、よろこんでもいいんじゃない、与り知らない自分が囁いてくる。
いやいや、ダメでしょと首を横に何度か振って自分にわからせる。
怪物が野球に戻るという確信こそ得られたものの、自分が関わっていなくてもその結末は待っていたはず。言うなれば、この二日間の行動は自己満足でしかない。
真奈美も巻き込み、彗に迷惑をかけ、一星のトラウマを抉ってしまった。
全部、向こう見ずな自分の行動が招いた悲劇に他ならない。
――明日、みんなに謝らないと。
そう決心する音葉は、再び動画に視線を落とした。
丁度、怪物が最後の一球を投げる瞬間だ。
観客はいないため、球場は静謐に包まれていた。
そんな空間の中で、空野彗が腕を振る。
武山一星が、パンッと軽快なミットの音を響かせた。
勝利を確信したナインが、満面の笑みでマウンドへ集まっていくところで、音葉は携帯をスリープモードにして充電器に繋いだ。
――なんて謝ればいいかな……。
謝罪の形を考えていると、それだけでエネルギーを使ったのか、音葉のお腹がくぅと鳴った。
どうやって謝るかはご飯を食べてから。まだ、明日まで時間はある。
「音葉―、ご飯だよ!」
タイミングよく母が声をかけてきた。
はーい、とリビングへ向かう。リビングに入ると、炊飯ジャーからは炊き立てのご飯の匂いとみそ汁の香りが漂ってきた。
今日も和食だ。
「文句は聞かないよ」と母が先手を打ってくる。
そんな元気な母を真っすぐ見て、音葉は笑った。
「ううん。いつもありがとうね」
※
一星に言われた〝何か、夢中になれたことはある?〟という質問が何度も頭の中を駆け巡っていて、振り払うようにして真奈美は「別にいいでしょ」と呟いていた。
――中途半端で何が悪いの。ほとんどがそうじゃん。
行きたくもない辺鄙な大学に行って、やりたくもない仕事をして。
青臭い夢なんか追っていようものなら、現実を見なさいって、夢を諦めた人生の先輩たちに言われて諦める。
――それが世間一般に言う、普通の人生でしょ。
いくら否定してみても、たった一言、一星がふと零した一文に敵わない。
夢中になったことのある人の言葉が、ただひたすらに重くのしかかっていた。
「あー……そんなキャラじゃないんだけどなぁ」
別に、野球なんて好きじゃない。
汗臭いし、汚いし、暑苦しいし、見たい番組が野球中継で無くなるし。
ただ、野球を好きな人たちに惹かれただけ。
夢中になれている人たちの傍にいれば、自分も夢中になれるかもしれない。
そう思って真奈美が取り出したのは、初日に配布された入部届だった。
「やってやろうじゃん」
これまでの人生で、一番力強く自分の名前を書き、その筆圧のまま加入する部活も書き記した。
自分の枕に顔を付け「あー、もう!」と感情を爆発させてみたが、気分が晴れることはなかった。
事情も聴かず付きまとい、彗の気分を害してしまった申し訳なさ。意図していないとは言え、何かしらの傷を負っている一星と彗を引き合わせてしまった後悔。そして、もう一度あの怪物の野球が見られるという高揚感。
三つの異なる感情が混ざり合い、心の中はもうぐちゃぐちゃだった。
一言では言い表せられない。きっと、鏡で見たら、半分だけ笑っていてもう半分は落ち込んでいて、お母さんに見られたら〝えっ、どうしたの?〟と聞かれてしまうほど複雑な表情をしていることだろう。
「……やっちゃったなぁ」
もうしばらくこの感情がすっきりすることはないだろう。あとは未来の自分に任せて、と音葉は携帯を開いて動画サイトを開いた。
気晴らしに、何か見ようと思ってだったが、そこは流石大手配信サイト。普段見ている動画の傾向から出すおすすめの動画欄は、野球の動画ばかり。
その中から一つ、〝怪物・空野彗の全投球〟というタイトルの動画を開いた。
一瞬、社会現象にさえなったほどの注目に後押しされてできた中学世界野球の公式チャンネルで公開されているその動画は、再生回数四〇〇万回を超えていた。高評価も万を超えている。
「なんで今、おすすめに持ってくるかなぁ……」
愚痴を零しながらも、指が勝手に動いてその動画を再生した。
何度も何度も見たその動画。
世界が違いすぎて、空想の人物じゃないかとさえ思っていた空野彗。そんな怪物を一番近いところから見ることができる。イチ野球ファンとしては、最高な観客席に座ることができる。
もっと、よろこんでもいいんじゃない、与り知らない自分が囁いてくる。
いやいや、ダメでしょと首を横に何度か振って自分にわからせる。
怪物が野球に戻るという確信こそ得られたものの、自分が関わっていなくてもその結末は待っていたはず。言うなれば、この二日間の行動は自己満足でしかない。
真奈美も巻き込み、彗に迷惑をかけ、一星のトラウマを抉ってしまった。
全部、向こう見ずな自分の行動が招いた悲劇に他ならない。
――明日、みんなに謝らないと。
そう決心する音葉は、再び動画に視線を落とした。
丁度、怪物が最後の一球を投げる瞬間だ。
観客はいないため、球場は静謐に包まれていた。
そんな空間の中で、空野彗が腕を振る。
武山一星が、パンッと軽快なミットの音を響かせた。
勝利を確信したナインが、満面の笑みでマウンドへ集まっていくところで、音葉は携帯をスリープモードにして充電器に繋いだ。
――なんて謝ればいいかな……。
謝罪の形を考えていると、それだけでエネルギーを使ったのか、音葉のお腹がくぅと鳴った。
どうやって謝るかはご飯を食べてから。まだ、明日まで時間はある。
「音葉―、ご飯だよ!」
タイミングよく母が声をかけてきた。
はーい、とリビングへ向かう。リビングに入ると、炊飯ジャーからは炊き立てのご飯の匂いとみそ汁の香りが漂ってきた。
今日も和食だ。
「文句は聞かないよ」と母が先手を打ってくる。
そんな元気な母を真っすぐ見て、音葉は笑った。
「ううん。いつもありがとうね」
※
一星に言われた〝何か、夢中になれたことはある?〟という質問が何度も頭の中を駆け巡っていて、振り払うようにして真奈美は「別にいいでしょ」と呟いていた。
――中途半端で何が悪いの。ほとんどがそうじゃん。
行きたくもない辺鄙な大学に行って、やりたくもない仕事をして。
青臭い夢なんか追っていようものなら、現実を見なさいって、夢を諦めた人生の先輩たちに言われて諦める。
――それが世間一般に言う、普通の人生でしょ。
いくら否定してみても、たった一言、一星がふと零した一文に敵わない。
夢中になったことのある人の言葉が、ただひたすらに重くのしかかっていた。
「あー……そんなキャラじゃないんだけどなぁ」
別に、野球なんて好きじゃない。
汗臭いし、汚いし、暑苦しいし、見たい番組が野球中継で無くなるし。
ただ、野球を好きな人たちに惹かれただけ。
夢中になれている人たちの傍にいれば、自分も夢中になれるかもしれない。
そう思って真奈美が取り出したのは、初日に配布された入部届だった。
「やってやろうじゃん」
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