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序章

00. 最強の冒険者。

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 日の光が薄っすらとしか届かない、濃霧が立ち込める深い森の奥で繰り広げられていた戦闘。

「GHAAAAー!」

 丸太のような巨大な棍棒で樹々を薙ぎ倒し、好き勝手に暴れ狂う単眼の巨人サイクロプス

「くそったれが!」

 振り下ろされる棍棒、倒れる樹々、舞い上がる土や石を必死に躱し、人の数十倍はあろうかと言う魔物に応戦するは、中等級の冒険者である四人のパーティ。

 だがしかし。理不尽なまでの体格差に加え、純粋な力の差でも大きく負けていた。
 なす術なく、次第に追い詰められていく冒険者達。

「ここは俺が防ぐっ! お前らは今の内に――」

 重戦士風の重厚な甲冑ヘビープレートに身を包んだ壮年の巨漢が、大盾で攻撃を受け流しつつ仲間へと撤退を叫ぶ。

「馬、馬鹿を言うなっ⁉︎ お前だけ置いていけるわけねぇってのっ⁉︎」

 重戦士の直ぐ隣。
 長剣と小盾を駆使して同様に凌ぐ、剣士風の軽鎧ライトアーマーに身を包んだ優男がこれを拒否する。

「そう言うことよっ! どでかい花火をぶちかますから、アンタ達、なんとか耐えなさいよっ!」

 その後方で呪文を唱えていた、黒い胸元の開いた衣服ローブ・デコルテを扇情的に着込む、魔術師風の妙齢な女性。
 呪文詠唱のあと杖を振るうと、巨大な魔法陣が宙に浮かんだ。

「ちょちょっ⁉︎ 防御結界がまだ――って、もう!」

 それを見た白い祭服ベストマントを身に纏った神官の少女が、大慌てで錫杖を翳し祈りを捧げる。
 重戦士と剣士の二人、魔術師と自分が入る広範囲に、透明な球状の防御結界が生成されるのだった。


 その直後、炎の渦が周囲を包み、轟音と共に大爆発が起きる。


「GHAAAAー!」

 だがしかし。
 爆炎と黒煙の中からゆっくりと現れる、単眼の巨人サイクロプス

「――な、なんだと⁉︎ あ、あれを耐えるのかよっ⁉︎」

「なんてやつっ⁉︎ まさか手を抜いて――」

「そんなわけないでしょっ⁉︎ 唱えられる最上位の殲滅魔法よっ⁉︎」

「嘘っ⁉︎ 私の防御結界も消し飛んだ破壊力だってのにっ⁉︎」

 各々に驚愕する声をあげるのも仕方ない。
 爆煙をあげ周囲の何もかもが吹き飛んだ焦土のど真ん中で、全くの無傷で平然としていたからだ。

「おいおいおい、厄災級って伊達じゃねーってこっ――ガハァ⁉︎」

 大盾を構え愚痴った直後、棍棒で薙ぎ払われた重戦士。軽く宙に浮き、そのまま吹き飛んた。

「――グハァ⁉︎」

 更に剣士が魔術師と神官を飛び越えて、遥か後方へと吹き飛んでいく。

「GHAAAAー!」

 相対する魔物――単眼の巨人サイクロプスは、あまりにも脆弱な冒険者に対し、威嚇の雄叫びを挙げた。

「これは……年貢の納め時ってやつね」

「し、死ぬのは嫌だ! 神よ救いを!」

 顔面蒼白になりつつも、油断なく武器を構えて後退る魔術師と神官。

 その直後、巨大な棍棒を振り上げて、小煩い羽虫を潰さんと叩きつける。

「――ヒィっ⁉︎」「――神よっ⁉︎」

 咄嗟に魔術師は杖、神官は錫杖で受け止めようと頭上に翳し、その場で蹲る。

 だがしかし。
 巨躯の魔物が放つ丸太以上に太い棍棒を、女性の華奢な腕で如きで受け止められる筈もなく。
 原型も留めず、跡形もなく、ただ惨たらしく潰れて、圧死してしまう――。




「――え?」「――な?」

 そうはならなかった。何故なら――。




「えっと……大丈夫?」

 振り下ろされた棍棒を右腕一本で鷲掴みにした、見ず知らずの誰かが助けてくれたから。

 それは紅い外套フードコートから覗かせる幼い顔立ちに不似合いの、真っ黒な眼帯アイパッチで右目を覆った銀目に銀髪の美幼女だった。

 右腕を頭上に掲げている所為で、着込んでいる紅い硬鋼こうこう半身鎧ハードスチールプレートが窺える。
 また背中に背負っている身の丈を優に超える大剣、腰に提げている長剣などが、見た目の幼さとはどうにも不釣り合いで妙な印象を受ける。


 何よりも棍棒を掴んでいる右腕。
 人のそれ、ましてや幼女のそれとは大きく異なった魔物に等しい異形の手首だった。


「――お姉さん達は実に運が良い。死んじゃう前にボクらと出逢えて、さ!」

「GHA⁉︎」

 禍々しい手首で掴む巨大な棍棒ごと、人の数倍の巨躯である単眼の巨人サイクロプスを易々と持ち上げ、更には軽々と放り投げた。

「し、信じられないっ⁉︎」

「あわわ……身体強化系術式でしょうか……」

 二人は腰を抜かしたのか、その場でへたり込み顔面蒼白で慄くだけ。

「お姉さん達、格好から察するに……真っ当な冒険者と違くね? それは些か……ちょっち情けなくね?」

 やや呆れた口調で二人に告げる美幼女。

「本当に。それでも中等級の冒険者ですか?」

「――ひゃっ⁉︎」「――にゃっ⁉︎」

 間髪入れず誰かが二人を抱きかかえ、叱責しつつも後方に飛んだ。

 それは微かに油の混じった金属臭さと、汗くっさくも酸っぱい臭いが鼻につく、それでいて妙に甘ったるい香りも微かにする、姫騎士然とした白銀の鎧ナイトプレートに身を包み、長い金髪を束ねた髪型の女性。

「貴女達。今から安全の為に防御結界を施します。術式には抵抗せず、素直に受け入れて下さい」

 滑稽な目玉の描かれた布で、両目を隠すように覆っている顔を向け、やや艶のある甘い声でそう告げた姫騎士。
 そっと二人に両手を翳すと、光り輝く衣に包まれる魔術師と神官。

「こ、これは……防御結界っ⁉︎ しかも範囲でない個別術式じゃないですかっ⁉︎」

 自分より高位の術式を唱えられるのを目の当たりにした神官は、当然、驚く。

「嘘っ⁉︎ そんな高等な術式……え、上等級の冒険者っ⁉︎」

 姫騎士の首から提げられる冒険者の証――身分証を目にして驚く魔術師。

「そうなん? ボクには凄いのかなんて良く解らないけど」

 そう苦笑いで答える美幼女は、背中の身の丈もある大剣を軽々と抜き放ち、やや腰を落とした低姿勢で身構える。

「私も一応は上等級に身を置く身分の冒険者でもありますので。この程度なら――」

 なんとなく自慢気に語り始める姫騎士。

「――話し長そう。色々と面倒臭いから、もうぶった斬って終わっちゃうね?」

 そう軽口を告げた瞬間、美幼女が三人の目の前から掻き消えた。

「GHA――」

 その直後、怒り狂って棍棒を振り翳す単眼の巨人サイクロプスが左右に真っ二つ――縦に両断されるのだった。



 ―――――――――― つづく。
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