上 下
2 / 11
◇第二部◇

第二五話 モンスターは勘弁しろしっ⁉︎【前編】

しおりを挟む
「素直に喰われてやるかっての!」

 さっきまで俺の肩に噛みついていた、脳漿をぶちまけて痙攣している野良犬ゾンビを掴み上げ、目の前の三つ首へと投げつける。

「バルルゥ」

 真ん中の頭がそれに喰らいついたとほぼ同時に、背後の瓦礫へと跳び込んだ。
 そしてそのまま一気に図書館の方へと駆け出した。

「モンスターに喰われて死ぬなんざ御免被る!」

 振り返ることなく猛ダッシュ。
 出入口へ辿り着くと転がり込むように潜り、直ぐ様、扉を閉じて鍵を掛けた。

「はぁはぁ……こんな扉……はぁはぁ……あの巨体なら直ぐに……壊される」

 右肩から血が滴り、動かす度に強烈な痛みが俺を襲うが、気にかけている余裕はない。
 ロビーの来客用ソファーを急いで積み上げ、バリケードを構築した。

「はぁはぁ……とにかく……止血だ……」

 ロビー奥の事務室に併設されている救護室へと向かい、手当たり次第に物色する。案の定、救急セットが残っていた。
 覚束ない左手で消毒液を取り出し、抉られた箇所に手当てを施す……のだが。

「くっ……ぐはっ⁉︎」

 傷口に塩を塗るなんてもんじゃない。
 その半端なく染みる激痛に呻き声が漏れる。気を失いかけるもぐっと堪え、ガーゼを当てて包帯を巻きしっかりと固定する。

「くっそ、めっさ痛ぇ。腕が捥げなかっただけ良しと考えるか」

 ついでに救急セットの中にあった頭痛薬を、用途は全く違うものだが痛み止めには違いないからと、気休め程度に飲んでおく。

「僅かな油断は大惨事を招くか……洒落にならん格言だな」

 出入口はバリケードで塞いではある。
 だがしかし、周囲の窓ガラスを打ち破って屋内へと侵入される可能性もある。
 通路の隔壁である防火防災シャッターも、念の為に下げておく。

「腐った犬畜生――否、化け物め……」

 そして痛む右肩を押さえつつ、重い足取りで二階へと移動した――。


 ◇◇◇


 階段を登った直ぐのところに、休憩所らしき場所が目に入る。
 一旦、そこで休息し、対処法を模索することにした。

「あんな化け物、逃げるにせよ戦うにせよ、どうするよ、俺? 最適解は……どう動けば良いんだ……」

 簡素なソファーに倒れ込むように座る。
 背凭れに深く背中を預け、天井を仰ぎ見つつ必死に考えを巡らせる。

 奇形になる突然変異にも、本来ならちゃんと過程と規則、条件っつーもんがある。
 廃退した世界に蔓延るゾンビだけでも、大概、ファンタジーだっつーに、冗談は腐るだけにしとけっての。

「地獄の番犬ケルベロス宜しくな三つ首ゾンビ犬ってなんなんだよ……巫山戯んな。意味不明なもんは創作だけにしろし。リアルは勘弁しろし」

 どうしようもない事実に悪態を吐く。

 精神論ではないが、この絶体絶命の状況下をどうやって切り抜けるのか。それを必死に考えている所為で、焼けるような鋭い痛みに構っている余裕すらもない。

「どうすれば良いんだ。――考えろ。生き残る為に……」

 だがしかし。こうして考えている間も抉られた俺の右肩からは、包帯が真っ赤に染まるほど並々ならぬ血が滲んできている。
 幸い右肩の鎖骨付近の肉が抉られただけで骨は無事っぽい。
 腕も繋がっているし、指先もなんとかちゃんと動く。

「このまま籠城してても確実に失血死が待つ未来だな。考えなしに適当に逃げたところで、途中で三つ首に襲い掛かかれて一巻の終わり――」

 このままでは、最早、俺の死は確定したも同然と言うこと。

「効果的な武器さえあれば……。土木用スコップがないのが痛い」

 俺のお気に入りな土木用スコップは、野良犬ゾンビに突き刺したままで手元にはない。

 護身用に持ってきた腰の電動ガンタッカー程度では、三つ首の巨躯には全くの無意味だろう。精々、威嚇、良くて目玉を潰してやれる程度。

「最早、八方塞がり……いや、待てよ? そういや強力過ぎて、使うのを控えてたもんが手持ちにあったな」

 うってつけの良い道具を持ってきてるのを思い出した。

「一か八か……あの大口にコイツをねじ込んでやる。吹き飛べば御の字。上手く燃やし尽くせれば尚良し。最悪、怯ませて動きを封じ、逃げる時間を稼げるだけでも良い……」

 背負い袋の中から焼夷しょうい手榴弾なる、俺謹製タンブラーを取り出す。

 万一に備え、市販のプラスチックな蓋つきタンブラーの中に、起爆剤たる炸薬と揮発油、殺傷能力を上げる為のくさびを仕込んで作ったものだ。


 その時だった――。


「チッ……何処から入りやがった……」

 休憩所から真っ直ぐ先の広い通路の奥に、三つ首の姿が現れる。

「ガルルゥ」「グルルゥ」「バルルゥ」

 睨みつける六つの目が俺を捉え、直ぐに襲い掛かって来るのではなく、ゆっくりと近づいてくる。
 俺謹製焼夷手榴弾を握りしめ、最悪はこのまま投げつけるつもりで身構えた。


 だがしかし――。


 何故か俺の目と鼻の先で、立ちはだかるだけの三つ首。

 実際、見上げるほどに図体が大きく、頭だけでも馬並みはある。
 全身を覆う体毛の所為で、何処まで腐りきってゾンビ化しているのかも解り辛い。

 一つだけ言えることは、真面な武器もなく戦って、人類が勝てるような……そんなレベルじゃない。
 ステイと命令したところで、喜んで尻尾を振るような、そんな可愛気のある犬と呼べるもんでもない。


 一体、なんなんだ――コイツはっ⁉︎


「ガルルゥ」「グルルゥ」

 左右二つの頭は、さっきまで貪り食っていたお土産を、未だに咥えたままで――。

「バルルゥ」

 残り一つ、真ん中の頭は、俺を品定めするかの如く赤い眼で頭上から覗き込むように睨んでいる――。


 絶対絶命のピンチ。
 最早、完全に蛇に睨まれた蛙状態だな、俺。
 まぁ、相手は蛇とは断じて違うけどな?
 俺が逃げるよりも早く……確実に捕らえられ喰われる。


「こうなりゃ……一か八かだ! ――南無さん!」

 握り締めた焼夷手榴弾を、三つ首の足元に投げつける。
 同時にソファーの裏へと飛び込んで、それを盾にして隠れてやり過ごす。



 強烈な爆発音が館内に轟き、熱を孕んだ凄まじい爆風が押し寄せた。



「グハァ!」

 凄まじい爆風に押し切られ、盾にしていたソファーごと吹き飛ばされる。


 だがしかし――。


「ガルルゥ」「グルルゥ」「バルルゥ」

 その僅か一瞬で、吹き飛んだ俺の方に回り込んでいた三つ首だった。

 幸いと言って良いのか、三つ首が居たことで、壁に打つからずには済んだ。
 だがしかし。横たわる俺の真上から、汚らしい涎を垂らし、見下ろしているんだな。


 それも――全くの無傷でな?


「あの至近距離でこれか。――流石にハイどうぞとは見逃してはくれませんよな? もう打つ手なしだよ……参った」

 右肩を押さえ横たわる俺は、三つ首を見上げながら、最早、助からないと諦め目を瞑る。


(皆んな……すまない。俺はどうやらここまでだ――)



 ――――――――――
 退廃した世界に続きはあるのか?
 それは望み薄……。
しおりを挟む

処理中です...