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ミノケモヨダツ、何カガ、訪ル――。

Creepy.10 部屋ニ、居ル――。

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 ちょっと目を離した隙に、子供の大きさくらいの謎の薄汚れた手形がはっきりとそれと解るくらいに、作業机に放りっぱなしだった林檎印のタブレットの背に浮かび上がっていた。
 
(あ、あり得ない……あり得ないだろ……)

 勿論、大きさからしても俺がつけた筈もなく、外部からの侵入者による悪戯の線も絶対にない。
 窓などの侵入経路を調べる必要性すら感じない――した。

 得体の知れない不気味さに寒気がする。
 全身に鳥肌が立ち、息苦しさも覚える。
 この不可思議さは流石に説明できない。
 部屋を支配している酷く不快な空気に、身体が萎縮してしまう。
 腰砕けで疼くまって、ガチガチと奥歯を鳴らし震え始めた。

(ほ、本当に何か……な、何かが居るのか……)

 それでも手にしたスプリングスティックを必死に構えて、懸命に部屋の周囲を見渡すものの――何も居ない。
 薄汚れた手形以外に変わったこと……もな……い――否、あった。


 カーテンで覆われる窓際に、居た――。


「う、うわあぁぁあーっ⁉︎」

 あまりのあり得なさに、スプリングスティックを握り締めたまま、取る物も取らず部屋から躍り出た!

(なんだよ、なんだよ、なんなんだよっ⁉︎)

 ドアを開け放って玄関から転がり出た際、今度は隣りの部屋の前に、例の女性が立っているのが不意に目に入るも、錯乱している俺はそれどころじゃなく、そんなことにはお構いなく階段の方へと必死に逃げた。

 そのまま勢い余って階段を転げ落ち、一階に天地逆さまで見上げる体勢で辿り着いたところで、やっと我を取り戻した――のだが。

(い、痛ぇ……くっ……ない? あれ?)

 不可解なことに、結構な段数かつ急角度の階段から受け身を取ることもなく、焦るままに落ちて無様な格好を晒しているというのに――、


 何処も痛くない。怪我すら見当たらない。
 優しくも甘い香りが鼻に微かに残るだけ。


(ゆ、夢でも見ているのか……)

 釈然としない状況におかれたままに、自室のある二階を見上げる。

 思いっきり開けたドアが開きっ放しになっていて、部屋の灯りがやんわりと漏れている。
 無論、そこから何かが出てくるような様子もない。そして――。


 二つ隣の部屋の前に居たと思しきあの白いサマードレス嬢が、またしても忽然と消えているのに気付く。


(どちくしょうがっ! あれはなんなんだよっ!? ここは現実世界の現代社会であって、創作世界と違うんだぞっ! 俺の妄想を騙ってる怪文書でもねぇんだぞっ! ホラーだかオカルトだか知らんが、最早、気の所為どころでは断じて済まんてのっ!)

 地面を殴りつけ憤慨するも、叩きつけた拳から鈍い痛みが伝わり、これが悪い夢の類いではないとそう告げている。

 俺の部屋は二階建てのアパートの上階。
 足場のない窓から人んを覗く馬鹿な住人は居ないし、そもそもここには誰も住んでは居ないのだから。

(くっそ、ここってマジもんだったんかよ……)

 階段の手摺りによっかかりながら、一段一段、ゆっくりと階段を登っていく。
 身体は幸い御体満足だが、あまりの恐怖に身体が震えて強張る所為で、未だ自由にままならないからだ。
 スプリングスティックを握っている右手にしても、自分の意思では離せないほど。
 止むを得ず、階段を休み休み登りながら、震える左手で強張る指を一本一本解いていく。

「得体が知れないってのが……こんなにも怖いものとは。創作の比じゃねぇっつーの……」

 全部の指を解く頃には、少しばかり落ち着きを取り戻し声も出るようになった。

 開けっ放しドアを潜り部屋に入ると、ドアを開けたままに玄関へとうずくまる。

「あまりにも不可思議なことが多すぎる……。眉唾な噂に尾ひれがついて誇張された、単なる噂話し程度に考えていた。ありとあらゆることが俺の気の所為だとも考えていた。なのに……これは――」

 静か過ぎる部屋に、俺の呟きだけが反響する――。

「洋画ホラーみたくグロテスクなクリーチャーが現れる解り易い怖さなら、案外、怖くねぇけども――否、怯えてどーすんだ。俺も一応は物書きの端くれ。ネタにするぐらいの度胸を見せろっての、な。この程度で屈してたまるかっ!」

 恐怖心を跳ね飛ばすつもりで、誰に言って聴かせるでもなく、自分を鼓舞する言葉を勢い良く声に出して叫ぶ。

「まずは情報……情報がいる。ここで何があったかを詳しく知る必要がある。これが祟りの類いや地縛霊などの仕業なのか……きっちり見極めてやんよ」

 意を決して立ち上がると、部屋中の電気を次々とつけて闇を排除して回る。

 暗いと怖いから。
 電気が煌々こうこうとついて明るくなれば、幾分はマシだから。

 窓の方を恐る恐る見るも、既に覗いていたらしき何かは居ない。
 だがしかし、代わりに汚れた手形がはっきりと残されていた。


 それも――、だ。


「なんで内側に……外から覗いてたんじゃねーのかよっ⁉︎」

 理解し難い状況に恐怖する俺は、一瞬、窓から目を離した。そして――。



(なん……だと……)

 全ての痕跡が忽然と消えていた――。



 ――――――――――
 得体の知れない――
 それは常に身近に存在する――。
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