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第五章──死の先までも輝らす光

見捨てられない

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今までのように図体のデカい敵ではない。
かといって、舐めてかかっていい相手でもない。
テルにとって等身大の強敵というのは、あの勇者を除いて初であった。

ディアボロが翼のように広げた闇が、音を置き去りにして向かってくる。

『テル、迎撃!!』

「っぶな……っ」

反射で打ち返した光弾は、その圧倒的な数を捌ききれない。
向かってくる致死の一撃を数十発、間一髪の所でテルは避け続けた。
頬を掠めた闇の凶刃によって溢れた鮮血を、片手でぞんざいに拭う。

「逃げるだけ? それじゃつまんないわ」

更に追い打ちをかけるようにして跳躍したディアボロは、闇を纏った小さな拳を叩きつける。

「───いや、ここから面白くなる所だ。失望するにゃまだ早いぜ」

ディアボロは背後から響いた声に表情を変えた。

──今、どうやって避けたのか──!?

「知らねぇだろお前は。生まれたばっかだもんな」

そして、消えたテルはディアボロの目の前に。
ディアボロが反応するよりも早く、テルの一撃は彼女を捉える。

それは、【超転移陣テレ・ポート】による連続瞬間移動でなしえた不意打ち。

『三、二、一、ゼロ!』

あの時と同じ、時限型の魔法陣が九つ起動する。

本来発動にタイムラグを生じる【極増幅エル】の魔法を、これによってデメリットなしに行使する。
増幅イル】も【超増幅ウル】も超える、チェネラ直伝の古代魔法。

残りの八つは追い討ちの光属性魔法陣。
逃げ回りながら全方向に配置したそれは、確実にディアボロを穿つ──!!

「……あー、くっそ疲れる……。警戒も集中も切れないから頭痛くなって来たぞ」

『こんなんで死ぬ相手だったら苦労しないよ……、まだまだこれから。私もしっかり警戒はしてるけど、気を緩めないでね』

あぁ、確かにそうみたいだなとテルは眉間を抑える。

「今のは、危なかった……」

間一髪のところで避けていたディアボロは、警戒を露わにする。
まるで、テルを敵だと認めたかのように。

ここでテルは、少し姑息な作戦に出ることにした。
治ったばかりの腕をさするディアボロに、テルは軽く話しかける。

「……なぁ魔王さん、お前は俺を倒しても天下を取れやしないぞ」

「──負け惜しみかしら」

無表情で聞く魔王に、テルは内心ガッツポーズを取る。
対等な話し相手として、敵として認められたのだ。

「お前と一緒にいるやつ──あの神を名乗った詐欺師の、本当の計画を教えてやる」

『うっわ……なるほど、確かにそりゃ効果ありそうだね』

ひとつ、あの男は自分こそが世界を征服するに相応しいと思っていること。

ひとつ、そのためにテルとテンキの力を取り込もうとしていること。

ひとつ、そのためにテンキが魔王を倒す必要があること。

「要するにお前は捨て駒だ、惨めだな……ここで俺を倒したところで、お前の死は確定してる」

テルの話を聞き終えたディアボロは眉をひそめ──しかし、狼狽えることはなかった。

「それならあいつも殺せばいいだけ。死体がひとつ増えるだけ。面倒な仕事がひとつ増えるだけよ」

──少なくとも、そうはならない。
テルはこの魔王の死を確信していた。
あの男はこの魔王よりも強い。

この魔王ディアボロは、はなっから詰んでいるのだ。

「──そういうことなら、あなたを殺さなきゃ。強化されるのは面倒だわ」

ディアボロは無表情のまま殺気を強めた。
シエラがその態度から諦めたように『……裏目に出たね、来るよ』と合図をしたので、テルも体勢を整えた。

「来いよ、返り討ちにしてやる」

お互い、話の隙に充分な力を溜めている。

──仕切り直しだ。
正真正銘、次が最後の戦いとなるだろう。

二人は同じように跳躍し、そして全身全霊をかけて一撃を放った。

「…………っ!」

「どりゃぁあああ───ッ!!」

全てを食い尽くす闇と全てを払わんとする光は、その中間でせめぎ合う。

──全くの、互角────ッ!!

と、そう見えたなら、シエラの策にハマっている。
そして言わずもがな、ディアボロもまんまと引っかかっていた。

『テル──今ッ!!』

叫ぶシエラにテルは答える。

「OK!」

テルが、自ら放ったように見えたその一撃は──時限型魔法陣によるモノだ。

発動を終えて消える陣。
闇の波動が光を飲み込み、迷宮の壁をどこまでも穿つ。

それと全く同じタイミングで消えたテルに、ディアボロは己の敗北を悟った。

先の一撃の反動で、転移からの攻撃に到底間に合わない。

──負けた。

「これで終わりだァァ!!!」

目の前に高々と掲げられた光の刃に、ディアボロは瞑目して死を待った。

そして──数秒。
テルが、ディアボロを襲うことはなかった。

目を開くと、己の死を示す光は肩のところで止まっている。

「──、なんで」

ディアボロは、その状況を理解できなかった。

テルはひたすら己の心の弱さを呪い、震え、涙をぼろぼろと零していた。

──殺せない。

あまりにも、可哀想で。
思えば、この魔王こそ最大の被害者なのだ。

死ぬために生み出され、ゴミのように捨てられる運命が決定している。

例えば彼女が化け物の形をしていたら、あるいは殺せたかもしれない。

だが、女の子だった。
無垢で何も知らない、非常な運命を押し付けられた女の子だった。

テルは大義のためにこの女の子を見捨てることが、どうしても出来なかった。

「俺は、どうして……肝心なとこで、こんなにも、甘い……ッ!! 俺は───」

『…………』

突き放したはずだった。
お前は敵で、俺はどうしてもお前を殺さなければならないのだ──と、テルは割り切ったはずだった。

だが現に、テルはチャンスを逃した。
女の子一人見殺しにして手に入る大義など、テルにとっては価値がなかった。

テルはそれほどに、どうしようもなく弱かった。

「そう……。あなたは」

そして──深淵の凶刃が、テルをいとも容易く貫く。

「が───ッ」

感覚の繋がる二人の意識はその強大すぎる力にすぐさま屈服し、その場に藻屑のように倒れた。

「自分のために、私一人殺すことも出来ないのね───」

知らぬうちに目からこぼれ落ちた一筋の雫が、静寂の闇にゆるやかに融けた。



■ ■ ■

さて、どうしたものかとディアボロは無表情のまま考えを巡らせた。
……いきなり現れ、目の前で高笑いをあげる偽神について。

「は、はは、くはははっ!! よくやったディアボロ!! 哀れだな篠崎 輝ゥ、お前はここで終わりだあっははははッ!!!」

闇雲にかかって勝てる相手ではない。
とはいえ放っておけばテルを吸収し、格段にパワーアップしてしまう。

それに折角峰打ちにしたのだから、ここで死んでもらっては困る。
そうして考えあぐねているうちに、床をぶち抜いて勇者が偽神を追いかけて来た。

「…………ッ!! お、オイ……冗談、だろ……ッ」

「……殺したんじゃなかったのね」

「あぁ、勇者はあくまでディアボロ、お前が殺ってくれなくては困るのさ」

──これなら希望がありそうだ。
ディアボロは、初めて笑みを浮かべた。
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