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第二部 新たな出逢い。そして――。

四十発目 いざ、トナリの街へ――と、その前に一悶着?

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 昨晩は色々とえらい目に遭った。
 こうと決めて言い出したら聞かないナイチチちゃんだけに、お風呂にしろ説得は不可能だった。

 外見は大人で女神様。だがしかし、中身は子供で純真無垢な天使様。
 そんな至高の御方たる幼乳神様に、情操教育上良くないことだと下賤の民である俺は上手く伝えれなかった。

 その結果、ある意味で天国とも地獄とも言える、緊張に次ぐ緊張の連続。濃ゆくも長い夜を過ごすこととなった。

 ナイチチちゃんらはなんとも思ってないのに、意識し過ぎた俺の自業自得だな。早く元に戻って欲しいと切に願うよ、うん。

 意味不明に疲れただけの翌日の昼過ぎ、再びトナリの街へと移動を開始する。


 ◇◇◇


 御者席に腰掛けて周囲の警戒に努めているも、やっぱり特に何も起きず、例の如く平和そのもの。

「ふぁあ~っ……相変わらず平和ですねぇ……」

 目の下にくまの半開きの目で、揺籠ゆりかごのように優しく揺れる馬車の御者席に肘をつき、緊張感ナッシングで鬱ら鬱らしていた。

「タダヒト様。ご静養なせれなかったので?」

 手綱を握るセバスちゃんが、目の下に隈を作ってボーっとしている俺を、心配してくれてるようだ。

「あ、うん。お恥ずかしながら。やっぱり緊張しちゃって……HAHAHA」

 後ろ頭をぽりぽりと掻きながら、そう照れ臭く答えた。
 何せ左右の女神様に挟まれてだもん。緊張に次ぐ緊張で中々眠れなかったし。

「少々、お辛いご様子。馬車の中でお休みなさっては如何です?」

「あ、うん。中よりはここのが落ち着きますんで……」

「ほっほっほ。左様に御座いますか。気苦労が絶えませんな。心中お察し致します」

 優しい金眼で俺を見つつ、口髭摘んでおっほっほ?


 否。可哀想な者を見守る、妙に生暖かい金眼に俺は見えたり。


「そう言えば、もう直ぐか――」

 トナリ街の直ぐ近郊には、俺の生まれ故郷であるトーアル村がある。

 正しくは街道に沿った通り道になる。
 見覚えのある景色を呆けて眺めつつ、当時のことを少しばかり懐かしんでいた――。


 ◇◇◇


 俺に生まれた頃の記憶はない。
 五歳以前のことは全く覚えてないから……って、なくて普通か。
 その頃からアー姉とヤーナ義母さんらと一緒に、ナイース街で暮らし始めた

 らしいとは、その記憶を持ち得ていないから。
 俺が十歳の誕生日を迎えた頃に、そこで生まれ育ったんだと教えてもらって、初めて知ったからだ。
 それと同時に、本当の親である父さんと母さん――勇者の最後も知ることになるんだが。

 そして十五歳の成人を迎えた際、結局、俺は周囲の反対……主にアー姉にアー姉でアー姉なんだけどね。
 危険なことはさせたくないんだとかで、執拗な反対をされるも押し切り、冒険者となることを選んだ。

 実は執拗にあの手この手で妨害工作をするアー姉の説得に、俺がなんでも言うことを聞く魅惑の手作り券をとりあえず二枚、追加で三枚の五枚と言う大盤振る舞いで手を打ったら割とすんなり許可が出たり。

 そして父と母の墓標があるトーアル村に戻り、そこに修練の拠点として我が家を借り受け、数年ほど暮らしていたってわけだ。

(そういや……活動拠点をナイース街に戻すまでは、俺の身の回りの世話を含み、ずっと面倒をやいてくれたローゼン・スカーレット――ロゼが居たな)

 独り身では大変だろうと、トーアル村まで一緒に着いてきてくれて、ずっと一緒に居てくれた。
 おかげで日常生活になんら支障もなく、孤独感に苛まれることもなかった。
 一般常識や学術の勉強もみてくれてたし、剣術や体術の基礎、簡単な護身術も叩き込んでくれたし。
 ヘタレの俺が試験に無事に受かったのも、一重にロゼのおかげだな……一切の見返りも求めず、誠心誠意、尽くしてくれたっけ。

(冒険者見習いになって養成施設に入って暫くした辺りから、別行動になったんだけ?)

 途中、あまりの不甲斐なさに見兼ねたフラスコさんから助け舟が出て、俺が師事することになった頃、甘やかしたらいかんとかの理由で厄介払――ゲフンゲフン。説得されたんだっけ?
 確か自国のターコックに強制送還――ゲフンゲフン。里帰りするとか言ってたけども……ずっと会ってないな。息災なんだろうか? 

 まぁ俺の成長を妨げる以上にダメ人間に貶めるとか言う謎に決定的な言葉で、最後は凄く不本意で渋々、断腸の思いで苦渋の選択をし、結局は泣く泣く奥歯を噛み締めて、嫌々承諾したんだっけ? ――いや、させられただな。

 不謹慎だけど、ロゼのあの世界を呪うが如くの絶望に満ちた、生気のない魂の抜けきった表情を思い出すだけで、今でも笑いが込み上げてくる。

 俺のことを我が君と呼ぶし、生涯唯一の君主とか言って異常に慕ってくれて、あらゆる多方面で過保護に世話をやいてくれてたけど……ホント、懐かしいなぁ。

 当時は冒険者だったアー姉にしても、暇さえあればと言うか無理矢理に暇作って、ことある毎に会いにも来てくれたし。
 フラスコさんにしても、出来ない君の俺を、さじを投げずに根気よくも丁寧に指導もしてくれたし。

(俺って周囲の人に恵まれて……本当に凄く大切にされてたんだな。今の俺の周囲に集まってる面子もだけど。大切にせんと)


 ◇◇◇


 俺が昔のことに黄昏ている間も、馬車は整備された街道をひた進んでいた。


 そんな矢先、遂に望まない未来が訪れる。


 招かれざる客らが、行手を阻むように見えてきた。おそらく数十人は居るかと思う集団が、街道の先に人垣を作り塞いでいるのだ。

「ほっほっほ。たかが群れた下種の分際で、タダヒト様の行手を遮るとは……これは万死に値する愚行に御座いますな。実に不愉快、不愉快」

 口髭を摘んでのおっほっほはいつも通りだが、凄んごい怖い笑顔になって、そう仰ってるセバスちゃん。

「えっと……どう見ても冒険者とか衛兵じゃないですよね? 厳つい顔に風体もですけども、野盗とかの類いですよねぇ、あれ。なんか武器も構えてやる気満々みたいですし」

 遠目に見ててもそれと解る。
 何せ人相の厳つさや風体にしても、野盗やゴロツキ、或いは盗賊そのまんま。
 検問とかなら梅雨知らず、往来に広がって武器を構えて通せんぼなんて、どう考えても真っ当な人種がすることとは思えない。

「野盗らの常套手段、隠れ潜んでの不意打ちに及ばなかった点はだけは、唯一、賛美に値する愚行に御座いますね。ほっほっほ」

 怖い笑顔のままそう仰ったあと、更に続ける。

「もしも不意打ちであれば、タダヒト様の目に触れることなく、早々にことは済んでいたものを……全く」

 とかなんとか。つまりそれって――怖っ⁉︎

 
 ◇◇◇
 

「お前ら旅の商人か? ここから先へ行くのなら、通行税を寄越しな」

「へっへっへ。結構な良い馬車じゃねーか。こりゃあ、たんまりと弾んでもらわないんとなぁ」

 そんな野盗らのお約束な前口上をきって、複数の野郎どもが周囲を取り囲んできた。
 
 こいつら、ダン区のならず者だな。息巻いてるのは下っ端だろう。
 ただ救いようのない悪人とはいえ、俺に人を殺める覚悟――命を奪うことができるのだろうか。


 否。その覚悟を持つしかないな。


「そこのイケメンの騎士さん。かい?」

 そう言って奥から前に出てきたのは、夜の街のお姉さんとでも言うかな、やたらと透け透けかつ煌びやかな衣装に肌色の面積が多い、おそらくとっても綺麗な女性だった。
 口振りから察するに、この人がゴロツキどもの頭目なのだろう。

「あ、姐御」「出たよ……持病が」

 やっぱ頭目みたいだな……って、持病って何?

「そこのイケメン騎士さんはよ。爺さんに用はない。女が居たら好きにしな」

「姐御、搾るのも程々に」「煩い」

「姐御に羨ましいな、くっそ!」


 あるのは無駄な色気だけ。気品も神々しさもない。ただの痴女。
 なので。あんな破廉恥な格好を目にしたところで全然平気。劣情も欲情も全く湧かない。興味すら湧かない。
 女神様バージョンと比べるまでもない。月とスッポン。


 ――って、心で言いたい放題だな、俺。


「まぁ、そう言うことだ。爺い、さっさとこっちへ馬車を回せ! おっと下手な真似はするなよ? こっちは大人数だからな? しかも俺らはデラ強ぇ――」

 息巻いていた下っ端の一人が、急に目を見開いて見上げつつ、一切、何も言わなくなった。

 ちなみに。後ろの取り巻きであるその他大勢にしてもほぼ同じ。
 真っ青な顔で見上げ、唖然として動かないときた。
 更に一部は既に泡を吹いて倒れてるし。




『貴様ら……今、我が主人に対しなんと申した? 下種の分際で分弁えず、なんと申した?』




 腹の底から響くドスの効いた声。
 そんな凄~く聞き覚えのある声が真後ろの、それも遥か頭上から降ってくるように聞こえてくるときた。

 直後、自分の身体の中を、醜悪な虫が蠢き這いずり回っていくような――嫌悪感。
 絶望を知るに等しい――死の恐怖。
 それを確実なものと幻視させる――悪意。
 関わっては駄目なやつだと本能で理解させるに等しい――圧迫感。

 そんな感じの得も言えぬ気配が、地響きに乗って背後から襲ってきた。


 と思えば、俺を素通りしていくときた。


 更にさっきまで上天気だったにも関わらず、暗雲立ち込める空模様に一変するヤバさテラMAXさで。 
 周囲を支配する空気が、一瞬で変わった瞬間だった。

「ほっほっほ。今、絶対に振り返ってはなりませんよ? タダヒト様」

 この空気の中、相変わらず口髭を摘んで余裕かつ優雅におっほっほ。

「振り返るなって……まぁ、何をしてるのかは、言われずとも察しましたけども」

 実は例のヤバさテラMAXの不穏な気配が背後からガンガン迫ってる言うに、それらは俺を素通りしていくので平気だったり。

「何、ご心配には及びません。無知な輩どもが、畏れ多くも何方どなた様に対し不敬を申し上げたのか。その身を持って軽く償って頂くだけに御座いますので。こちらには何も危険は御座いません。。ほっほっほ」

 口髭を摘んで優雅にほっほっほは崩さず。
 だがしかし。白目が黒い独特の金眼は、片眼鏡モノクルの奥で怒りと殺意を滾らせ、眼光鋭く怪しく光っておいでです。


 比喩でなく、実際にね。
 俺でもセバスちゃんの心の内が解る理由がそれ。まぢで光るって……怖っ⁉︎


 ま。十中八九、仮称、カヒさんの仕業だな。それ以外ないっしょ?
 どーせ暗黒竜の姿に戻って威圧してるに違いない。
 普段は割と気の良い、褐色肌の亜人なお姉さんで忘れがちだけど、正体は古の暗黒竜だもんな。有事の際と命令で巨躯に戻るとか言ってたし……。


 俺の決死の覚悟、要らんぽいわ。
 悪人とはいえ、無駄な血が流れなくて良かったとしておこう、うん。



 ――――――――――
 竜の威を借り相手を逆に脅すときた。
 暗黒竜、なんて便利な通行証⁉︎∑(゚Д゚)
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