溺れる魚は切ない恋に身を窶（やつ）す

クラブケーキオランデーズソース・ビターピールの香り

8

貴彦からのらいんを読んで、村瀬はリビングで水割りを飲んでいた。


思ったより早かったな。
釘を刺すつもりが、逆に奴を刺激するとはね。
計算誤ったな。
全く、マジで貴彦に惚れるとは。
貴彦が広重に惚れないようにしたつもりが、逆に寝ていた獅子を起こしてしまった。


初めて広重を見た時、村瀬は思った。
広重が自分と同じタイプだと。
男を惹きつけるタイプだと。
亮がゲイで、広重を好きになっていたのも直ぐに気がついていた。
その広重に、いつか貴彦を取られるのではと危機感があった。
貴彦が、自分との付き合いに悩んでいるのも分かっているから。
だから、広重の存在は村瀬にとっては脅威だった。
広重に自分との情事を見せつけたのも、広重が貴彦に惚れると言うより、貴彦が広重に惚れないようにする為、貴彦に、自分が恋人だと分からせるため。
広重に取られたくないと、それだけ村瀬は焦っていた。

「透君。まだ起きてたの？」

寝室から村瀬の妻、祥子が出てきた。

「ごめん、起こした？」

村瀬はそう言うと、テレビのボリュームを落とした。

「ううん。透君がなかなか来ないから」

寂しそうに祥子は言うと、村瀬の隣に腰掛けて寄りかかった。

「これから仕事忙しくなるでしょ？日曜日に実家戻るの控えようか？」

祥子の言葉に村瀬は笑う。

「大丈夫だよ。日曜日ぐらい、ゆっくり実家で休みな。奈々に会えてお義父さん達も嬉しいだろうし」

村瀬はそう言うと、祥子の手を握る。

「でも、出産してから日曜日の夜は、透君いつも外泊してるでしょ。道明さんにも悪いわ。金曜日だって朝まで付き合わせてるし」

祥子には日曜日の夜は『道明のシェアハウスに行っている』と言うことにしていた。
どう転んでも道明と自分では疑われようがないからだ。
嘘のアリバイに広重を使いまくっていた。

「良いの、良いの。あいつにはそれだけ仕事のサポートしてるんだからさ」

村瀬はそう言って祥子に微笑む。

「ねぇ、まだ寝ない？」

祥子が村瀬を誘う。

「そろそろ寝るよ。先にベッド行ってて」

村瀬がにっこり微笑むと、祥子は嬉しそうに微笑んで村瀬に抱きつく。
祥子を優しく抱きしめながら、村瀬は天井を見つめた。
貴彦の事も、祥子との生活も離せないと思った。